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2025.01.14 経済金融

「3つの依存」が崩れたドイツ自動車産業、官民が抱える構造問題

橋本 択摩

 欧州最大の経済大国であるドイツが構造的不況に陥っている。独政府は、2024年の実質GDP成長率が2年連続のマイナスになると予想しており、そうなれば2002〜2003年以来、1990年に東西ドイツが統一してから2度目の事態となる。

 2025年の見通しも厳しい。ドイツ連邦銀行は2024年12月、ドイツの2025年の実質GDP成長率が0.2%にとどまると予想した。ただし、それは「楽観的なシナリオ」だ。同銀行はドナルド・トランプ米次期大統領が欧州や中国からの輸出品に関税を課す政策を実行した場合、ドイツの実質GDP成長率が3年連続のマイナスとなるリスクシナリオも想定している。

エネルギー集約型産業の落ち込み深刻

 ドイツの不況の主因は製造業の不振にある。鉱工業生産は2023年半ばから前年比マイナスが続いており、特にロシアによるウクライナ侵略後、エネルギー価格高騰の影響から、石油、化学、金属、製紙等のエネルギー集約型産業の生産の落ち込みが深刻となっている(図1)。

【図1】ドイツ鉱工業生産

 これまで、独産業のコスト競争力は、安価なロシア産天然ガスに依存してきたところが大きかったが、もはや過去の話となった。電力卸売価格の推移を日米欧で比べても、2022年のウクライナ危機後の欧州での急騰が目立つ(図2)。その後、やや落ち着きが見られるも、現在に至るまで米国と比べてドイツのエネルギー価格の高さが顕著だ。競争上、不利な状況に置かれ、ドイツの製造業拠点が国外に移転して空洞化が進むことが懸念されている。

【図2】 電力卸売価格の国際比較

 ドイツにおける行き過ぎた官僚主義も、競争力の低下要因として指摘される。独ifo経済研究所は2024年11月、過剰な官僚主義、行政コストの負担により、ドイツは年間1460億ユーロの経済的損失を余儀なくされていると試算した。

 その他、高齢化による熟練労働者の不足、人件費の上昇、投資不足による公共インフラの劣化などが構造的要因として挙げられるが、目下、ドイツ経済の低調を象徴するのが、これまで製造業をけん引してきた自動車産業の不振である。背景には、中国が欧州産業の存続を脅かす存在へと変貌したことがある。以下では、独自動車産業が抱える課題を整理しつつ、今後の注目点を探っていきたい。

コロナ禍を超える雇用危機

 独フォルクスワーゲン(VW)は2024年10月、独国内で少なくとも3工場の閉鎖と数万人規模の人員削減などを労働組合に通告した。仮に独国内の工場閉鎖が実施された場合、1937年の創業以来初となる。これを受けて、経営側と労組は12月にかけて繰り返し労使交渉を行うも溝はなかなか埋まらず、労組は度々大規模ストライキを実施した。最終的に両者は12月20日、独国内の工場閉鎖を見送るものの、2030年までに独国内の従業員3万5000人を削減することなどで合意し、歩み寄りを見せた。

 負の連鎖は自動車産業のサプライチェーン全体に波及している。例えば、VWのサプライヤーでもある自動車部品大手の独ボッシュは2024年11月、今後数年間で5500人の人員削減(うち3800人は独国内の従業員)を発表している。同じく自動車部品大手ZFは2028年までに独国内で少なくとも1万4000人の人員削減を検討している。

 欧州自動車部品工業会(CLEPA)は2024年10月、2020年以降、同業界で約8.6万人の雇用が失われ、新規雇用者数と相殺しても約5.6万人もの純減となったとの調査を発表した。中でもドイツは最も大きな打撃を受けており、約5.1万人の雇用が失われた(図3)。2024年上半期には、欧州でさらに3.2万人の人員削減が発表されていることから、雇用への影響はこれからが本番であるとCLEPAは警戒している。この規模は新型コロナウイルス禍の最悪期(2020年下半期に2.9万人の人員削減)を上回るものであり、独自動車産業は今、非常に深刻な雇用喪失の危機に直面している。

【図3】欧州自動車部品業界における雇用喪失(2020〜2024年、単位:人)

中国巡り「官民デカップリング」の皮肉

 なぜ、独自動車産業は窮境に陥っているのか。まず製造業全般の話として、ウクライナ危機後の独国内でのエネルギー・コスト高が大きな要因となっていることは前述したとおりだ。もっとも、独自動車業界にとって、もともと欧州事業は相対的に高コストだった。そのため、独自動車大手3社は利益率の高い中国事業を長い年月をかけて拡大させてきた。2023年のVWグループの全世界販売台数に占める中国販売のシェアは35.0%、BMWグループは32.3%、メルセデス・ベンツグループは29.6%にも及んでいる。

 ただ、足元の中国市場は、BEV(バッテリー式電気自動車)の価格競争力と、ソフトウエアで走りや安全などを制御するSDV(ソフトウエア定義車)の実装化により、BYDをはじめとする中国自動車メーカーのBEV販売が急伸。「コスト」と「ソフト」で出遅れた独3社は大きな打撃を受けている。中でもVWグループの乗用車における中国市場シェアは2020年18.9%から2023年には12.4%に大きく減少している。VWは中国市場でのプレゼンスを取り戻すため、上海汽車との提携を深め、合弁事業を2040年まで延長することを選択した。

 中国の経済変調に伴う需要減退と競争激化の中にあっても、欧州企業の中国への傾斜は続いている。米シンクタンクのRhodium Groupによると、2023年以降、欧州から中国への直接投資は増加傾向にあり、2024年4〜6月には38億ユーロと、過去10年間で2番目に高い水準となった。これをけん引しているのは独企業だ。2023年の欧州企業の対中投資トップ5はすべて独企業で、2024年1〜6月の投資トップ企業はVWであった。

 しかし、中国を巡って、独政府は独企業と異なるスタンスをとっている。EUでは近年、サプライチェーン等の過度な中国依存からの脱却を図る「デリスキング(リスク低減)」政策を進めている。ドイツのオラフ・ショルツ現政権も、中国と蜜月関係にあったアンゲラ・メルケル前政権時代とは異なり、2023年9月に初の中国戦略を策定するなど路線を修正している。同戦略には、中国を体制上のライバルと見なすとともに、中国からの「デリスキング」を早急に進める必要があると明記された。EU本部のあるブラッセル界隈では、ドイツでは対中関係において「官民デカップリング(分断)」が起きている、との冗談も聞かれる。

不正の汚名をすすぐBEV路線が裏目

 さかのぼること6年前、1期目のウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会体制が発足した頃は、欧州に強い「緑の風」が吹いていた。欧州委員会は気候変動対策に対する世論の支持もあり、数多くの関連法案を打ち出し、順次施行された。自動車分野も例外ではない。例えば2035年までにすべての新車をゼロエミッション(温室効果ガス排出ゼロ)に義務付ける内容の乗用車・小型商用車CO2(二酸化炭素)排出量規則が2023年5月に発効した。

 EUでは、極めて野心的な規制を民間企業に課すことにより、多少見切り発車のところがあっても、それを順守させるよう大規模投資を促すことで、産業転換を図っていく試みが往々にして見られる。自動車分野ではそれはBEVへの移行だった。欧州委員会は当時、建前では「技術中立性(多様な技術の可能性を排除しないこと)が重要だ」と言うものの、基本的にBEV一辺倒で規制の策定を進めてきた。背景には、2015年に明らかになったVWのディーゼル不正問題[1]により、自動車業界への風当たりが強まったこともあろう。

 しかしながら、官主導による需要創出には限界があった。欧州委員会によると、2023年の欧州におけるBEVの平均小売価格は4万6000ユーロと高止まりしている。こうした中、独政府が2023年12月にBEV購入補助金を突然廃止するなど、財政難によりBEV支援策を縮小する動きがEU各国で相次ぎ、BEVの需要が減退した。1年半前に発効したばかりの乗用車・小型商用車CO2排出量規則の見直しを求める声が、欧州自動車業界や中道右派の欧州議会議員の間で強まるなど、BEV路線は迷走状態にある。

 一方で、EUでは、圧倒的な価格競争力をもつ中国メーカー生産のBEVの流入を懸念する声が強まっている。EUは、中国で生産されるBEVが廉価なのは、中国政府から不当な額の補助金を受けているためだとし、2024年10月、中国で生産されたBEVに対する補助金相殺関税を導入した。これにより、VWと提携する上海汽車へは35.3%の追加関税率が導入された[2]が、BYDの追加関税率は17.0%と低率に抑えられた(いずれも現行関税率10%に上乗せされる)。

 Rhodium Groupは2024年4月、中国と欧州市場でのメーカーごとの価格分析を行い、BYDを筆頭に中国メーカーによるEUへのBEV輸出は、非常に収益性が高いため相殺関税を吸収するとした。一方、BMWなどの欧州メーカーが中国で生産するBEVのEU輸出は相対的に収益性が低く、関税率が利益率を上回るケースが多くなると試算している。EUの対中政策が独自動車メーカーにも悪材料として重くのしかかることになる。

米中露に依存した成長モデルの限界

 このように独自動車産業が厳しい環境にある中、米国でトランプ政権が発足する。「タリフマン(関税男)」を自称するトランプ次期米大統領は就任前から、中国からの輸入品に追加で10%、メキシコとカナダからの輸入品に新たに25%の関税を課すと宣言している。英大学LSEによるトランプ関税の影響試算に基づくと、2025年より米国で、(1)全般的関税(10%)、(2)中国からの輸入品への関税(60%)、(3)輸入車への関税(100%)が実施された場合、米国GDPはベースラインから-0.64%、中国GDPは-0.68%と、成長率を押し下げるものの、EUのGDPは-0.11%にとどまる。しかし、自由貿易体制に大きく立脚するドイツのGDPは-0.23%となり、特に自動車を含む輸送用機器への影響は大きいとしている。

 これまで独経済は、ロシアへの安価な天然ガス依存、巨大な中国市場への依存、そして米国への安全保障依存(平和の配当)を基に成長を遂げてきた。しかし、ロシアのウクライナ侵略、中国の権威主義体制の強化、米国第一主義という名の保護主義の高まりなど、外部環境が根本的に変化したことで、ドイツの成長モデルが瓦解しつつある。こうしたドイツが直面している構造的問題の大きさを考えると、打開に向けた道のりは長く険しいものになるだろう。

官民に立ちはだかる2つの壁

 官民共に、こうした構造的な問題の解決に向けた動きは見られている。まず民間では、VWによる創業以来初となる独国内の工場閉鎖を含むリストラ策がその一つだ。しかし、報じられたように、労働組合が壁となって強く抵抗し、ストライキが頻発。工場の閉鎖は見送られた。ドイツでは会社法制に基づき、取締役を監督する監査役会のメンバーの半数が従業員によって選任されるなど、経営の意思決定への労組の関与や影響力行使が固有の特徴となっている。

 さらにVWは、本社のあるニーダーザクセン州が株式の20%を保有しており、2025年2月23日予定の連邦議会選を前に雇用の悪化を警戒し、国内工場の閉鎖と従業員の解雇に強く反対してきた。同州からは株主選任監査役として2名が加わっており、従業員選任監査役とあわせると監査役会メンバーの過半数がリストラ策に反対の立場であった。今回のような危機的な状況に陥った場合でも、経営判断や実行が遅れ、構造改革が進まないリスクが考えられる。

 一方、官については、ドイツで伝統的な「財政規律偏重」という壁を乗り越えられるかが今後の焦点だ。独憲法は財政規律を保つため連邦政府の借り入れ上限を定めており、連邦政府は構造的財政赤字をGDPの0.35%までにとどめるよう、毎年制限されている[3]。この「債務ブレーキ」の仕組みにより、ドイツには巨額の借入れ能力があるにもかかわらず、産業競争力の強化や防衛関連の大規模投資が制約されている。

 債務ブレーキは、ショルツ三党連立政権の崩壊のきっかけにもなった。2月の連邦議会選挙後に政権奪還が見込まれる中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)は党是として債務ブレーキを擁護しているものの、次期首相と目されるフリードリヒ・メルツCDU党首は改革の可能性を排除しておらず、柔軟な姿勢を見せている。憲法改正には独連邦議会の3分の2の賛成が必要であり、この意味でも2月の総選挙の行方に注目である。

*本稿は筆者の個人的見解であり、いかなる組織の公式見解を示すものではありません。

写真:AP/アフロ

[1]VWが排ガス規制を逃れるため、不正な制御ソフトウエアを車両に搭載していた事件。「ディーゼルゲート」とも呼ばれる。

[2]欧州委員会は中国国有最大手の上海汽車に対し、BEV向け電池購入価格の優遇など、中国政府から多額の補助金支給を受けたと指摘した他、EUの調査に非協力的だったとして相対的に高い関税率を設定している。

[3]景気変動など、構造的ではない一過性の赤字拡大は、議会の承認により一時的に0.35%から逸脱することが認められることがある。

地経学の視点

 自動車が基幹産業という点で日本とドイツは共通する。苦境の要因もしかり。クルマにCASE(コネクテッド、自動化、シェアリング、電動化)という新機軸が求められる中、日独は「コスト」と「ソフト」で出遅れた。
 
 橋本氏が指摘するように、ドイツはじめ欧州では、VWのディーゼル不正を契機にBEV一辺倒戦略にかじを切り、結果的に中国の台頭を許した。「一足飛びのBEV路線に乗らなかった日本の自動車メーカーの経営判断は正しかった」という声もあるが、日産自動車の2024年4~9月期は前年同期比9割超の大幅減益となり、ホンダとの経営統合を目指す事態に陥った。自動車業界は「100年に一度の変革期」を迎え、動力の主役はエンジンからモーターへ、クルマの価値はハードからソフトへと急速に転換しつつある。他国に依存した戦略転換も、時間稼ぎの現状路線も、BYDなど新興勢を止めることはできない。
 
 ただ、「モノづくり」が不要になるわけではない。センサーが危険を察知したとしても、それを実際に制御するのは「走る」「曲がる」「止まる」というクルマの基本性能だ。人命に直結する情報に誤りがあれば、「一時的なアプリの不具合」ではすまない。日独自動車業界は、従来型の成長モデルの限界と外部環境の激変を受け止めつつ、磨き上げてきた技術や信頼性という強みをどう生かすかを考え続けるしかない。(編集部)

橋本 択摩

国際経済研究所 主席研究員
2000年東京大学経済学部卒、第一生命保険入社。第一生命経済研究所、財務省財務総合政策研究所、国際金融情報センター、三井物産戦略研究所、三菱総合研究所等を経て、21年9月国際経済研究所入社。ベルギー駐在通算7年。

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