2025年、中国経済は正念場を迎えつつある。ここ数年は、過剰生産によるデフレ輸出や不動産不況などネガティブな面が目立ってきたが、そこにドナルド・トランプ氏の大統領就任という新たな不安材料が加わる。地方債務問題も足かせだ。前回の外交・安全保障分野に引き続き、混とんとする中国経済の展望について、東京財団研究所の柯隆主席研究員に聞いた。(聞き手:山下大輔=実業之日本フォーラム編集部)
――2025年は中国経済にとってどんな1年になることが予想されますか。
習近平総書記が初めて国家主席に就任したのは2013年3月ですが、2年後の2015年に打ち出したプログラムが「中国製造2025」でした。2025年までに中国を世界の製造業強国にすると言うものです。
本来2025年には、花火を上げて中国が製造強国なったとお祝いをするはずだったのですが、2つの要因によって完全に潰されました。1つは第1次トランプ政権です。この時の制裁で大きなダメージ受けます。2点目は、新型コロナウイルス禍です。習政権はこの時に色々なミスを犯し、自ら経済を押し下げてしまった。当初楽観視し過ぎて、コロナが終われば、中国経済が一気に回復するだろうと踏んでいましたが、2023年、2024年と中国経済全く回復しません。むしろどんどん悪化しています。
本来は飛躍の年のはずでしたが、2025年は正念場の年となりました。やはり第2次トランプ政権が出てきて、間もなく、深刻なダメージを受ける可能性があります。さらに注目すべきは、去年騒がれた、中国国内での無差別犯罪の多発です。経済の成長率と反比例し、経済成長率が下がれば、ああ言った無差別の犯罪が増えるわけです。今年の至上命題はやはりどうやってこの経済回復させるか、というところになってくるわけです。
――中国のデフレ輸出は今年以降も続くことになりますか。
デフレ輸出がこれからも続く可能性は極めて高いです。中国国内の過剰生産は解消されていません。去年の後半から習政権が打ち出した一連の景気回復策を見ると、自動車や家電の買い替えを促進する政策など、生産者を助けるためのものが多い。つまり供給過剰は解消されず、デフレ輸出は長く続くことになると考えます
――不動産不況に出口は見えてくるでしょうか。
中国政府が打っている政策の中で、個人が住宅を買ったりする際の住宅ローンの金利は、若干ですが下げられています。少しの時間稼ぎと家計のわずかながらの負担軽減にはつながっていくでしょう。ただ、根本的には改善されていません。
よくメディアで不動産価格の下落の統計を示されることがあります。あの統計は実態を表していません。なぜかというと、インデックスは全体の平均値を取っており、平均値は深刻さを表しているとは言えません。中国の裁判所が差し押さえた中古物件を競売に出すのですが、私はこの数字を見ています。資産査定をして競売にかける時、おおむね45%前後低く設定します。底値から上がっていきますが、私が見る限り、取引が成立した物件でもそれほど上がっていません。つまり買い手が付いていない。不動産不況はまだ終わらないと思います。むしろこの不動産不況がいつ終わるかを決める変数は、この景気がいつ回復してくるかにかかっているのです。
――地方債務問題も引き続き中国経済の足かせになっていると思います。
この問題は今年だけじゃなくてこれからも続いていきます。日本ではバブル崩壊後に多くの金融機関が破綻しましたが、中国の場合、銀行は潰れません。国有銀行だから国が守るわけです。ただ、代わりに飛び火するのが地方政府です。地方政府をどう守るかという、これまでに経験したことのない事態に直面しています。
不動産バブルが膨らんだプロセスの中で、地方政府が土地の使用権を払い下げて、巨額の財源を得ていた構造がありました。その財源を元に、インフラを整備し、その中には無駄遣いもあったわけです。同時にそのプロセスでたくさん借金もしました。いわゆる「融資平台」という第3セクター名義で借りたのですが、調子が良い時はたくさんお金が入ってきました。ただ、この債務のほとんどが有利子負債です。ここで怖いのが、雪だるま式に借金が膨らむ複利で計算されることです。
日本はゼロ金利の時代が長く続きましたが、中国は金利を下げたとは言え、まだ高い水準にあります。いまだに1年物の貸し出し金利は2.5%以上あります。複利計算されるととんでもないことになります。また、中国の地方政府は日本や欧米と違って複式簿記で書いていません。複式簿記で書いていないオフバランスの借り入れもあるわけです。つまり、オンバランスとオフバランス合わせてどれくらいか、誰もわからないほどの巨額な債務となっているわけです。
とはいえ、地方政府を倒産破綻させることはできません。ここからは中国特有の問題なのですが、中国では市政府が年金ファンドの面倒見ています。若者が流出し、高齢化が進んでいる市は年金資金が枯渇する恐れが出てきます。土地の払い下げをしたとしても入札が成立せず、財源がないわけです。こうして年金難民が出てきます。その上、今まで作りすぎた地下鉄や市庁舎、高架道路といったインフラのメンテナンス費用ものしかかります。
支出を考えていく時に、プライオリティが高いのが年金なわけです。つまり中国の不動産不況の最後に出てくる問題は、年金難民、年金の崩壊です。定年延長の話もここに関わってきます。年金支払いための財源が足りず、定年を伸ばしたわけです。
――トランプ氏が大統領選の最中に主張していた、中国への高関税措置はどのよう影響をもたらすでしょうか。
2024年の中国の貿易黒字は前年度比で増加しました。数字が好転した理由は、駆け込みの輸出が増えたからです。トランプ氏に高関税をかけられる前に企業が輸出を増やしたことによるものです。輸出を拡大するとなると、原材料も必要になるので輸出入ともに拡大しました。
もう一つは、中国国内の景気が悪いので、習政権は金融緩和を続けています。金融緩和をやると、元建ての流動性が増えるので、人民元安となります。貿易はドル建てでやっているので、為替差益の効果が出ました。従って短期的にこれで貿易黒字が拡大したわけです。
では本調子で伸び続けるかというとそんなことはありません。外国企業もだんだんと生産ライン、サプライチェーンを分散しています。2025年はおそらく前年の反動から落ち込みが予想されます。長期的にはトランプ政権の制裁関税の影響が出てくることになるでしょう。どのくらいの関税になるかによりますが、じわじわと輸出を押し下げる可能性があります。
中国の為替システムは、管理変動相場制です。言ってみれば、自国通貨の管理と変動です。国によって管理の方が強い場合や変動の方が強い場合もありますが、中国はどちらかというと管理の方が絶対的です。管理した上で微調整します。調整と言っても、政府が決めるわけですが。
トランプ政権の制裁関税を見越して、中国政府は少しずつ元安誘導をしています。急激に元安に導くと、キャピタルフライト[1]が起こってしまうからです。富裕層が持っている金融資産は人民元建てが多いわけです。元安になり、資産を中国国内に置き続けると、ドル換算すると目減りしてしまいます。
ただ、米国の高関税に対して今の習政権が切れるカードは、元安誘導くらいしかありません。かつては、レアアースの禁輸措置がありましたが、各国ともリスク分散してそれなりに備えているので、今はあまり効果が見込めません。元安誘導も、米政府によって為替操縦国に認定されるリスクがあります。そういうこともあって、中国は今、金を買い増しています。
――こうした米中の狭間で、日本企業はどう備えていくべきですか。
中国に進出している日本企業は、コロナ流行時から中国での生産体制の調整をしようと考えていました。ただ日本企業の特徴の一つに決断の遅さがあります。企業の上層部が現場からの情報よりも、他社の動向をみながら決断するからです。要するに横並びの意識が強い国で、遅れがちなわけです。とはいえ、コロナ禍が終わって2年以上が経ってきて、一部の企業はすでに工場をベトナムなど東南アジアにシフトしています。中国本土を睨みながら、東南アジアの生産体制を固めていかなければならない。日本企業の東南アジアへのシフトがすでに本格化してきています。
一方で、中国国内に残る部隊、すなわち “in China for China”のビジネスはなかなか放棄できません。なので、安全保障に関わらないビジネス中国に残って、巨大なマーケット向けの操業を続ける。特に安全保障に関わる分野は東南アジアなどへシフトしているのが今の状況です。すなわち、中国ビジネスのサプライチェーンの選別している最中にあります。イメージとしては、日本企業は引き続き中国国内マーケットを抑えつつ、安全保障に関わる分野については中国には一切置かないという状況にこれから変わっていくことになるでしょう。
ただ、移転にも課題はあります。サプライチェーンをサポートするのが物流です。もっと言えば、スマート化された物流です。世界のコンテナの取扱量上位10カ所のうち、香港を含めて7カ所が中国です。さらに見落とせない点として、これら中国の港湾通関システムがデジタル化されているということです。自動運転やAIを上手く導入していて、荷積みや荷下ろしから配送まで人間より正確にやってしまいます。では、東南アジアの国々の港湾がここまでスマート化しているかと言うと、必ずしもそうではありません。整備するにしても多額のお金と時間がかかります。
機微の技術に関わる安全保障のいろんな分野に関しては、米側の制裁もあるので、中国に取って代わるというよりも、日本に持ち帰ったり、他の東南アジアに持ち込んだりと中国国外に分散していくと思います。でも基本はやはり “in China for China”のベーシックな部分は残っていくことになるでしょう。
[1]特定の国や地域から資本が流出する現象。経済や金融の不安に起因することが多い。
柯隆:東京財団政策研究所 主席研究員
63年中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年同大卒業。94年名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)後、長銀総合研究所国際調査部研究員、富士通総研経済研究所主席研究員などを経て18年から現職。著書に『「ネオ・チャイナリスク」研究』(慶應義塾大学出版会、21年)ほか多数。
地経学の視点
2024年は、日本も含め世界各国で選挙が実施された「選挙イヤー」でもあった。中でも、覇権国家米国におけるトランプ氏の再選は、世界中に緊張と動揺をもたらした。そして、上向かない国内経済に腐心する中国は、こうした状況下でどのように振る舞うか――。世界中の目が2つの超大国に注がれている。
圧倒的な経済成長を背景に、居丈高な外交を展開してきた中国。「戦狼外交」とも言われたその外交姿勢に今、変化が見られ始めている。日本に対しても、かつてのような高圧的な姿勢は鳴りを潜め始め、対話重視の様相を見せ始めている。対米関係の緊張が念頭にあるとみられる。その意図をわれわれは見極めていかなければならない。
インタビューの中で、柯隆氏は日本の自主外交の重要性を指摘した。それは対米外交をないがしろにするのではなく、日米関係を軸にしつつも自主性を見せていくという現実的なものだ。中国の対日姿勢軟化はチャンスでもある。課題も多い日中だが、日本がイニシアチブを執って解決できる機会も増えてくる可能性がある。戦後80年の節目の年でもある2025年、日本が国際社会の中で新たな外交を展開することを期待したい。(編集部)