2025年1月20日、米国で「トランプ2.0」が始動する。ドナルド・トランプ氏の第47代大統領としての「返り咲き」は、1893年のグローバー・クリーブランド第24代大統領以来、132年ぶりのこととなる。就任10日前に有罪評決を受けながら大統領となるという意味でも前代未聞のトランプ氏。「MAGA(米国を再び偉大に)」を掲げ、既存の国際秩序に異を唱えることもためらわない。トランプ2.0によって米国、そして世界経済はどうなるのか。
貿易戦争を招きかねない関税政策
「私たち署名者一同は、第2次トランプ政権が米国経済に及ぼすリスクについて深く懸念しています。」2024年6月にそう警鐘を鳴らしたのは、クラウディア・ゴールディン氏(2023年)、ロバート・J・シラー氏(2013年)、ジョセフ・E・スティグリッツ 氏(2001年)など、ノーベル経済学賞を受賞した16名の米国の経済学者である(年は受賞年)。彼らが懸念するのは、トランプ2.0でのインフレの再燃、そしてその結果としての経済の落ち込みだろう。
トランプ2.0を支えるのは5本の政策の柱、すなわち、(1)関税の引き上げ、(2)不法移民の排斥、(3)積極的な財政政策、(4)化石燃料の利用促進、(5)規制緩和の推進——である。基本的には国内景気・雇用を最優先する米国第一主義(アメリカ・ファースト)を主眼とした政策だが、実際の米国経済の行方を占う上で、まず注目されるのは関税政策と移民政策である。
関税政策は第1次政権時と同様、トランプ氏にとっては目玉となる。自らを「タリフ・マン(関税男)」と称し、「辞書にある単語で最も美しいのはタリフ」とまで豪語するトランプ氏の関税への執着は異様だ。中国に対しては60%、北米の自由貿易協定である「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」を締結しているメキシコ・カナダに対しては25%、そして地域を問わず、普通関税を10%にすることを目指している。
もちろん、関税は一義的には輸入業者、すなわち、米国側が負担するものである。関税の引き上げは輸入価格の上昇を通じて、インフレを招き、結果として個人消費を圧迫することになるが、関税を貿易相手国との交渉ツールと位置付けるトランプ氏にとってはお構いなしだ。
実は、「トランプ氏の主張が100%理不尽である」と言い切ることはできない。関税の引き上げは消費者にとっては価格の上昇と消費量の減少を通じて損失となるが、国内の生産者にとって価格の上昇と生産量の上昇を通じて利益をもたらすことも理論的にはあり得るからだ。また、輸入する米国が価格交渉力を発揮して、関税分を輸出国に負担させる形で輸入価格を引き下げることも不可能ではないかもしれない。しかし、現実的には、国内外の生産コストや生産体制に鑑みれば、海外からの輸入を国内生産で代替させることも、相手国に関税を継続的に負担させることも容易ではない。
関税の引き上げがトランプ氏の思惑に反する形で、米国のインフレと消費の下押し要因になることに加えて、貿易相手国の報復措置を招いて「貿易戦争」の様相を呈し、政策の不確実性が世界的に高まることも懸念される。米国によって制裁関税を課されれば、中国としては中国共産党のメンツにかけても報復せざるを得ない。
第1次トランプ政権時の2018〜2019年にかけては、米国による相次ぐ対中関税の税率引き上げと対象拡大に対して、中国は都度、間髪を入れずに対抗措置を取った。正に「目には目を」の対応であり、貿易戦争の様相を呈すると、企業の景況感は揺らぎ、金融市場でも嫌気された(図表1)。結果としては米国の株価上昇基調は維持されたものの、株価が急落する局面も少なくなかったことは記憶に新しい。トランプ2.0でも、米中のチキンレースが米国、そして世界経済のかく乱要因となることが懸念される。
【図表1】米国の貿易不確実性と景況感・株価の動向
米国経済が自滅しかねない移民送還
第2の柱である不法移民の送還もトランプ氏肝いりの政策であり、関税同様に物価の上昇要因であると共に景気を冷やしかねないものだ。非営利団体の米国移民協議会(AIC)によれば、米国には総人口の14%弱に及ぶ4600万人強の移民がいる。需要面では移民の支出金額は1.6兆ドルに達しており、米国経済の原動力となっている。しかし、移民全体の約23%に相当する約1075万人がいわゆる不法移民であり、労働力人口の4.5%にも達している。いずれも2022年時点の数字だが、現在では不法移民の数は1300万〜1400万人程度にまで増えているとの見方もある。不法移民流入に伴う財政負担や治安悪化の懸念などを背景に、トランプ氏は「米国史上最大規模の送還」を行うと宣言。大規模な移民の送還は経済需要と労働供給の深刻な減少を招くことになる。
トランプ氏の公約が実現すれば、実体経済への影響は甚大なものになる。図表2・3は、米有力シンクタンクであるピーターソン国際経済研究所のエコノミストらが、グローバルなマクロ経済モデルを活用して、2025年から2028年までの関税引き上げと移民送還の影響を試算したものである。関税による米国経済への下押し影響では、中国に対する60%の関税よりも、世界全体に対する10%の関税の影響の方が大きいこと、また、不法移民送還の影響は関税よりもさらに大きくなることが分かる。強制送還数が不法移民の過半に当たる830万人に達すれば、米国は実質GDPの20%弱を喪失し、インフレ率は9%も上昇する壊滅的な影響を受ける。公約は、米国経済が自滅するシナリオと言わざるを得ない。より現実的な130万人の送還でも、GDPの下押しは約3%、インフレ率の押し上げは1.5%に達し、景気後退は避けられないだろう。
【図表2】トランプ2.0の政策影響(1):実質GDPへの影響(2025〜2028年)
【図表3】トランプ2.0の政策影響(2):インフレ率への影響(2025〜2028年)
もっとも、第1の柱の関税政策が基本的には大統領権限によってトランプ氏の独断によって実行できる一方で、第2の柱の不法移民の強制送還を行うためには、相当規模の予算的な手当てが必要であり、議会の承認が必要になってくる。不法移民といえども、その約8割は米国で既に15年以上滞在しているとの推計もある。上下両院を共和党が掌握しているからといって、人道的な観点からも強制送還には自ずと限界もあるものと考えられる。
公約実現で高まるスタグフレーションリスク
トランプ2.0の第3の柱は積極的な財政政策であり、いわゆる「トランプ減税」の恒久化、法人税減税、残業代・社会保障給付・チップに対する課税廃止などが実施される公算が大きい。トランプ減税とは、第1次政権時の2018年から実施されている「減税・雇用法」に基づく、主として個人への時限的な減税措置のことである。現行法ではその多くが2025年末に失効するが、トランプ2.0ではそれらを恒久化させることを計画している。
当然、積極財政に伴って政府債務は拡大することとなる。超党派の非営利団体である「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」の試算によれば、トランプ氏の公約によって2026年から2035年までに連邦政府の債務は約7.8兆ドルも拡大する(中心シナリオ)。その規模は、大統領選挙でトランプ氏に敗れたカマラ・ハリス氏が仮に当選していた時の約4.0兆ドルと比べても圧倒的に大きく、「大きな政府」となる。もっとも、約7.8兆ドルのうち、約5.4兆ドルはトランプ減税の延長によるものである。減税失効時と比べれば、その分だけ経済の落ち込みを回避することになるが、現状と比べれば必ずしも景気刺激的とは言えないのも事実である。また、「2026年から10年間」という効果の発現時期を勘案しても、関税や移民送還による景気の下押し影響を補うには不十分であると考えられる。
第4の柱である化石燃料の利用促進は基本的には景気に対して中立的であり、第5の柱の規制緩和は景気刺激的ではあるが、その影響の定量的な把握は容易ではない。ただ、少なくとも第1から第3の柱である関税の引き上げ、移民の強制送還、財政の積極策を総合的に考えれば、トランプ2.0は相当の景気下押しと物価の上昇要因となり、スタグフレーションを引き起こす可能性がある。景気、物価面での影響顕在化のタイミングにも左右されるが、FRB(米連邦準備制度理事会)が憂いなく金融緩和を実施できるような環境にはならないだろう。
現状では、FRBが2025年以降も金融緩和姿勢を継続するとの見方が一般的だが、短期的にはインフレ懸念再燃から、金融緩和どころか、再利上げを迫られる展開となっても不思議ではない。そうなれば、金融市場や金融システムへの影響は軽微では済まされない。AI(人工知能)や暗号資産などを巡るバブル的な資産価格の上昇は大きな調整を迫られる。トランプ第1次政権での金融規制の緩和と2022年以降の急速な利上げが2023年のシリコンバレーバンクをはじめとした地方銀行の破綻につながったように、トランプ2.0での金融規制の緩和が新たな金融システムのほころびに発展することもあり得るかもしれない。
通貨政策の方向性も不透明
もちろん、日本にとっても対岸の火事ではない。前掲図表2の試算によれば、10%の普通関税によって当然、日本経済も打撃を受けることが確認できる。中国に対する60%の追加関税では、対米輸出が中国から日本にシフトする前提で日本経済に対する一定のプラスの影響が見込まれているが、実際にそうなるかは疑問だ。米中の貿易戦争激化の下で、金融市場が動揺したり、中国経済の下振れ懸念が強まったりすれば、日本経済へのプラス影響は画餅に帰すことになるだろう。
トランプ2.0での通貨政策の行方にも注目したい。インフレへの警戒から、FRBの金融緩和観測が後退し、米長期金利が上昇すれば短期的にはドル高円安が進むことも考えられるが、問題はその持続性だ。ドルは現状、歴史的なドル高水準にある。対円だけでなく、対ユーロや対新興国通貨なども含めたドルの通貨としての総合的価値(実質実効為替レート)は40年前のプラザ合意後のほぼ最高値圏で推移している。
雇用の創出、低金利の維持など、景気や金融環境には強く固執するトランプ氏だが、為替については多くを語っていない。しかし、景気の悪化が懸念される局面では、ドル高を容認せず、むしろ、ドル安を歓迎する姿勢を採ることも十分考えられる。また、FRBに対する利下げ圧力の増大やジェローム・パウエル議長の後任人事問題など、中央銀行の独立性を侵害するような言動が、市場でドル安要因として受け止められるシナリオもあり得る。行き過ぎた円安は日本経済にとって問題だが、他方で急激な円高と株安も困るというのが実情だろう。
いよいよ幕開けとなるトランプ2.0は米国だけでなく、日本経済にとっても重大な試練となりそうだ。
写真:ロイター/アフロ
地経学の視点
今のところ市場はトランプ2.0を好感しているように見える。2025年の経済成長予測では、内需の弱さが目立つ欧州や、賃金と物価上昇の好循環にいまだ至らない日本が小幅のプラスと見込まれる中、米国は先進国の中で「1強」となり、世界経済を引っ張るとみる向きが多い。
一方で、長谷川氏が指摘するように、トランプ氏の公約は景気下押し的な内容が目立つ。プラス・マイナス両面があるとしても、負の影響が先行し、積極財政などの効果発現が遅れれば、米経済、ひいては世界経済が大きく後退するリスクは拭えない。
トランプ氏から感じるのは、「力」の行使をためらわない姿勢だ。デンマークの自治領であるグリーンランドの買収計画を巡り、トランプ氏が軍事力の行使すら示唆したことに対し、ドイツやフランスは強く反発した。力による現状変更が許されるならロシアによるウクライナ侵攻と変わりはない。ジャンノエル・バロ仏外相は、「われわれは弱肉強食の時代に戻った」と述べた。経済と安全保障とにかかわらず、トランプ2.0の「力」に、わたしたちは身構えねばならない。(編集部)