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2024.12.04 外交・安全保障

かつてないほど強く結んだ日米韓の連携をトランプ氏に壊させないために

末次 富美雄

 2023年8月に米国キャンプ・デービッドにおいて合意された日米韓首脳共同声明は、従来の米国を軸とした日米、米韓それぞれの安全保障の枠組みを三カ国に拡大するとした画期的なものであった。「キャンプ・デービッドの精神」とされた声明には、日米韓パートナーシップ新時代の幕を開き、その連携の下で地域を超えて世界の安全と繁栄を増進していく決意が示されていた。

 以降、首脳、閣僚、次官レベルなどの枠組みを通じ、安全保障協力の内容も深化している。2024年7月には閣僚レベルで、三カ国間安全保障協力枠組みに関する協力覚書が締結されている。この枠組みは、朝鮮半島とインド太平洋を軸に、それを超える地域における平和と安全にも寄与するため、次官級での政策協議、情報共有、三カ国共同訓練などを制度化するとしている。

 具体的合意としては、弾道ミサイル防御のため日韓間でミサイル探知情報を即時に共有するシステムの稼働が伝えられている。10月16日には、三カ国次官級協議において、ロシアの反対で延長が認められなかった国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネルの代替として、11カ国からなる「多国間制裁監視チーム(MSMT: Multilateral Sanctions Monitoring Team)」の設置を主導した。共同声明から1年が経過した2024年8月18日には、日米韓協力の進展を記念する三カ国首脳共同声明が発出された。

トランプ氏再選による防衛費増額要求の可能性

 順調に見えた日米韓安全保障協力であるが、首脳の交代と国内状況から暗雲が立ち込めてきている。

 その一つはドナルド・トランプ氏の米大統領再選だ。第一次政権時の2017年12月に公表した「国家安全保障戦略(2017NSS:National Security Strategy)」では、柱として(1)米国民や国土、米国式生活の防護(2)米国の繁栄(3)力による平和維持(4)米国の影響力拡大――を掲げた。今回の大統領選挙における同氏の「Make America Great Again」発言にも、この考え方が色濃く表れている。2017NSSは中国およびロシアとの大国間競争における同盟国との協力の重要性を強調しており、次期政権でもこの認識は大きくは変わらないであろう。しかしながら、同盟国に「応分な負担」を要求するのがトランプ流である。キャンプ・デービッド合意に基づき進められている日米韓の安全保障協力について、トランプ次期政権がどのように評価するか未知数だ。

 日米関係はどうなるだろうか。トランプ氏は、2024年4月に麻生太郎・自民党副総裁(当時)と会談した際、日本の防衛費増額を称賛したと伝えられている。さらに、第一次政権時に日米安保の片務性を批判しながら、日本政府が2018年12月にF-35戦闘機105機を追加購入(当初購入予定分と合計して147機取得)する方針を決めたことを称賛し、以後、日米安保条約の片務性という批判を封印。これらのことから、日本に対し、防衛費のさらなる増額や任務の拡大を求めてくる可能性は否定できないものの、在日米軍駐留経費の全額負担を求めた第一次政権ほど強い風当たりを受けることにはならないのではないか。

レームダック化が懸念される尹政権

 一方、厳しい目が向けられるのが韓国であろう。トランプ氏は、第1次政権時から在韓米軍駐留経費の大幅な増額を主張し、韓国側が受け入れなければ在韓米軍の撤退や削減をにおわせている。2024年10月、米韓両政府は在韓米軍駐留経費負担5カ年計画について合意している。2026年の分担金は8.3%増の11億3000万ドルだ。現行の合意は来年まで有効であるにもかかわらず、11月の米大統領選挙を見据え、早めに交渉したとみられる。トランプ氏がこの過程に不満を持つ可能性は高く、韓国側に一層の負担増を求めてくることは十分考えられる。

 11月7日には尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領とトランプ氏が電話会談した。その中でトランプ氏は「米国の造船業は、韓国の支援と協力を必要としている」と述べたと伝えられている。韓国造船所への発注を人質に在韓米軍駐留経費のさらなる増額を求める可能性がある。韓国国民の対米不信が高まる事態となれば、日米韓安全保障協力のモメンタムが失われる可能性が高い。

 尹大統領の政権運営に赤信号がともっていることも日米韓安全保障協力に対する逆風だ。韓国世論調査会社「韓国ギャラップ」は11月1日、尹大統領の支持率が19%となったと発表した。韓国歴代政権を振り返ると、支持率が20%前後となるのは、政権末期が多い。大統領任期半ばで10%台の支持率は危険水域と言える。国会は韓国最大野党「共に民主党」が過半数を占め、大統領夫人のスキャンダルも追い打ちとなってレームダック化が懸念される。尹政権の対日政策に批判的な「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表は、次期大統領選(2027年)の有力候補でもある。李氏が当選すれば、日米韓の安全保障協力に急速にブレーキがかかる可能性が高い。

 日米韓の安全保障協力に陰りが見える一方で、朝鮮半島の緊張が高まりつつある。2024年1月の北朝鮮最高人民会議で、金正恩(キム・ジョンウン)総書記は、韓国との統一は不可能とし、韓国を第一の敵とすべきだと述べた。その後、韓国市民団による風船による反体制ビラの配布、それに対抗する北朝鮮の汚物風船の散布と南北で応酬が続く。

 10月に入り、北朝鮮は、韓国軍が平壌上空に無人機を飛行させ、ビラを散布したと批判し、南北の道路および鉄道線を爆破した。10月31日にはICBM(大陸間弾道ミサイル)級と推定されるミサイルを発射した。北朝鮮は、ロシアに弾薬、ミサイルを供与するだけではなく、軍人も派遣しているとされる。ウクライナ、中東に加え、朝鮮半島において、偶発的な衝突が大規模紛争につながる可能性がある。朝鮮半島の緊張は、皮肉にも日米韓安全保障協力の重要性を後押しする。

不可欠性が増す日米韓の協力

 朝鮮半島情勢の緊張化に加え、中国が繰り返す台湾周辺での軍事活動や南シナ海でのフィリピンに対する挑発行為は続く。このような中、朝鮮半島を含むインド太平洋地域の平和と安定には、日米韓安全保障上の協力が不可欠となってくる。日米韓安全保障協力が岐路を迎える中、その有効性をトランプ次期政権や国際社会に訴えるレバレッジとなるのは、三カ国安全保障協力が朝鮮半島だけではなくインド太平洋にも目を向けている点である。

 トランプ氏は、第一次政権時に「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を重視する姿勢を示している。トランプ氏の中国に対する厳しい見方は、選挙期間中の発言にも垣間見える。FOIPが中国を念頭に置いていることは明らかであり、次期トランプ政権においてもFOIPが重要な戦略となる。共同声明の精神に基づき、制度化された三カ国安全保障協力の枠組みはFOIPの支柱となり得る。トランプ氏といえども、これを無視することはできない。一方で、同安全保障協力の枠組みの中で、負うべき任務の拡大は必ず議論に上るであろう。日本にとっては憲法上の制約、韓国にとっては北朝鮮という直接的脅威に対応しつつ、どこまで能動的インド太平洋にコミットできるかが課題となる。

 自衛隊の活動範囲拡大には、憲法との整合性で課題

 トランプ氏の外交・安保政策の不透明性、政権維持に苦慮する韓国・尹政権、さらには日本国会における与党の過半数割れという政治的不安定性は、いずれも日米間安全保障協力強化にマイナスだ。しかしながら、朝鮮半島を含むインド太平洋などの安全保障環境は、極めて厳しい。日米韓の政府関係者間において、再度情勢認識の共有を図り、大局的視点に立ち、やらなければならないこと、できることなどを徹底的に議論し、日米韓協力を深化させる努力が望まれる。

 その際、日本が抱える課題は、集団的自衛権にどこまでコミットするかであろう。2015年の平和安全保障法制は、限定的ながら集団的自衛権行使にまで踏み込んでいる。当時の安倍晋三首相は、現行の憲法下で許容されるのはここまでと述べている。確かに自衛隊が、日本周辺において日本防衛のために行動する米国を含む軍を防護することは集団的自衛権の行使ではある。ただ、現状ではこの範囲をインド洋にまで広げることは法的整合性から困難であろう。トランプ氏が、インド太平洋における応分の負担を要求してきた場合、今まで積み上げてきた憲法との整合性からこれを拒否するのか、憲法改正という戦後最大の課題に挑むのか、石破茂政権は大きな課題を抱えることとなる。

提供:U.S. Air Force/South Korea Defense Ministry/AP/アフロ

地経学の視点

 北朝鮮がロシアと接近するなど、北東アジア情勢が不透明さを増している。その一方で、筆者が指摘するように、連携すべき日米韓はそれぞれが抱える国内政治の不安定さや視界不良で、コミットメント強化の動きは様子見の状況が続く。

 中でもトランプ次期米大統領の言動には細心の注意を払う必要がある。トランプ氏との間でスマートな日米関係を築き上げた安倍晋三元首相は世を去り、少数与党で国会に挑む石破政権は米国の要求に思うように対応できない可能性がある。党派を超えた国益論を議論することが、国会議員たちには求められる。

 一方で、トランプ氏が何を求めてくるかは未知数だ。本文でも触れられているように、憲法や集団的自衛権といった機微に触れる要求を提示される可能性がある。これまでのように、応分の駐留経費負担だけで納得するような相手ではないことを忘れてはいけない。戦後間もなく築かれた日米安保体制の転換期の渦中にいることを、私たち国民もしっかり自覚するべき時なのかもしれない。(編集部)

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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