かつて「モノづくり大国」を誇った日本だが、その座は中国などに奪われつつある。一方で、ゲームやアニメといったコンテンツ産業のポテンシャルは高い。政府は、2024年6月に公表した「新たなクールジャパン戦略」において、日本のコンテンツ産業を基幹産業に位置付けた上で、同産業の海外市場規模を2033年までに20兆円にすることを宣言した。前回の「クールジャパン戦略」(2019年9月公表)では示されなかった数値目標が設定されたことからも、コンテンツ産業を新たな成長ドライバーとして育成していこうとする政府の強い決意がうかがわれる。
コンテンツ産業の中でもとりわけ有望なのがアニメ産業だ。アニメ産業はコンテンツ産業の海外市場規模の3割(1.7兆円、2023年)を占めるまでに成長しているが、この政府目標が実現すれば、2033年の海外売上は6兆円まで拡大すると試算される。これは、産業分類における「電気機械器具製造業」や「運輸・郵便業」の輸出額7兆円程度(2022年)に匹敵する規模である。
この金額すら控えめかもしれない。アニメ産業の隣接産業として、市場規模も同程度のゲーム産業がよく引き合いに出されるが、ゲーム産業の海外需要は国内需要の8倍超だ。アニメ産業の海外需要は年々拡大傾向にあり、足元の内外比率(海外需要/国内需要)は50:50だ。もしゲーム産業並みに海外需要を開拓できれば、アニメ産業の海外市場規模は13兆円まで拡大する計算となる。そうなれば、「輸送用機械業」「汎用(はん用)・生産用・業務用機械業」に次ぐ規模になり、名実共に日本の基幹産業になる。
「デジタル赤字」にアニメで対抗?
また、アニメ産業が成長すれば貿易・サービス収支も改善する可能性が高い。日本の貿易収支が大幅な黒字を確保できていたのは過去の話で、ここ数年は赤字が続いている。サービス収支の赤字幅もやや拡大傾向にあることから、それらを合わせた貿易・サービス収支はここ5年赤字が続いている(図表1)。サービス収支の赤字は、GoogleやAmazonなどが提供するクラウドサービスやウェブ会議システムの利用拡大に伴う「デジタル赤字」[1](2023年に▲5.5兆円)が主因であり、貿易・サービス収支の赤字幅の拡大は、日本のGDP成長率の押し下げ要因となっている。
【図表1】日本の貿易・サービス収支
しかし、アニメの海外展開が大きく進展すれば、貿易赤字やデジタル赤字を一定程度埋め合わせることができるだろう。クラウドサービスなど海外の技術を活用しつつも、日本が得意とするアニメやそれに付随する音楽や漫画、小説などに資源を集中していけば、音響映像・関連サービス収支などが改善する。また、日本のアニメや漫画の舞台となった場所を訪れる「聖地巡礼」[2]が海外でもブームとなっており、そうした動きが訪日観光客の増加による旅行収支の黒字幅の拡大も相まって、一方的な貿易・サービス収支の悪化に歯止めをかけることが期待される。
こうした内外の比較優位に基づく生産活動の集中は、経済学的にも望ましい。海外が得意とするデジタルサービスと、日本が得意とするアニメや漫画などのコンテンツ双方の供給量が増加することで、日本と貿易相手国共に国民の満足度(経済厚生)を高めることができる。また、米欧アニメと日本のアニメでは、文化的な差異に根付くストーリー性の違いに加え、米欧が得意とする3次元と日本の主流である2次元という表現方法の違いもあって、現状では競合関係というよりもすみ分けされた状況にある。つまり、異なる種類のアニメ作品が多く供給されることで、人々は自分の嗜好(しこう)にあったアニメを見つけやすくなり、アニメタイトルの増加自体が満足度の向上に寄与する。
以上のことから、今後、日本はアニメの海外展開に力を入れつつ、アニメ産業を基幹産業として力強く成長させていくことが重要である。
もっとも、そのためには乗り越えなければならない課題がある。それはアニメの制作現場における低収益・低賃金の問題である。
華やかな舞台の裏に過酷な現場
アニメの制作現場では、厳しい労働環境や低賃金が横行するなど、アニメ制作者が安心して働ける環境が整備されていない。また、若手のスキルアップの機会も限られていることから、アニメ制作者の定着率(棒グラフ)は他産業のそれ(折れ線グラフ)に比べて低い状況にとどまっている(図表2)。アニメ制作に関わりたい若手志望者は多いものの、実際に制作に携わると、その後、数年間でアニメ産業から退出する若者が後を絶たない。この中には「アニメ制作をしたいが生活が維持できない」「スキル習得に先が見えない」として挫折してしまう層も一定程度いると言われている。
【図表2】経験年数別に見たアニメ制作者の割合
従って、こうした人材がアニメ産業でキャリアを続けられるよう、低賃金や長時間労働、スキルアップ機会の不足といった問題を解決することが求められる。このままアニメ制作者の低定着率を放置すれば、少子高齢化・人口減少が進行する中、2030年にはアニメ制作者の数は2019年よりも1割減少し、それに伴いアニメ制作時間も1万時間減少すると試算される。これでは、世界に訴求できる質の高いアニメを持続的に生み出していくことはできなくなる。政府目標である「アニメの海外市場6兆円」を達成するには、現在6千人程度と言われているアニメ制作者を3万人程度まで増やすことが求められる。
現場の取り分はわずか1割強
こうしたヒトへの投資を十分に行っていくためには、まずアニメ制作会社の収益力を高める必要があるが、大半のアニメ制作会社には資金的な余裕がない。この背景には、アニメの制作費が抑制され、制作会社が十分な売上を得られていないことに加え、アニメの著作権をアニメ制作会社ではなく「製作委員会」が保有していることが指摘できる。制作会社と製作委員会、響きこそ似ているが両者は全く異なるものだ。
アニメのエンディングのスタッフクレジットなどで「〇〇(アニメタイトル名)製作委員会」という表記を見たことがあるだろう。
製作委員会とは、アニメタイトルごとに結成される民法上の任意組合であり、かつ出資者だ。ビデオメーカーや玩具会社、配給会社、テレビ局、出版社、広告代理店などの複数の大企業によって構成される。製作委員会は、こうした大企業が出資した資金から、アニメ制作会社にアニメの制作を委託して制作費を支払い、代わりにアニメの著作権を製作委員会に譲渡させている(著作権法上は、アニメの著作権は、制作の現場を仕切ったアニメ制作会社に生じるとされている)。
アニメ制作会社の多くは中堅・中小企業であり、製作委員会に対して交渉力で劣るため、制作費の引き上げや、著作権の確保などを要求することは容易ではない。こうした状況において、制作したアニメがヒットし配給収入や海外配信料収入が大幅に増えたとしても、アニメ制作会社は「成功報酬」の恩恵を受けることが困難である。実際、アニメ産業の市場規模(国内外合計)は2023年に約3.3兆円まで拡大したが、その9割弱は製作委員会を構成する流通事業者(企画・原作や資金調達、放映・配信などを担う事業者)に配分され、現場であるアニメ制作会社の取り分は1割強だ(図表3、4)。
【図表3】アニメ市場におけるアニメ制作会社への配分(国内売上)
【図表4】アニメ市場におけるアニメ制作会社への配分(海外売上)
こうした現状を脱し、アニメ制作会社の収益力を改善させていくには、製作委員会は、アニメーターやプロデューサーなどアニメ制作者が希望する時給や労働時間をベースに制作費を適正に見積もる必要がある。加えて、アニメ制作会社に対して、出資しなくても著作権の一定割合(例えば最低10%)を付与することや、製作委員会に入ってくる金額に対する制作印税を付与することなども求められる。
日本で作成されるアニメタイトル数は年間300本を超えるが、ヒットするかどうかは事前に読みにくく、純投資で利益が出るタイトルはせいぜい全体の2〜3割とも言われている。そうした中で、1タイトル当たりの制作費をできるだけ抑え、リスクを取った対価として著作権料収入を十分に確保したいという製作委員会側の考えは理解できる。
しかし、制作費以外の収益がほとんどない中、アニメ制作会社は取引条件が悪くても、手元資金を得るために出資者のオファーを断わりにくい環境にあり、赤字になるほどの低額な制作費で受託するケースもある。結果として、良質なアニメを制作したにもかかわらず十分な収益を得られず、倒産する懸念すらある。倒産せずとも、若手を中心としたアニメ制作者に十分な賃金・報酬や能力開発機会を提供できず、効率化のためのデジタル投資も行えないために長時間労働が持続して、アニメ制作の質的劣化や供給不足が深刻化し、成長機会を逃してしまうだろう。これは製作委員会を構成する流通事業者にとっても望ましくないことは自明である。
海外からの「救いの手」と「裏の顔」
こうした中、NetflixやAmazon prime、Disney+など海外配信プラットフォーマー(以下、プラットフォーマー)が「黒船」となって日本アニメ産業を大きく揺るがしている。プラットフォーマーは日本アニメの魅力に目を付け、潤沢な予算でオリジナルアニメの製作を行うなど、日本アニメの制作費の増加に貢献している。従来は1タイトルの制作費は4億円と言われていたものが10億円以上になるものも出てきている。今まで制作費を抑制され続けてきたアニメ制作会社にとって望ましい変化であり、アニメ制作者の報酬額は大きく増加し、より高品質なアニメを生み出せるようになってきている。
一方で、負の側面もある。そもそもプラットフォーマー出資の作品に関与できるのは一部の有力なアニメ制作会社にとどまるほか、豊富な資金力を背景に優越的な権限を持つプラットフォーマーとの取引条件はむしろ悪化傾向にある。その一つが独占配信期間の延長だ。独占配信期間とは、先に挙げたNetflixやAmazon prime、Disney+が運営する配信プラットフォーム(配信チャンネル)だけでそのアニメ作品が見られる期間を示す。その期間中、プラットフォーマーは顧客の囲い込みができる半面、制作サイドは他のチャンネルで配信して収益を得ることができない。その独占配信期間が最近、延長(5年から10年になど)される傾向にある。
さらに、従来、プラットフォーマーが得る権利は配信権のみだったが、最近はアニメの著作権もプラットフォーマーへの譲渡が求められているようになっていると聞く。日本ではアニメ作品に関するキャラクターグッズなどの販売が堅調だが、そうした動きが欧米にも広がりつつあることを踏まえると、プラットフォーマーに著作権を占有されることに伴う逸失利益は巨額に上るだろう。
また、プラットフォーマーが日本産アニメを配信する場合、地域別の視聴回数や視聴者の評価といった情報開示が不十分で、アニメの著作権者が従量的に適正な配分を得られているのか不透明だ。高額の制作費の代償としてこれらの状況を放置すれば、著作権をはじめ、日本が製作したアニメに関連する財・サービスの対価が海外に流出したり、国内に十分に還流しなくなったりする恐れがある。先に挙げた「デジタル赤字」への対抗策としても機能しなくなってしまう。
このように、日本のアニメ産業における成長ポテンシャルは大きいものの、それを具現化するために十分な供給能力を確保するには、アニメ制作会社の低収益性やそれに付随するアニメ制作者の低賃金環境を改善しなければならない。また、旺盛な海外需要を取り込むためにプラットフォーマーの言いなりになっていては、十分な果実を得られない。
こうした状況を改善するためには、アニメ制作会社と製作委員会(を構成する流通事業者)、プラットフォーマー、さらにはアニメ制作者の代表が同じテーブルに付き、行政機関の立ち合いの下、各利害関係者がお互いに納得できるような配分を実現できる契約条件を協議する場を設けるのが一案である(協議結果を踏まえ、政府はモデル契約書を提示することが望ましい)。政府は第三者として公正な取引条件が実現するよう尽力し、公正取引委員会が関係者間の取引について実態調査を行い、場合によっては一方に過度に有利になっている取引条件を直すよう促していくことも求められる。
写真:CFoto/アフロ
[1]「その他サービス収支」のうち、著作権等使用料収支と通信・コンピューター・情報サービス収支、専門・経営コンサルティングサービス収支の和。
[2]例えば、バスケットボールを主題とした漫画・アニメ『スラムダンク』の舞台とされる江ノ島電鉄の鎌倉高校前駅など。
地経学の視点
経常収支全体で見れば日本は黒字だが、それを支えるのは利子や配当などの「第一次所得収支」だ。貿易・サービス収支は赤字基調で、中でも「デジタル赤字」は過去10年で2.5倍に膨れ上がり、2024年には6兆円を超える見通しだ。しかし、海外人気が高まるアニメが進展すれば、関連サービス分野が成長し、日本の競争力を高めることができる。
だが、アニメ制作会社(スタジオ)は総じて規模が小さく、人手不足かつ低賃金であることから、作品供給が遅れ、ベテランが育ちにくい。そうした中、豊富な資金力でスタジオに手を差し伸べたのが「ネトフリ」「アマプラ」と呼ばれるNetflixやAmazon primeといった海外配信事業者だが、彼らが著作権を「総取り」する構図が続けば、日本アニメ産業のポテンシャルを他国に奪われかねない。
こうした中、東宝やKADOKAWAといった大手が独立系スタジオの買収に動いている。海外子会社や事務システムの効率化などを通じて、海外展開を強化したりアニメ制作環境の改善を図ったりする方針だ。さらに、KADOKAWAについてはソニーグループが資本業務提携を発表し、ゲームや音楽などを含めたコンテンツ産業の規模拡大が期待できる。大手傘下に入ったり連携強化を図ったりすることで、スタジオの経営安定化を図りつつ、若手の待遇改善と育成につなげられるか。日本の国益のためにも、アニメ産業の健全な成長は欠かせない。(編集部)