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2024.12.02 外交・安全保障

トランプ政権のクセが強い人事、垣間見える「本気」と「布石」

横江 公美

 米国の大統領選挙で圧勝したドナルド・トランプ前大統領は、自らが掲げた政策を実行するため、トランプ氏と関係が深いクセの強い人物を次期政権の要職に次々と任命。米国第一主義の徹底を狙う本気度は計り知れない。安全保障や関税政策などを巡り、中国のような敵対国だけでなく、日本を含む同盟国も戦々恐々だ。本稿では選挙結果を踏まえてトランプ政権の本質に迫る。

 第45代米国大統領のトランプ氏は、第47代大統領としてカムバックに成功し、不屈の精神を見せつけている。この4年間、同氏とその仲間が、今回の大統領選挙と来たる政権に向けて用意してきたことは間違いない。

 「経済」と「飽き」が大統領選の勝敗を決する2大要因と言われる二大政党制にあって、落選後に当選を果たすことは奇跡であると言って良い。大統領候補として2000年に一般投票数(米国の全投票数)で勝利したにもかかわらず州取り合戦で敗退した当時のアル・ゴア副大統領も、2016年にトランプ氏に敗れたヒラリー・クリントン元国務長官も再び立候補することはなかった。

 しかも、トランプ氏の熱狂的な支持者は2021年1月に米議会襲撃事件を起こし、かつ、トランプ氏自身も犯罪者として起訴される身だった。この逆境を乗り越え、再選を果たした同氏の執念はすさまじいと言えよう。

 トランプ氏はこの選挙に勝利することだけを目的としていたのではなく、今後4年の政権に加えて、次の大統領選でも影響力を残して共和党を勝たせる戦略まで練っていることは自明であろう。なぜなら、4年後に民主党になれば、これまでの4年間のようにトランプ氏は犯罪者になる可能性が否めないからだ。この4年と次期8年の後継者も見据えた政権運営がなされることを前提として、トランプ政権の今後を予測することが必要であろう。

真の敵はハリスでなく「選挙マシン」

 まずは、トランプ氏の勝因を整理する。同氏は、大統領選の対立候補だったカマラ・ハリス副大統領ではなく、民主党の「選挙マシン」であるバラク・オバマ元大統領が真の敵であると語ってきた。当時の現地報道には、トランプ氏の年齢故に間違った発言であるとの指摘もあったが、本音だったのである。

 というのも、オバマ氏がトランプ大統領を生んだと言われているからだ。オバマ氏が多様化する米国に対して、「Make America Great Again(古き良き時代に戻ろう)」と訴えたのである。この背景にあるのが、世代論だ。2008年の大統領選でオバマ陣営は、世代論を使って当選を決めたことは、モーリー・ウィノグラッド氏とマイケル・D・ハイス氏の共著「MILLENNIAL MAKEOVER」に書かれている。

 この本は、米国でオバマ氏が大統領選で当選を決める前の同年8月に出版され、この後に共和党系も世代論を研究するようになった。筆者が2011~2014年に在職したヘリテージ財団でも世代論の研究者が招へいされ、招待者のみの勉強会が開催されていた。オバマ氏とトランプ氏の関係は、経済学でいうジョン・メイナード・ケインズとフリードリヒ・ハイエクの2人の関係に似ているかもしれない。

 ちなみに民主党はケインズ経済学、共和党はハイエクの経済学をそれぞれ支持している。ケインズがいなければハイエクはいなかったとの論争もあるが、大きな流れができるとその反対意見も出て、セットが出来上がるものなのだ。

 2016年の大統領選でトランプ氏は、民主党を支持してきたものの多様化で置き去りにされた白人労働者層を共和党支持にひっくり返した。2020年の大統領選では、その流れを読んだ民主党は労働組合からの支持が厚いジョー・バイデン氏を擁立し、その上で新しい支持者を掘り起こすために郵便投票に力を入れた。

 2020年8月の民主党全国大会でミシェル・オバマ元大統領夫人は郵便投票の利用拡大を選挙戦略にすることを宣言し、翌日の演説でオバマ氏がその必要性を後押しした。議会への投票行動の報告書によると、投票所での期日前投票と当日投票はそれぞれ30%程度であったが、郵便投票は40%を超え、戦後最高を記録。全体の投票率も70%に達した。郵便投票が投票率を押し上げたと言って良いだろう。

 それまでは、郵便投票は当日投票の投票傾向とほぼ類似していたが、この時は約60%が民主党に投票していた。突如増えた郵便投票は混乱をもたらし、投票日に結果が出ない事態となった。大統領選で当日、結果が出なかった州では全てバイデン氏が勝利した。

 2022年の中間選挙も、当日の結果が出なかった上院議員と州知事の選挙はほぼ民主党が勝利した。オバマ夫妻が主導する形で、民主党は、誰が立候補しても後押しできる選挙マシンを構築したのである。このマシンの存在は、バイデン大統領が最後まで選挙から降りたがらなかった理由とも言えるのではないか。また、民主党の中に、予備選を戦わず、副大統領として不人気だったとしてもハリス氏は勝てるというおごりがあったのかもしれない。

 しかし、2024年の大統領選で、共和党はこうした民主党の選挙戦略を研究していた。トランプ氏は6月に郵便投票を含めた期日前投票を奨励することに方向転換した。それまでは、不正が起きるとして郵便投票に反対していたが、それでは勝てないと判断。同時に、共和党は郵便投票の制度の漏れを訴え続けた。「米国市民以外が登録できている郵便投票のサインや日付が間違っている投票もカウントされるのはおかしい」と。その結果、郵便投票は2000万票近く減り、トランプ氏が勝利した。

 この陰の立役者が、トランプ氏の次男の妻であるララ・トランプ氏と実業家のイーロン・マスク氏だ。ララ氏は共和党代表として投票についての訴えを起こし続けた。マスク氏は、トランプ氏に選挙資金を提供しただけではない。トランプ氏の選挙運動の支援団体を設立すると同時に、投票を手助けする保守系団体を支えた。とりわけ、今回の大統領選の勝敗を左右したペンシルバニア州の選挙登録と期日前投票には全力を注いでいた。

 マスク氏は、すでにファースト・レディをもじって「ファースト・バディ」と言われる地位を手に入れた。ララ氏には、国務長官に任命されたマルコ・ルビオ上院議員に代わって、フロリダ州選出の上院議員に推す声が上がっている。ララ氏が上院議員に指名されれば、上院トップの「院内総務」以上の力を持つことになりかねず、目が離せない人物だ。

新政権の優先事項は「移民・経済・戦争停止」

 第二次トランプ政権は、新生共和党の時代への足固めをすることになる。トランプ氏は、この選挙を通して共和党をミレニアル時代に合わせて変容させることに成功した。世代論で見ると、1960年代から2008年までは共和党が優位となる団塊の時代であり、2008年以降は多様性がカギとなってオバマ氏をシンボルとする時代と見なされてきた。この流れを読み切ったトランプ氏は2025年から新生共和党の時代にしようともくろんでいる。

 それは、トランプ氏の政策から明らかだ。選挙演説の第一声は「4年前と今とどちらが住みやすいか」だった。経済と移民問題、そして世界で起きる戦争が4年前と異なっている。バイデン・ハリス時代は国境が開放されたために移民が増えた。コロナ禍に伴う巨額の財政出動とウクライナ戦争で同国を支援したことで、物価は上がり続けている。トランプは多様化を争点とせず、「普通の米国人」を取り込むことに決め、それが勝利に結びついた。

 米国の人口に占める白人の割合が60%を切っている。一方、ヒスパニックは20%弱だが、18歳未満に限ると30%を超える。トランプ氏率いる共和党は、郵便投票に加えて、投票基盤も拡大した。従来、共和党は白人男性の支持のみが優位にあり、勝利するには白人女性を取り込む必要があった。今回はその白人女性の支持で優位となっただけでなく、ヒスパニック男性と黒人男性の支持も広げたのである。

 移民、経済、戦争停止が、第二次トランプ政権で優先的に取り組む3本柱になる。本気であることは、今までの高官指名(11月20日現在)からも明らかだ。実は、この3本柱の全てに関係するのが中国だ。中国の南米やアフリカへの経済援助は、現地の人を雇用せずに中国から労働者を連れて来るので、失業率対策にならないどころか悪化させていると言われている。そのため、共和党には移民増加の要因の一つが中国にあるとの見方があるほどだ。

 経済については言うまでもないが、米国が作ってきた自由市場にただ乗りしているのが中国だ。米国はウクライナや中東で起きている2つの紛争の背後にも中国がいると見なしている。ロシアはもはや先端技術も経済も弱い。それを補完するのが中国である。イランについてもしかり。イランの軍事力をカバーするのも中国とみなされている。これに北朝鮮も加わる。トランプ政権は、ロシア、イラン、中国、北朝鮮の反西側勢力を敵グループと明確に定義すると思われる。次期政権の安全保障を担当する国務長官のルビオ氏と大統領補佐官のマイク・ウォルツ氏は中国強硬派だ。同時に知日派でもある。安全保障で中国を敵視すればするほど、日本の位置づけは重要になる。

 ただし、日本への関税政策が緩和されることはない。中国ほど極端ではないにしても関税については同盟国であろうとなかろうと関係ない。これは1980年代の日米関係を思い起こせば分かるだろう。当時のロナルド・レーガン大統領と中曽根康弘首相は「ロン・ヤス関係」と言われるほど親密だったが、貿易交渉について米国は日本に対して容赦はなかった。日本は農作物、肉などを米国から買えるだけ買って対応した。今回、トランプ氏が共和党大会で高関税戦略を演説した実業家のハワード・ラトニック氏を商務長官に任命したことで、改めて米国の本気が伝わってくる。

 日本は、米国からガス、石油を輸入することになると思われる。すでに米国は、ロシアとのパイプラインを断ち切ったドイツにガス輸出を開始している。アラスカ州では官民挙げて日本への輸出に前向きだ。日本はオバマ政権下で輸入を目指したが、その後、ロシアのパイプラインに方向転換した。アラスカ州は知事も上院議員も共和党であるため、トランプ政権になると日本への輸出は推し進められる可能性が高い。バイデン政権でストップした「キーストーン・パイプライン」もトランプ次期政権では再始動するとみられる。

次期大統領候補はバンス以外に2人いる

 後継者問題は経営者だけでなく、大統領にとっても難しい問題のようだ。4年後も生き残る必要があるトランプ氏は、サクセッション・プラン(後継者育成計画)を考えているように思われる。注目は、J・D・バンス副大統領だ。どちらかというと、嫌われ者議員であったバンス氏を副大統領に指名したときは、驚きの声が広がった。だが、副大統領のテレビ討論会でバンス氏はその能力を余すところなく発揮し、2028年大統領候補のトップランナーに躍り出た。

 選挙中、バンス氏は淡々と遊説活動をこなすだけでなく、遊説終了後、メディアからの質問を受け付けていた。演説でも全くテレプロンプター(原稿などを表示するモニター)を使わずに論理的に話し、その場で全ての質問に応じる姿は、知的能力の高さを見せつけていた。さらに、インド系米国人の弁護士の妻と3人の子どもの仲むつまじい姿は理想の家庭として受け止められた。

 とはいえ、トランプ氏は後継者をバンス氏と決めているわけではない。ライバルが2人いる。国務長官に任命されたルビオ氏と、内務長官に指名されたノースダコタ州知事のダグ・バーガム氏だ。両者とも2016年と2020年の大統領選で予備選を戦ったが早々に撤退し、トランプ支持を表明した。第二次トランプ政権はメディアが報じるような単なる米国第一主義ではなく、共和党政権の維持を見据えた政策や戦略を考え抜き、本気で取り組むことを念頭に置く必要がある。

写真:ロイター/アフロ

地経学の視点

 第二次トランプ政権の要職人事が物議を醸している。司法長官に指名されたマット・ゲイツ前下院議員は、過去に児童性的人身売買の疑いで捜査されたことが共和党内からも反発を招き、本人が指名を辞退。国防長官に任命されたピート・ヘグセス氏は保守系テレビ局の司会者で扇動的な発言で知られる。また、駐イスラエル大使に起用されるマイク・ハッカビー元アーカンソー州知事は、かつて「本当はパレスチナ人などいない」と言い放った人物だ。

 トランプ氏に忠誠を誓うクセの強い人たちが米国政治の中枢を占めることに、不信感を抱く米国民は少なくないはずだ。また、米国のより強力な保護主義政策によって、外交・安全保障や経済などの国際的な協調関係に亀裂が生じかねないとの見方も広がる。

 こうした中、筆者はトランプ氏が今回の人事で自らの公約を実現させるための本気や覚悟を示し、政策や戦略が非常によく練り上げられていると評価する。いずれにせよ、トランプ人事と米国第一主義を前に、これまで親密関係にあった日本や欧州などの国々は翻弄されるのか、しっかりと向き合えるのか。米国との新たな関係づくりが急務となる。(編集部)

横江 公美

東洋大学国際学部グローバルイノベーション学科教授
松下政経塾15期生、VOTE Japan取締役社長、米国保守系ヘリテージ財団のアジア人初上級研究員を経て現職。「第五の権力アメリカのシンクタンク」「日本にオバマは生まれるか」「隠れトランプのアメリカ」など著書多数。米国解説およびコメンテーターとしてメディアに幅広く出演。