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2024.12.06 外交・安全保障

トランプの性格と言動から読みとれる台湾有事の落とし穴

布施 哲

 米国では2025年1月20日、ドナルド・トランプ氏の2期目の政権が発足する。1期目と違って自身に忠誠を誓う分身のような人物ばかりを側近とし、思うままに政策を実行するだろう。外交・軍事や通商を巡って、敵対する中国だけではなく日本のような同盟国にも強硬な姿勢で臨むとみられるトランプ氏だが、実はリスク回避的な面もある。本稿では、第二次トランプ政権を分析・評価するとともに、トランプ氏の性格や言動から米中対立、台湾有事の行方を読み解く。

 「あの報道は事実だ。われわれはホワイトハウスから在韓米軍撤退の計画の立案を実際に命じられていた」

 2022年夏、米国防総省からほど近いバージニア州アーリントンのレストラン。前職で4年間のワシントン駐在を終えて帰国を控える筆者に、テーブルで向き合った同省幹部は「餞別(せんべつ)代わりに教えてやろう」と慣れない手つきで箸で寿司をつまみながら、当時のトランプ大統領が本気で在韓米軍を撤退させるつもりだった内幕を語ってくれた。

 韓国嫌いで知られるトランプ氏が在韓米軍撤退を口にしていたことは報道で知らされていたが、安全保障や同盟管理の常識としてあり得ない、というのがプロの受け止めだった。しかし、「とんでもないことだが、あの大統領は本当にやるつもりだった」(同幹部)と言う。

 4年ぶりに大統領に返り咲くトランプ氏。通常、政権発足時には閣僚の人物評価がなされ、政策の方向性が検討されるものだが、新政権の閣僚たちはいわばトランプ氏の分身であり、裁量や自主性が発揮されることがほぼ期待できないため、人物分析の必要性は乏しい。

 荒唐無稽なことをしようとした1期目のトランプ大統領を制し、「大人」と呼ばれたジェームズ・マティス国防長官やダン・コーツ国家情報長官、ハーバート・マクマスター大統領補佐官といったプロたちはもういない。しかも2期目となるトランプ氏に再選はなく、世論を気にせずに政策遂行ができる。熱烈なトランプ支持で自身の考えと共通する考えを持つ人物が並んだ閣僚指名には「自分がやりたいようにやる」「公約したことは実行する」というトランプ氏の明確な意思が読み取れる。

日本に「猛獣使い」はもういない

 イエスマンで固めた第二次トランプ政権の運営方針はどうなっていくのか。まず、対中国の政策では追加関税の適用や先端技術のデカップリング(分断)など、強硬路線が基本となりそうだ。安価な中国製品で米国の製造業が衰退し、自分たちも没落したという思いを持つ熱烈な支持者たちによって再び政権を奪取できたトランプ氏だけに、中国との貿易戦争をいとわないだろう。このことはむしろトランプ支持者にとって正義であり、「関税が価格転嫁されてさらにインフレになる」といった経済合理性に基づく冷静な判断ができる余地は少ないだろう。

 一方、安全保障では「力による平和」がトランプ氏の口癖だ。軍事力への投資、特に弱体化した国防生産基盤の立て直しを訴えてきただけに国防予算は増額されるだろう。一見、トランプ政権の対中強硬路線は抑止という観点から日本にとって悪くない展開だといえるが、同氏の性格から、日本により一層の防衛負担と軍事的な役割・責任を求めることは避けられないだろう。「金持ちの国が安全保障で米国にタダ乗りしている」と疑心暗鬼ともいえる固定観念を持っており、日本のほかNATO(北大西洋条約機構)や韓国、台湾などに矛先が向けられてきた。

 「日本は取り組みが足りない」と疑念が生じれば、日本側はたちまち防戦に追い込まれるだろう。トランプ第一次政権時のように在日米軍駐留経費の負担増や米国製兵器、農産物の大量購入を迫られる可能性がある。そのリカバーには政治的コストを消耗し、米国との安全保障上のアジェンダを議論する余裕もなくなりかねない。

 安倍晋三元総理はかつて、米国における日本企業の投資額の大きさを州別にパネルで示しながら巧みにトランプ氏の「発作」を管理する“猛獣使い”ぶりを発揮したが、石破茂総理にそれができるだろうか。日本としては守勢に回ると負けだと思って、経済に加えて安全保障の面でも責任と役割を果たし、日米同盟が米国にもメリットをもたらすと積極的にアピールすることが当面の安全保障政策の重要課題になるだろう。

 日本にとって「トランプ2.0」の最大のリスクは追加関税でもEV輸入規制でもなく、台湾有事への対応だ。追加関税はせいぜい企業の業績を悪化させて日本の産業競争力をそぐリスクだが、台湾有事は究極的には核兵器の使用すら危ぶまれる紛争に発展しかねない。

 核使用まで至らずとも、ひとたび台湾有事が起きれば、米中のはざまで日本の戦略的環境は苛烈になる。国家の根幹や存立を揺るがす巨大リスクであり、とにかく現状を維持する時間稼ぎのために抑止力を働かせるしかない。日本にとって、トランプ氏が謳う「力による平和」と対中強硬路線はその現状維持の達成には好ましいものの、トランプ氏の性格や言動を見ると油断はできないリスクもある。

利得優先で法規制も「ちゃぶ台返し」

 トランプ氏の性格上、危惧されるのは、不動産ビジネスで培った経済的損得という物差しで国際関係を見ていることだ。そこには経済的利益だけでは測れない、長年積み上げられてきた戦略的利益、地政学的意義、自由や民主主義の擁護、人権・人道上の配慮といった戦略論は存在しない。看板の対中強硬路線も、いつ損得勘定によってひっくり返るか分からない不安定さをはらんでいる。

 前例を挙げよう。国家安全保障上の理由から米国市場から締め出される制裁を受けた中国の通信機器メーカーZTEを巡る2018年の発言だ。トランプ氏は「習近平国家主席への個人的な厚意」として制裁を一部解除することを示唆したが、これは米中通商協議で中国側から譲歩を引き出すためとされている。

 そもそもZTEの通信機器は中国側に情報が漏洩(ろうえい)するリスクを踏まえた国家安全保障上の脅威が制裁の理由であり、通商協議での譲歩や制裁金の支払いによって解決したり、妥協できたりする性質の問題ではない。安全保障上の国益論や中国の台頭を抑え込むための戦略的思考があれば、何かと引き換えに制裁を解除するという発想は生まれないはずだ。国家安全保障もまた損得勘定で取引材料になり得るのがトランプ流を象徴している。

 もう一つの例が中国発の動画共有アプリTikTokへの規制を巡るトランプ氏の「豹変」だ。米政府はTikTokが情報漏洩や影響工作に使われるリスクを問題視しており、一部の強硬派は米国市場からの排除を求めている。現在、米議会、情報機関や政府機関などの公用端末でのTikTok使用は禁止されているほか、ジョー・バイデン政権と議会が中国の親会社に対して米国事業の売却を命じる法律を成立させている。

 TikTokに関する安全保障上の懸念はもともと第一次トランプ政権が提起し、バイデン政権に引き継がれたものだが、今やトランプ氏はTikTok規制の法律廃止を主張している。中国を巡る安保上の問題でまたしても「ちゃぶ台返し」だ。

 その背景として指摘されているのが、共和党への大口献金者ジェフ・ヤス氏の存在だ(報道によると2024年度に4600万ドル献金)。同氏はTikTokの親会社、中国のバイトダンス社の株式7%、総額210億ドル分を保有するとされる。

 戦略的思考や国益論ではなく、損得勘定で米国の対外関与の在り方を決定するトランプ氏の傾向を鋭く見抜いていたのが、同氏と長い時間を共に過ごした安倍元総理だ。船橋洋一氏の著書『宿命の子』(文藝春秋)の中で、安倍氏は台湾問題におけるトランプ氏の評価を次のように述べている。いわく、「トランプは安全保障観をもって台湾防衛は考えていない。価値観的なものも彼にはない。対中貿易交渉に使う1つのツールぐらいにしか考えていない」と。

 まさに、船橋氏が指摘するように台湾問題は「トランプの機会主義的ゲームに弄ばれるには重要過ぎるし、戦略的問題であり過ぎる」が、トランプ氏が台湾を取引材料として扱おうとした時にそれをいさめる専門家やプロはいないのである。

リスク回避へミサイル攻撃直前に中止も

 損得勘定に基づく機会主義的傾向のほかに、トランプ氏の性格でもう一つ懸念されるのがリスク回避型の性格だ。意外に思われるかもしれないが、トランプ氏は貿易戦争では戦っても、本物の戦争はしない。好戦的な言動は、不動産取引で磨かれた交渉術であり、経済的利得の獲得を巡るゲームでは徹底して強気だが、人命の犠牲を覚悟しなければならない軍事力の行使ではリスクを取るよりも、回避する行動をとってきた。

 その典型例が2019年6月のイラン爆撃の「ドタキャン」だろう。イランによる米国ドローン撃墜に対する報復措置として、イラン国内にあるレーダー施設やミサイル施設など5カ所へのミサイル攻撃を計画していたが、トランプ氏は実行10分前に取りやめている。すでに攻撃機は離陸し、海軍艦船も配置に就いていたが、直前にイラン側の犠牲者が最大150人程度になるとの予測を軍から聞かされ、その場で攻撃中止を決断したと伝えられている。

 2017年4月にはシリアのバッシャール・アル・アサド政権軍が化学兵器を使用したことに対する対抗措置として、同政権が支配する航空基地にトマホーク巡航ミサイルを59発撃ち込んでいる。強硬な対応に見えるが、実は繊細なリスク軽減措置がとられている。シリア国内で活動するロシア軍に被害が出ないよう、ロシア軍に攻撃を事前に通知していたのだ。当然、空爆の計画と目標はロシア軍経由でアサド政権軍にも事前に知らされ、兵員が退避したことで空爆による軍要員の被害は最小限にとどめられた。

 実際、攻撃後にシリアの国営通信社はミサイル攻撃で市民9人が犠牲になったと伝えているが、軍の犠牲者が出たことは報じていない。民間人には不幸にも犠牲者が出てしまったが、事前に人的被害を回避できるよう事前通知をしたという点で極めて抑制的な武力行使であり、徹底したリスク回避型のアプローチといえる。

台湾統一に向けた習主席の気迫と覚悟

 すでに第一次政権でトランプ氏と対峙した中国は、彼の性格や手法を徹底的に分析していることだろう。不確実性は消えないが、対処できない相手でもない。同氏が武力行使に関してリスク回避的なこと自体は好ましいが、時と場合、そして相手によってはそれが裏目に働く可能性があるから難しい。信念や安全保障上の国益ではなく、目先の損得勘定を重視する。武力行使をにおわせる過激な言動は実は単なる交渉戦術で、それを実行に移す意志は弱い。そのため、どんなに強硬発言や強気の交渉術を繰り出しても、ブラフや交渉テクニックに過ぎない、あるいは「経済的利得さえ与えれば戦争に介入することはない」と中国から見透かされてしまうリスクがある。

 そもそも台湾問題を巡って、習主席とトランプ氏とでは背負っている利益の大きさも、それに賭ける気迫も決定的に異なる。習主席にとって台湾統一は決して譲れない中核的利益であり、戦争も辞さない覚悟で臨むアジェンダだ。

 一方、米国産農産品の輸入増や米国内の雇用拡大といった経済的利得という物差しで物事を測るトランプ氏は本来、戦略的存在であるはずの台湾を米中貿易交渉の取引材料の一つとしか見ていないのではないか。

 「戦争になるリスクをとってまで台湾防衛に関与することはない」とトランプ氏を見透かし、米国の介入はないと判断して中国が冒険的行動に打って出る――。日本にとって、これが第二次トランプ政権の4年間における最悪のシナリオとなるだろう。

 これまで、バイデン政権では2027年以降を台湾有事リスクが最も顕在化する可能性が高い時期と位置づけ、日本、豪州、欧州も巻き込んで台湾有事への備えを強化してきた。2027年前後の時期は「デンジャーゾーン」などと呼ばれ、第二次トランプ政権の任期となる2025~2029年はちょうどそれに重なる。

 この危険で不安定な時期にトランプ大統領という「ワイルドカード」を迎えることに強い不安を感じるのは筆者だけではないと思うが、それを嘆いていても仕方がない。日本は自国の安全のために、やれることをやるしかない。少なくとも現時点では中国の内政、経済状況、軍の即応体制を見る限り、台湾への軍事侵攻が「ただちに」迫っている兆候は見られない。

 他方で、臨検(公海上での強制的な船舶検査)の予行練習のような軍事演習が行われ、金門島では台湾のパトロールエリアに中国艦船や漁船が入り込んでいる。台湾の施政権を徐々に削り取るような動きを見せるなど、中国側のグレーゾーンでのアプローチが活発に展開されているという意味においては、台湾有事はすでに始まっているという見方もできる。

 台湾海軍の司令官は台湾メディアに対して「中国の船が台湾全周を継続的に取り囲んでいる態勢を常態化させている。台湾側が先に手出しをした、という状況を作るために、こちらのミスを誘おうとしている」と訴えている。

 中国にとっては全面侵攻の能力はまだ不十分で、地形的制約も踏まえると簡単に実行に移せるものではない。台湾統一の意図はあっても武力統一の能力に欠けているため、「意図×能力=脅威(侵攻)」が成立していないのが現状だ。これをできるだけ長く維持し続けることが日本の国益となる。

トランプ政権を見透かす中国をけん制へ

 ただ、注意が必要なのは、中国がたとえ能力が不足していても状況が好転したと認識すれば、侵攻に踏み切る可能性があることだ。つまり、米国が介入してこない(状況が許している)と判断すれば、意図が働いて脅威(侵攻)が顕在化する、「状況×意図=脅威(侵攻)」が成り立つリスクがあるのだ。

 中国はトランプ政権に揺さぶりをかけるほか、米国がどこまで強い態度で出てくるかを試すような仕掛けもしてくるだろう。それだけに、日本は中国がトランプ政権の出方を見てチャンスと誤認して動き出すことがないよう、今まで以上に中国に対して「状況は許していないぞ」とシグナルを送り続けなければならない。日本の安全保障にとって長く苦しい4年間が始まろうとしている。

写真:AP/アフロ

地経学の視点

 ディール外交を得意とするトランプ氏にとって、戦争もその一つであり、やると見せかけて相手からよい条件を引き出すことが優先されるだろう。第二次トランプ政権には忠誠を誓う分身が揃い、武力行使に対する姿勢は弱まりかねない。その点を中国に見透かされてしまうと台湾侵攻に踏み切る可能性もあるという筆者の意見には耳を傾けるべきだ。

 一方で、トランプ氏の側近には対中強硬派が揃い、特にマイク・ウォルツ氏のように台湾防衛で米国の関与を明らかにしない「戦略的曖昧さ」の変更を唱え、米中関係の土台となってきた歴代米大統領の「一つの中国」政策の修正をもたらすような人物もいる。仮にこうした強引な手法を実行に移した場合にも中国の暴走を招き、台湾有事のリスクもはらむ。

 2024年7月開催のNATO(北大西洋条約機構)首脳会議で岸田文雄前総理は「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と表明した。こうした懸念がトランプ氏の大統領再選を引き金に現実化しないよう、日本は米国の足らざる部分を補い東アジア情勢の安定に貢献する必要がある。(編集部)

布施 哲

国際社会経済研究所(IISE)特別研究主幹
1974年東京生まれ。上智大学法学部卒業、テレビ朝日入社、政治部記者、ワシントン支局長、Zホールディングス経済安全保障部長を経て現職。信州大学特任教授、海上自衛隊幹部学校客員研究員を兼務。防衛大学校総合安全保障研究科卒業(国際安全保障学修士)。米軍事シンクタンクCSBA客員研究員(フルブライト奨学生)、ジョージタウン大学客員研究員として安全保障を研究。国際安全保障学会最優秀新人論文賞。単著に『日本企業にとっての経済安全保障』(PHP新書)、『先端技術と米中戦略競争』(秀和システム)、『米軍と人民解放軍』(講談社現代新書)。

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