2023年10月7日、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム主義組織ハマスがイスラエルを奇襲し、約1200人が殺害され、250名超が人質として連れ去られた。いまだ100人超の人質がとらわれている中、イスラエルはハマス殲滅(せんめつ)を掲げて圧倒的な軍事力を行使。ガザ保健当局によると、ガザ地区におけるパレスチナ市民の犠牲者数は4万3000人を超えている(10月28日現在)。過剰防衛にも見えるイスラエルの姿勢に、国際社会からは非難の声が広がっているが、ネタニヤフ政権は攻勢を緩める気配を見せない。
そればかりか、ハマスとの共闘を宣言するレバノンやイエメンなどに点在する親イランのシーア派武装勢力が反イスラエル闘争をエスカレートさせたことで、影響はイスラエル・パレスチナを超えて拡大している。ハマス奇襲から1年が過ぎるが、戦況は「イスラエルvsハマス」の構図から、「イスラエルvs親イラン勢力」、「イスラエルvsイラン」という形で拡大し、今後は国家同士の軍事的応酬が激化することが懸念されている。
各国で広がる反イスラエルの動き
日本のメディアが中東問題を取り上げる際、テーマとなるのは政治や安全保障、人権といったものが大半だが、この1年の中東紛争は経済や貿易の領域にも影響を与えている。とりわけ、イスラエル企業とビジネス関係にある日本企業は、大きなレピュテーション(名声・評判)リスクを抱えている。
イスラエルに対する国際社会の目は厳しさを増している。ガザ地区での人道問題が深刻化するにつれ、ヨルダンやエジプトなど中東や北アフリカにおいてイスラム教を国教とするイスラム諸国では、イスラエル大使館などでの抗議活動が拡大し、反イスラエル感情が高まっていった。SNS上でもイスラエルや同国を支持する米国の製品をボイコットする呼び掛けが拡大。イスラム諸国のスーパーマーケットや個人商店では、イスラエル製品や米国製品が売り場から撤去され、国産製品に切り替える事態になった。
米飲料大手のコカ・コーラやペプシコはイスラム諸国に多額の投資を行い、市場を開拓するなどして売上高も好調だったが、昨年10月以降、イスラム圏向けビジネスは大きく失速傾向にある。影響は他の米系ブランドにも及んでいる。例えば、マレーシアでケンタッキーフライドチキンを運営しているQSRブランズ(M)ホールディングスは4月、中東紛争によるボイコット運動の広がりから、マレーシア国内100店舗あまりの影響を一時的に停止すると発表した。インドネシアやブルネイなど東南アジアのイスラム教国でもマクドナルドやスターバックスへの客足が減り、売り上げに大きな影響が出ている。
イスラエルと親密な関係を築いてきた欧州でもボイコットの動きが見られる。フランスのパリでは11月4日から7日にかけて「ユーロナバル」と呼ばれる海軍産業の見本市が開催されたが、その主催者は、フランス政府の要請に従ってイスラエル企業7社のブース設置や装備品の展示を認めない方針を発表した。背景には、仏マクロン大統領がイスラエルによるガザ地区やレバノンでの軍事作戦で民間人が犠牲になっていることに批判を強めていたことがある。この措置にイスラエルのガラント防衛相は強く反発し、「フランスがイスラエルの軍事産業をボイコットすることはイスラエルの敵を助ける行為だ」と主張した。
さらに、下図のように、民間だけでなく外交レベルでも反イスラエルの動きが目立ち始めている。
【図】外交レベルで広がる反イスラエルの動き
国 | イスラエルへの影響 |
トルコ | 2024年4月に鉄鋼やジェット燃料、化学肥料や建設機器など54品目についてイスラエル向け輸出を制限する措置を実施。5月からイスラエルとの貿易を全面停止 |
ボリビア | 2023年11月にイスラエルと断交 |
コロンビア | 2024年5月にイスラエルと断交 |
ニカラグア | 2024年10月にイスラエルと断交する方針を発表 |
モルディブ | 2024年6月にイスラエル人の入国禁止を発表 |
イスラエル側と提携打ち切る日本企業も
反イスラエルの動きは、日本企業にとっても対岸の火事ではなくなっている。7月、パレスチナ支持団体「パレスチナと共にありたい市民有志」の関係者40人近くが、川崎重工業の神戸本社前でイスラエル製ドローンの輸入を停止するよう求める抗議活動を行った。防衛省は防衛力整備計画に基づき、実証試験用にドローン9機の導入を計画しているが、そのうち5機がイスラエル製であり、同社はその1機でイスラエルの軍事企業との間で輸入代理店契約を締結しているという。パレスチナ支持団体の関係者は「イスラエル製ドローンの購入はイスラエルに利益を与えると当時にパレスチナでの惨劇に関与することになる」「川崎重工業は企業の使命を改めて考えるべきだ」などと訴え、契約の破棄を求める2万人以上の署名を川崎重工業側に手渡した。
また、伊藤忠商事は2月、同社子会社がイスラエルの軍事企業エルビット・システムズと結んだ提携関係を終了すると発表した。当該子会社は、防衛装備品の供給などを担う「伊藤忠アビエーション」で、防衛省からの依頼に基づき、自衛隊が使用する防衛装備品を輸入するためエルビット社と協力関係の覚書を2023年3月に交わしていた。伊藤忠アビエーションの本社前では2023年12月、エルビット社との提携を停止するよう求める抗議デモが起こっていた。
伊藤忠商事は、エルビット社との提携は中東紛争に加担するものではないとしつつも、国際司法裁判所がイスラエルに対してジェノサイドを防止するあらゆる手段を講じるよう命じたことなどを踏まえて提携関係終了を決定したとしている。それ以上の具体的な理由は明らかになっていないが、イスラエル企業との提携によって企業イメージが悪化することの懸念、すなわちレピュテーションリスクを意識した動きとみられる。
また、10月に東京で開催された日本国際航空宇宙展では、エルビット社のほか米ロッキード・マーチンや米ボーイング、英BAEシステムズなど防衛関連企業が参加。会場内にいたデモ隊がエルビット社に向けて「虐殺を止めろ」などと怒号を上げ、同社のブースが早々に閉鎖される出来事があった。エルビット社は防衛費の増額を進める日本に注目しており、今後も日本市場でのビジネスを継続するとしている。
国際社会を意識したリスク管理が重要に
イスラエルは「中東のシリコンバレー」とも呼ばれ、先端テクノロジー分野で飛躍的な成長を示し、近年は日本企業の間でもイスラエル企業との関係を強化する動きが広がってきた。建国80年に満たず、日本の四国程度の面積の小国だが、2023年9月時点の日本企業のイスラエル進出は92社に上る(帝国データバンク調べ)。しかし、イスラエルがハマスなど敵対勢力に対して強硬姿勢を貫く中、イスラエル企業、特に軍事や防衛に関わるような企業と提携することは、かえって日本企業のイメージやブランドを低下させるリスクを生んでいる。
また、インドネシアやマレーシアなどイスラム圏に進出している日本企業も多いが、その中でイスラエル企業と提携している(あるいはこれから提携を検討している)企業があれば、注意すべきことがある。前述したように、イスラム圏ではイスラエルや米企業に対する不満がボイコットという形で示されている。イスラム圏でビジネスを展開する日本企業がイスラエル企業と関係を持ち、そのことが現地企業や団体などに知れ渡れば、ビジネスに悪影響が出てくることも考えられる。国際社会の目を意識したレピュテーションリスクのコントロールは難しい課題ではあるが、日本企業はイスラエル企業との関係、距離感をこれまで以上に意識していく必要がある。
写真:ロイター/アフロ
地経学の視点
「中東のシリコンバレー」ことイスラエルの企業の多くは、先端技術を強みとしつつ、同国国防軍との取引の関係でデュアルユース(軍民両用)をベースにしていることも特徴だ。日本としても、周辺国の脅威が増す中で、防衛力の強化は避けては通れない。その意味では、日本企業とイスラエル企業の取引は時代の要請と言えなくもない。だが、イスラエルの中東における「過剰防衛」によって、日本企業は思わぬレピュテーションリスクに直面することとなった。
筆者の指摘でとりわけ悩ましいのは、イスラエルとの取引継続の可否が、同国との関係にとどまらず、イスラム圏など他国との取引にも影響を及ぼし得ることだ。ITやSNSの発展によって情報の民主化・可視化が進んだ結果、遠く離れた国・地域の状況をより早く、容易に把握できるようになった。現代におけるレピュテーションリスクの広がりは、まさに「悪事千里を走る」のごとしだ。
企業のレピュテーションリスクは、取引関係にあるかないかにかかわらず発生し得る。グローバル企業は、経済安全保障における対中デリスキングの議論と併せ、紛争当事国との取引についても難しい経営判断を迫られている。(編集部)