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2025.02.28 外交・安全保障

中国が軍事演習を異例の未公表、その意図は 2024年12月の訓練について台湾国防部シンクタンクが解説
日台安全保障ダイアログ(2)

台湾・国防安全研究院

 当フォーラムは台湾・国防部のシンクタンク「国防安全研究院(INDSR)」と提携し、日台安全保障の最前線を語り合うダイアログを定期的にお届けしていく。前回に続いて第2回目となる今回は、2024年12月に中国が台湾周辺で行った軍事演習をテーマに設定。中国は、今回の演習について公表していないが、台湾外交部は、日本から南西諸島、台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」内で多数の中国船が軍事活動を行っているとして非難した。その内訳は、海軍約60隻、海警局(中国の海上保安当局)約30隻と報道されている。今回の演習の目的はどこにあり、どんな特徴があるのか。INDSR国家安全研究所の王彦麟氏に聞いた。(聞き手:末次富美雄=実業之日本フォーラム編集委員)

末次:2024年12月に行われた軍事演習は、中国国防部から訓練実施に関する公表が一切ありません。演習の目的について、11月30日~12月6日に太平洋島しょ国を外遊する台湾の頼清徳総統が、経由地として米ハワイと米領グアムに寄ったことに反発するためだったという報道もあります。そうであればなおさら公表すべきでしょう。なぜ中国は、今回の演習を公表しなかったのでしょうか。

トランプ政権への忖度と台湾への圧力を両立

王:要因は3点あると思います。まず、季節的要因です。12月は海軍として動きにくい時期と言えます。台湾海峡周辺の波が非常に高く、長期間行動することがとても困難になるからです。そのため訓練期間は3~4日と短く、小規模なものになりました。頼総統への反発のための演習としては迫力不足のため公表を控えたという見方です。2点目が、ドナルド・トランプ政権が発足する前に米国に刺激を与えずに、台湾側に圧力をかける目的を達成するということ。3点目は、情報収集能力を含め、台湾側がどのような反応を示すか試したかったのではないかということです。

末次:トランプ政権発足前の対応として抑制的となったという見方には私も同意します。もう一つ考えるべきは中国の外交姿勢の変化です。最近、中国の外交政策は融和的に変わってきていますので、好戦的な「戦狼外交」のスタイルに戻るという印象を与えたくなかったのでしょう。「演習を実行したが、成果が乏しかったため、中途半端に終わった」という見方が正しいかもしれませんね。

王:一方で、台湾への圧力にはつながっていると思います。台湾空軍では飛行機の金属疲労やエンジンの寿命などの問題に直面しており、最近では無人機やドローンの数を大幅に増やして補完している面もあります。中国の訓練は、このように台湾軍に疲労や負担をかける面があるように思います。

末次:次に、演習内容について伺います。今回注目すべきは、中国海軍のジャンダオ級コルベット(小型護衛艦)が宮古海峡の南部まで進出したことです。私が知る限り、この船がこの付近を行動したことはありません。基本的に沿岸に使用する艦艇という認識だったので非常に驚いています。

王:私は海軍出身ではないので教えてほしいのですが、先ほども述べたように、冬は天候が荒れがちで、大型船でないと行動できません。冬季に問題なく船を航行させるにはどれくらいの排水量が必要ですか。

末次:ジャンダオ級コルベットは満載排水量が約1500トンと推定されています。私はかつて海上自衛隊勤務時に1500トンクラスの護衛艦に乗っていましたが、冬季の北海道周辺でとても船が揺れて苦労した経験があります。スピードが出せない上、大砲や魚雷を発射するようなオペレーションが天候によって左右されることも悩ましい問題でした。

 荒天が懸念される中で、今回あえて小型のジャンダオ級コルベットが宮古海峡の南部まで行動したのは、中国の兵力不足が背景にあると私はみています。あるいは、コルベットが荒れた海上でもしっかりと航行できるかどうか検証した可能性もあります。

 もう一点、今回の訓練で注目されるのは、尖閣周辺の状況です。中国の海警船が尖閣の領海に入ることは、それほど珍しくないですが、今回は76ミリ砲で武装した4隻の海警船が確認されました。第1列島線内の支配を狙う中国が、台湾を侵攻する際に尖閣諸島を占領することも考えられ、その先兵として使われるのが武装した海警であり、中国海軍艦艇がそれを支援する――という想定で訓練も実施されたのではないかと思います。

軍事インフルエンサーが発信できなかった理由

王:私が今回の軍事演習で注目するのは、インフルエンサーの発信がなかったことです。そもそも政府が演習を公表していないので当然だともいえますが、これまでは、YouTuberのような軍事関連のインフルエンサーが軍事演習に関する宣伝を軍と一緒に行うのが通例でしたが、今回はそれが全くありませんでした。恐らく、短期間に軍事行動の計画を立てたためだと私はみています。

 また、ネット上に偽の中国内部資料が公表されたことも話題になりました。軍関係者の家族が海外に滞在している場合、期限を設定して帰国を求める内容です。その書類は数日後に偽物だと判明しましたが、軍事侵攻をにおわせる認知戦(人々の物事に対する認識や捉え方などに影響を及ぼす戦い)の一部として、台湾の民意を試す意図があったと思います。

末次:軍事関連のインフルエンサーの発信が一切なかったのは、中国側がそうした動きを抑え込んだからですか。

王:インフルエンサーが映像を制作するにはかなり時間がかかります。事前に材料を仕込んでおく必要があり、準備する時間がなかったと思います。中国側が抑えたというより、ネタを与えなかったということでしょう。

末次:先ほど認知戦とおっしゃった「軍関係者の家族への帰国命令」とは、具体的にはどのようなものだったのですか。

王:内容としては、(1)東部戦区や南部戦区などの各軍に所属する人を対象に外国にいる家族(配偶者、子ども、親、兄弟)を2025年2月1日までに帰国させること、(2)上級部門を対象に2025年1月1日までに外国にいる親族のリストを提出すること、(3)家族の帰国計画の進捗状況を毎週、党中央に報告すること、(4)2025年2月1日以降にまだ家族が海外に滞在している場合は職務を停止し、軍事規律委員会に報告すること、(5)この命令を拒否または実行しない場合は軍事審判を行うこと――の5点です。

末次:本格的な軍事侵攻の準備と見えますね。台湾では「偽情報」と判断したということですが、逆に中国の人々はこれを見て、本物か偽物か判断できたのですか。

王:専門家でないと判断が難しいですね。情報はSNSで簡単に拡散できますので、台湾にも広がり、これを見て不安になる人がたくさんいたと思います。

末次:この情報が中国国内でも拡散され、真偽が分からなければ中国国内も混乱しそうな気がします。反対に中国国民にはすぐ分かって、台湾では分からないというようなこともあるかもしれません。中国の認知戦はかなり手が込んでいるということでしょうか。

王:拡散ルートとしては、中国国内ではネット統制をしているのでまず海外で広がり、中国のチャットアプリ「WeChat」やVPN(仮想専用通信網)サービスを利用する人を通じて中国国内に還流する形です。最初に広がったのは台湾で、中国への波及効果は少ないでしょう。

 もう一つの注目点は、軍事演習によく登場する空母の「遼寧」や「山東」が今回投入されなかったことです。冬季は波が高く、小型船と一緒に航行するのが難しいだけでなく、防空能力が不足していることに理由があるのではないかと私は思います。

末次:台湾侵攻に際しては、「そもそも空母を投入する必要性がない」という考え方もありますか。

王:そうですね。中国が本気で台湾を侵攻する場合、空母を使用しない可能性もあります。派遣した空母が、台湾の対艦ミサイルで沈められてしまうと士気が一気に下がります。中国にとって、空母投入の有無は台湾進攻の必要条件ではないというのが私の見方です。

末次:前回の演習「聨合利剣2024B」のときには「遼寧」が投入されましたが、活動海域を見る限りでは日米の潜水艦や航空機の行動範囲でしたので、台湾有事にあの海域に空母を展開する可能性は低いでしょう。

王:ただ、空母の派遣は、台湾の一般人に心理的威圧効果があると思います。例えば、「聨合利剣2024B」では南東海域で活動しましたが、一般人には中国の戦略的・戦術的な意図が分かりません。台湾の東側からも航空攻撃を受ける可能性があるという認識が広がる可能性があります。台湾の人々に不安感が広がれば、内部崩壊につながりかねず、これが一番怖いことです。

海上交通における中国海警のハラスメント拡大

末次:今回の演習では、中国の海軍と海警の連携が確認されました。この点をどのように分析されますか。

王:3点申し上げたいと思います。まず、海軍と海警の共同作戦は、立案、計画するまでに「70日は必要」と台湾の安全保障関係者が述べたとの報道がありましたが、私はそんなにかからないと思っています。両者の関係は緊密化しています。

 2点目が、米国にトランプ新政権が誕生し、台湾有事への態度が曖昧になれば、海警は海上封鎖を行い、台湾の内部崩壊を待つという方法をとる可能性があること。

 そして3点目が、台湾有事の際、自衛隊が2025年3月に立ち上げた陸海空の共同輸送部隊「海上輸送群」を活用して物資を南西諸島に運ぼうとしても船の数が足りず、一部を民間企業に委ねる場合に中国海警に遭遇したらどう対処するのかという問題があると思います。

末次:中国海警は、民間商船への立ち入り検査や臨検などを行い、海上交通でのハラスメント(嫌がらせ)を広げていくことでしょう。

 日本側は緊張が高まる海域で民間商船を単独で航行させるようなことは恐らくないでしょうから、海上輸送群が輸送の主体となると思います。ご指摘の通り、船の数が不十分ですので、民間船舶を借り上げ、海上保安庁がこれを護衛する枠組みの整備などが今後の課題になるかもしれません。

2つに分かれる軍の汚職、信頼回復がカギに

末次:最後に、演習とは直接関係ないかもしれませんが、中国軍の汚職問題と習近平国家主席の軍へのガバナンスについてお聞きします。最近の解放軍報(中国人民解放軍の機関紙)を見ると、「最大の問題は腐敗だ」とされています。多くの軍高官が失脚したとの報道もあります。軍の内情をどのように見ていますか。

王:正直分かりません。汚職のたびに「誰々が失脚した」という報道をよく目にしますが、汚職の内容が一切書かれていない。

 私は昔、軍にいた経験から、汚職の定義は2つに分かれると思っています。お金を盗むといった本当の汚職と、上層部が掲げる目標やスローガンに合わせて数字を水増しして計上するという汚職です。後者は必ずしもお金を得ようとするというわけではありません。ただ、軍に長年いると誰でも弱みがありますし、権力闘争になれば何らかの理由をつけて失脚することもあります。

 今後の習主席と軍の関係がどうなるかも重要です。軍の上司が更迭されると、部下は心配になりますが、状況を静観するしかありません。いかにして軍の信頼を取り戻すかが今後の焦点になります。

末次:そうすると、現在、中央軍事委員会の7つのポスト(主席1人、副主席2人、委員4人)のうち空席が2つあることは、軍にとっては戦争をする準備ができていない面があるという見方もできるということですか。

王:そうですね。準備不足というと言い過ぎかもしれませんが、現状でやれることは限られるという側面が強いという認識です。

末次:中国の台湾周辺における活動の活発化および度重なる訓練をきちんと分析し、中国の意図や準備状況を知ることは極めて重要な作業です。一方で、中国軍の活動が常態化するにつれ、警戒感が低下することには注意が必要だと思います。訓練だと思っていたのが、軍事侵攻の準備であった例は枚挙にいとまがありません。ロシアのウクライナ侵攻もそうでした。

 今後とも中国の軍事的活動について、双方の見解をする合わせる作業は極めて重要と考えます。本日はありがとうございました。

写真:VCG/アフロ

台湾・国防安全研究院

台湾の安全保障に関する知識に基づいて政策分析と戦略的評価を行う超党派の独立非営利団体。2018年5月1日に正式に発足し、台湾・台北市に本部を置く。国際安全保障や国防、中国の政治・軍事問題、ハイブリッド戦争、認知戦、サイバーセキュリティなどの安全保障分野に関する問題について革新的なアイデアを形成し、建設的な議論をリードすることを目指している。

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