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2025.04.09 外交・安全保障

米国第一主義がもたらす分断の中で、中国は「漁夫の利」を得たいのか

富坂 聰

 米国は「価値」ではなく「価格」で関係を見直し始めた――。中国中央テレビ(CCTV)の蘇暁暉特約評論員は、第2次トランプ政権(トランプ2.0)で起きたアメリカ外交の変化を、こう喝破した。

 トランプ2.0で「民主主義は死んだ」「同盟・友好関係は崩壊した」といった解説が乱れ飛んでいるが、どれも隔靴搔痒だ。そうした中、ドナルド・トランプ大統領が戦争や同盟・友好関係にまで値札を貼って可視化している、との説明は腑に落ちる。

ウクライナの継戦能力を疑う米国

 最近の例で言えば、ロシア・ウクライナ戦争がある。ホワイトハウスに招かれたウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と、トランプ大統領、ジェームズ・デイヴィッド・ヴァンス副大統領が声を荒げて口論した「事件」が注目を集めた。この口論を通じて、トランプ大統領が「ロシア寄り」で「プーチンに好感を持っている」と説明されて、しっくりくるだろうか。習近平国家主席を「尊敬している」と言いながら、中国に関税戦争を仕掛けるのがトランプ流だ。どこかに計算は働いている。

 興味深いのは、ゼレンスキー大統領との口論の直後、ホワイトハウスがホームページに掲載した文書(2月28日)だ。そこにはトランプ政権の面々が、どのような情報に接し、ウクライナ戦争をどう判断したかが列記されている。例えば、「ウクライナ人の半数以上(52%)が戦争の早期終結を望み、同時に『和平と引き換えに領土の一部割譲を受け入れるべき』と考えている」との記述がある。ここからはウクライナに広がる厭戦気分が伝わる。「戒厳令が敷かれて以降(中略)徴兵されたウクライナ人の総数は約116万人に上り、平均年齢は43歳に達する」「(ウクライナ軍には)訓練不足の兵が多く、疲労困憊した兵の脱走」が相次いでいるとの指摘も衝撃的だ。

 つまり、トランプ大統領はウクライナの継戦能力を疑っているのだ。勝てる見込みが薄い戦争ならば、ウクライナを支援し続けることは「ムダ」でしかない。値札が付かなければ、棚から排除する。現実的で合理的な判断だ。前述の口論の翌日、米3大ネットワーク「ABC」のキャスターは、「世界における米国の地位がリセットされた」と否定的に報じたが、当のトランプ大統領には響いていない。それどころか、「プーチン大統領について否定的なことを言わず、和平を望み、交渉のカードがないと言え」とゼレンスキー大統領に追い打ちをかけた。

トランプをつなぎとめようと躍起になる欧州

 慌てた英国のキア・スターマー首相とフランスのエマニュエル・マクロン大統領がウクライナ支持で欧州をまとめようと動いたが、状況は好転していない。焦った欧州各国の首脳は中国を引き合いに出し、トランプ大統領をつなぎとめようと躍起になっている。イタリアのジョルジャ・メローニ首相の「西側諸国の分裂は、我々の文明の衰退を望む者たちを利する」(2月28日)という発言は象徴的だ。これ以前にも欧州連合(EU)のカヤ・カラス外交部長は、米欧間の関税戦争をけん制し、「もし米国が貿易戦争を始めたら、笑うのは中国だ」とのメッセージを発した。カナダのジャスティン・トルドー首相(当時)も、「2人(米国とカナダ)の友人が戦うことはまさに、世界中の敵が見たいこと」(3月4日)と会見で呼び掛けた。つまり、「世界中の敵」とはすなわち中露などが西側の仲間割れをほくそ笑んでいると言いたいわけだ。

 いずれもかつての冷戦構造のような手垢にまみれた陣営対立の論理で、日本も多用する手法だ。最近では日本製鉄によるUSスチール買収で黄色信号が灯った際、USスチール幹部は「中国が小躍りする」と発信。もし日本や欧州がいまだに陣営対立に戻れると考えているのなら、それこそ致命的だ。価値から価格へと転換したトランプ大統領が同盟・友好関係を冷淡に見ていることは誰の目にも明らかだ。

 米国とウクライナの関係修復のため訪米したスターマー首相は、トランプ大統領から逆に、「英国だけでロシアと戦えるのか」と突っ込まれ、カメラの前で苦笑するしかなかった。ミュンヘン安全保障会議に乗り込んだトランプ政権の閣僚たちはさらに辛辣だった。ヴァンス副大統領が「欧州に関して私が最も懸念する脅威はロシアではなく、中国でもない。その他のいかなる外的主体でもない」と突き放す。ピート・ヘグセス国防長官も「欧州の人々は『米国のプレゼンスが永遠に続く』と思い込むべきでない」と断じ、騒然とさせた。

 同盟・友好関係にしがみつこうとする欧州の希望をヴァンス副大統領とヘグセス国防長官が粉々に打ち砕いた。ウクライナ戦争で突然はしごを外された欧州は、一見すると被害者のようだが、トランプ大統領の目には「自分の役目を果たさない厄介者」としか映っていない。

 そもそもウクライナの継戦能力を疑問視する報道は欧州にもあふれていた。フランスのテレビF2の「20h」は2月6日、ウクライナ戦争を特集する番組内で、「ウクライナ軍は昨年、約4168平方キロメートルの領土を失った。これはパリの面積の40倍にあたる」と報じ、ドイツのメディアは兵士の脱走や徴兵の困難さを頻繁に伝えてきた。

 そんな状況にあっても戦争を続けようとする欧州とゼレンスキー大統領をトランプ大統領は理解できない。ゼレンスキー大統領を「独裁者」呼ばわりしたのも思い付きではない。前述のホワイトハウスが掲載した文書には、ゼレンスキー大統領の側近の1人がTIME誌のインタビュー(2023年)に答え、「われわれはこの戦争に勝てない。しかし、誰もゼレンスキー大統領にそれを伝えることができない」と嘆いたとの記載もある。

 トランプ大統領とゼレンスキー大統領の口論直後、米ABCのインタビューに応じたマルコ・ルビオ国務長官が、トランプ政権のやり方に疑問を呈したキャスターに対し、「では、(和平のために)どうしろというのか?」と逆に問い質したのは象徴的だ。トランプ大統領を欧州側に引き込みたければ、北大西洋条約機構(NATO)に代表される安全保障の「肩代わり」が、米国にも大きなメリットがあることを証明しなければならないのだ。

とにかく「ムダ」を排除したいトランプ政権

 世界の警察官という名誉あるポジションも超大国としてのプレゼンスも、「価格」がはっきりしなければ「値札」も付かない

 トランプ大統領が欧州各国の国防費の増額を求めたのも、「ロシアが脅威と言うのなら、自分たちで対処しろ」という宣言にも聞こえる。そもそもトランプ大統領は、「(米国に安全保障で依存する)欧州先進国の国民が総じて米国人より上等な生活をしていることに、トランプ支持者たちは疑問を持ってきた」(中国の米国政治専門家・金燦栄人民大学国際関係学院教授)のだ。

 トランプ政権の動きが共有しているのは「ムダ」の排除であり、なかでも海外に向けられた曖昧な金の流れを洗い出すことに力を注いでいる。実業家で大富豪のイーロン・マスク氏が陣頭指揮を執る政府効率化部門が国際開発局(USAID)を槍玉に挙げているのも同じ文脈で理解できる。

中国「漁夫の利」論は正確な発想か?

 「ムダ」の排除という意味で言えば、実はある意味で習主席の発想とも重なる。アメリカ・ファーストの神髄は「国内優先」であり、国内で優先するのは「経済」だからだ。習主席が首脳外交の場で「安定的な関係の構築」を繰り返し強調することは、外での煩わしい問題を嫌い、全エネルギーを中国の経済発展のために注ぎ込みたいからだ。

 トランプ大統領がムダを嫌い、「世界の警察官」の地位に興味を示さなくなれば、「中国が漁夫の利を得る」との発想が日本や欧米で盛んだが、果たしてそうだろうか。シカゴ世界問題評議会のシニア・フェロー(ノンレジデンス)のポール・ヒア氏は、米誌『ナショナル・インタレスト』で、それとはまったく違う見方を示している。「北京は、多極化する世界において中国の富、パワー、影響力を最大化することに重点を置いている。中国の指導者たちは、米国と「勝者総取り」の競争を始めるよりも、この方がより実行可能で現実的なアプローチだと考えている」という。まさに正鵠を射た指摘と言える。

 人類運命共同体を掲げて「一帯一路」構想を推し進める中国も、究極のところ14億人の民を豊かにすることを最優先に考えている国だ。彼らの目は日本や米国がある東ではなく、明らかに西へと向いている。西側先進国よりもグローバルサウスを重視していることは、王毅外相が「風は南から吹き、波は南から来ている」との発言(全人代後の会見)に集約されている。米中二大国が「覇権」という一つの椅子をめぐって争うではなく、それぞれ自国の発展を優先して動く世界は本当の意味での多極化の始まりなのかもしれない。

ブロック化の中で問われる日本の外交力

 米国、中国、EU、ロシア、インド、ASEAN、アフリカ――。それぞれがそれぞれの安全を確保し富の最大化を目指す世界が出現すると考えれば、心配なのは日本だ。トランプ大統領が値札の付かない日米安全保障体制をいつまで重視するのかは未知数だ。防衛費増額のプレッシャーはすでに投げかけられている。

 戦後の日本外交は、極論すれば米国に追従すればこと足りたが、今や陣営対立のぬるま湯が続くことは期待できない。そうであるとするならば、乱立する大きな「極」とどうつながりを持つべきか。目下、最善の選択肢は日中韓の連携しかない。だが、そこに積極的に踏み出そうとする中国に対して、日本の感度はなぜか鈍く、大きく踏み出すことができていない。世界がブロック化していく中、日本が外交で新たな新機軸を打ち出すことができるか。その外交力が問われる。

写真:AP/アフロ

地経学の視点

 西側、東側という考え方はもはや古い発想なのかもしれない。冷戦が終結し30年以上を経た今も、「旧社会主義圏」「自由主義圏」「第三世界」という枠組み的発想から世界が抜け出せていない現実があった。トランプ氏の登場は、こうした世界観を大きく覆す潮目となっている。

 「米中対立」もまたしかりとも言える。米中という二項対立は確かに分かりやすい構図ではある。ただ、世界は今や「米国に付くか? 中国に付くか? 」という単純なものではなくなってきている。トランプ関税の影響は米国の同盟国にも容赦なく押し寄せている。ある意味、世界は自立を促されている。筆者が指摘するように、ただでさえ国内経済が上向かない中国も覇権奪取どころではないのかもしれない。

 戦後日本のスタートは、安全保障面を米国に大きく依存することで、経済に集中することにあった。戦後80年を迎える今年(2025年)、トランプ氏の再登板でこの構造は風前の灯火になりつつある。考え方によっては、米国一辺倒だった外交姿勢を大きく変えられる好機とも言える。世界のブロック化を日本はどう乗り切るか。古いフレームにとらわれない、今を見つめる「目」が求められている。(編集部)

富坂 聰

拓殖大学海外事情研究所教授
1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系中退後「週刊ポスト」、「週刊文春」記者を経て独立。2014年から現職。1994年「龍の伝人たち」で第一回小学館国際ノンフィクション賞優秀作受賞。著書に、『中国という大難』(新潮社)、『中国地下経済』(文春新書)、「反中亡国論」(ビジネス社)などがある。

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