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2025.02.06 外交・安全保障

流動化する朝鮮半島情勢、米新政権の不確実性に立ち向かうため日韓が採るべき道

実業之日本フォーラム編集部

 尹錫悦大統領の戒厳令発令に端を発する韓国の政治的混乱はいまだに収束を見ない。一方の北朝鮮はロシアとの連携を深め、韓国とは一線を画す動きを見せ続ける。日米韓が連携をより深めつつある中での韓国の政変は、日韓・日朝関係にどのような影響を与えるのか。そして、日本はどのような対応を迫られるのか。長年にわたって朝鮮半島情勢の研究を続ける、政策研究大学院大学の道下徳成教授に聞いた。(聞き手:山下大輔=実業之日本フォーラム編集部)※本インタビューは2025年1月29日に実施しました。

――尹錫悦大統領による戒厳令発令に端を発する、一連の韓国の混乱をどのように見ていますか。

 一連の動きを見ていて興味深かったのは、未熟な部分と成熟した部分が相半ばした韓国政治の特殊性です。まず未熟な部分で言えば、大統領に権限が集中していて、大統領の政策決定が属人的に行使されているということです。大統領の公務執行において、金建希大統領夫人が重要な役割を果たしていたという指摘もあります。国のトップになるような人物は、多くの人たちと深みのある人脈を形成し、意見を吸い上げられる体制を作る必要があります。尹大統領は、それができていなかった。韓国では、大統領になる人材を作り上げていくためのシステムやプロセスが不十分という印象を受けます。

 他方、戒厳令が発令されたにもかかわらず、軍は抑制の利いた対応をしています。軍は大統領の命令を忠実に果たさず、文民統制が機能しなかったという見方もできるかもしれません。とはいえ、暴力的に国会議員や市民を傷つけることなく流血の事態を避けたことは、軍も含めて韓国社会で民主主義がそれなりに成熟していて、トップが変なことを言ったとしても、それに下が盲従しなくなっているとも言えます。

 尹大統領からすれば、夫人の問題で攻め立てられて、政治的にも個人的にも辛い立場にある中、野党に邪魔されて予算も思うように作れない状況でした。普通の政治家であれば、野党に責任転嫁したりして上手く局面を打開しようとしたでしょうが、検察官出身の大統領は事態を深刻に考えすぎたように思います。尹大統領は、政治家らしく手練手管で泥臭く切り抜けるべきところを極端な動きをしてしまった印象です。

――こうした韓国の動きを北朝鮮はどう見ていますか。

 大きく2点あります。一つは、2024年1月、金正恩総書記が演説の中で、朝鮮半島の統一は目指さないという趣旨の発言をしました。北朝鮮は今、北の「朝鮮民主主義人民共和国」も南の「大韓民国」も独立国家なので、互いに干渉すべきではないというスタンスです。その背景には、韓国の方がはるかに豊かで、ほとんど全ての面で北朝鮮にまさっているということがあります。例えば、韓国ドラマやK-popなどのコンテンツが北朝鮮に流入し、若者たちがこれらに感化されていることに北朝鮮指導部は危機感を募らせています。影響が広まれば体制を揺るがしかねないからです。

 そういうこともあって、統一を放棄し、分断を固定化する方向に動いていると思います。そうすると、南北はパートナーでも何でもないわけですから「韓国で何が起ころうが知ったことではない。それは彼らの内政問題であって私たちには関係ない」となります。北朝鮮でも韓国の件は報道されていますが、比較的淡々としています。その裏には、「こちらも口は出さないけど、逆にそちら(韓国)も口を出すなよ」というメッセージがあるのです。

 もう1つは、外交面におけるロシアとの緊密関係です。ウクライナに派兵するような軍事的な協力だけでなく、いろいろな分野で代表団が行き来したりしています。そういう忙しさも相まって、北朝鮮としても韓国に目を向ける余裕がないということがあると思います。

――今後韓国で、政権交代が起こって進歩系野党「共に民主党」が政権の座に就いた場合、対日外交が硬化することも予想されます。

 この間、世論調査で与党が野党の支持を上回ることがあったりしました。このため、「共に民主党」は政権奪取を確実にするために「責任政党」というイメージ作りに取り組みつつあり、日本に対しても比較的ポジティブな態度を取り始めています。ただ、本音の部分は日本に否定的な考えをもっていると思われるので、心配を払拭できたとは言えません。

 一方、国際情勢を見ると、ロシアと北朝鮮が協力を深め、中国も相変わらず米国と対立しています。加えて、米国のドナルド・トランプ大統領は韓国に対して、ややネガティブな見方をもっています。国際情勢が大変な時に、韓国があえて日本とけんかするというのは少し無理な感じはします。この厳しい国際環境の中で、実利を捨てて感情的に動けば、国民の支持を失いかねません。

 ただし、積極的に日本とのパートナーシップや日米韓の協力関係を強化しますかと言われるとそこは微妙です。つまり、マイナスの動きを取る可能性は低いが、プラスの動きはスローダウンすることになるでしょう。

――つまり、これまでの日米韓の基本的な枠組みは続くが、さらなる進展は望めないということでしょうか。

 例えば、今までもやっている軍事演習や人的交流などは続くでしょうが、「もっと強化していきましょう」とはならないのではないでしょう。それは韓国だけでなく、米国もそうです。トランプ大統領は「なぜ日韓の防衛を米国が負担する必要があるのか。必要なら金を出せ」と言ってくるでしょう。そうなれば、韓国側も「では結構です」という態度を取る可能性はあります。特に進歩系政権の場合は、日本だけではなく米国のこともあまり好きではない。もうこれは感情的なものだと思いますが、これ以上の進展はなくなります。

 トランプ大統領は、第1次政権時にも米韓軍事演習や在韓米軍の駐留継続に疑問を呈することがありました。そういう態度に出てくるかもしれないわけですね。例えば演習を縮小するなどと言った場合、韓国の進歩系の政権は、それを受け入れてしまう可能性があります。それは日本にとっても非常に怖いことです。そうなると、北朝鮮が韓国に対して戦争を起こさないにしても、限定的な軍事行動に出ることが考えられます。米国がそこに関与しなければ、韓国世論も米韓同盟不要論に傾くかもしれません。

 そこに中国がつけ込んでくる可能性もあります。中国は中国で、米国との関係も国内経済も悪い状況です。米韓関係が悪化すれば、それを利用して韓国にも接近しようとするかもしれません。そうすると、韓国としては北朝鮮や米国への対抗上、中国と接近することも考えられます。

――進歩派の野党が政権に就いた場合、南北関係にはどのような変化が生じますか。

 私自身は、韓国の進歩派政権が北朝鮮に対話を呼びかけたとしても、北朝鮮はあまり取り合わないと考えます。北朝鮮は韓国との関係を断ちたいわけです。下手に関わり合えば韓国側からいろいろと情報が入ってきたりして、マイナス面が露呈します。北朝鮮側は韓国とは他人同士で、干渉し合わない状態を作りたいと思っているので、基本的には大きな変化はないのではないかと考えます。

 特に今は、ロシアと長期的な関係を前提とした関係性を築いています。それを考えると、わざわざ韓国に近づくメリットはありません。ウクライナの派兵を巡っても、兵士1人当たり月2千㌦ほどの対価が出ているという報道がありますし、弾薬、火砲、ミサイルなどの兵器売却でも儲けていると思います。特に韓国からの援助も必要ありません。米国もトランプ大統領の就任で、直接交渉の余地が出てきています。日本も拉致問題の解決に前向きです。そうすると、韓国を無視したとしても、米国や日本と交渉ができると考えているのではないでしょうか。

――北朝鮮が核開発を続け、米国が在韓米軍を縮小するようなことがあれば、韓国が核を保有するという選択肢を採ることもあるのでしょうか。

 今のような状況に置かれている以上、選択肢としては本気で考えていると思います。ただし、韓国もNPT(核拡散防止条約)に入っていますし、核を保有するというのは、政治的にもマイナスもあります。コストも膨大です。確かに北朝鮮の核は脅威ですが、本気で北朝鮮が戦争を起こすとは韓国側も思っていません。膨大なコストを払ってまで核を持つという議論にまでなるかというと、それは考えにくいですね。

 ただし、米国の核兵器を韓国に再配備することは現実的にあるかもしれません。かつてトランプ大統領は、日韓に核を持たせればいいではないかということを言っていました。そういう感覚の人物なので、例えば核兵器を再配備する代わりに駐留している米軍を減らして安く済ませます、という話で折り合いをつけようとする可能性もあります。そういう意味で、核の再配備はあるかもしれません。

――朝鮮半島情勢が流動化する中で、日本としてはどのように対応していくべきでしょうか。

 韓国に関して言えば、現状、保守派、進歩派いずれの人が大統領になるのか分からない状況です。言わずもがなですが、どちらになるかで政策が左右されることになります。今の状況であれば、進歩派の方が政権に就く可能性は高い状況でしょうが、その候補者は盤石ではありません。「共に民主党」の現代表は李在明氏ですが、極端なところもあって嫌う人も多いです。一方、与党側は確たる候補者がいませんが、数名名前が挙がっています。呉世勲・ソウル市長などはふさわしいとされる人物で善戦するでしょうが、まだまだ情勢は分かりません。いずれにせよ日本としては韓国との関係を少なくとも悪くならないようにし、うまく付き合えそうであれば前進させていく、という感覚でいればいけば良いのではないでしょうか。

 ただトランプ大統領が就任し、不確定要素が多い状況にあります。安全保障上、米国とのパートナーシップを土台にしているという意味では日韓は似ています。米軍駐留経費の負担増額を求められるという点でも同じような立場にあります。それだけに日韓関係を密にし、両国の立場をワンボイスで米国に伝えていくことが重要です。ここで日韓が仲たがいをしてしまうと、対米関係で共に弱い立場になってしまいます。相互にそういうことを伝え合って、日韓が協力してこの難しい局面を乗り切っていくことが求められるでしょう。

 米国の動き次第では米朝関係に変化が訪れ、日朝間で拉致問題も動いてくるかもしれません。そういう時に韓国が疑心暗鬼にならないようにバランスを取っていかなければなりません。事前調整とまでいかなくても、韓国にも必要な情報を共有しながら、韓国側が裏切られたという感覚を持たないようにパートナーシップを維持していくことが大切です。


道下 徳成:政策研究大学院大学(GRIPS)理事・副学長・教授
アトランティック・カウンシル非常勤シニアフェローを兼任。専門は日本の防衛政策、朝鮮半島の安全保障。内閣官房(安全保障・危機管理)参事官補佐、防衛省防衛研究所主任研究官などを歴任。著書・論文に “The US Maritime Strategy in the Pacific during the Cold War”、『北朝鮮 瀬戸際外交の歴史、1966~2012年』などがある。ジョンズ・ホプキンス大学(SAIS)博士(国際関係学)

地経学の視点

 尹政権が親日的な姿勢を示したことで、日米韓3カ国の連携は深まりつつあったが、韓国の政変により先行きは不透明さを増してきた。おまけにトランプ政権の東アジアに対する姿勢はいまだはっきりしない。日本がどのような軸を示せるかがカギとなってくる。

 第1次トランプ政権時のように、米朝が再び歩み寄ることも十分考えられる。そのタイミングは日本にとって拉致問題の解決につながる可能性を秘める。一方で、道下教授が指摘するように、韓国が孤立感を深めないようにするための配慮も必要だ。東アジアの微妙なパワーバランスのずれに、中国に目ざとく付け入られることは何としても防がなければならない。

 一方、米国からの駐留経費負担の増額要求は日韓ともに頭痛の種だ。台湾海峡は依然として緊張状態にあり、突っぱねるわけにもいかない。日韓関係は常に良好だったとは言えない上、歴史問題で理解し合えない現実もあるが、米中対立の狭間にいる日韓が仲たがいしている時間的余裕はない。ここは東アジアにおける自由主義の砦である両国が連携し、そこに米国を交えながら、中朝と向き合うことが求められる。(編集部)

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実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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