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2024.12.16 経済金融

統制国家中国が抱えるジレンマ、追い打ちをかけるトランプ再選による制裁強化

柯 隆

 地球上で設置されている監視カメラの半分は中国にあると言われる。2020年からの3年間の新型コロナウイルス禍は、習近平政権にとってスマートフォンアプリを使った監視システムをテストする絶好の機会となった。今の中国は、作家のジョージ・オーウェル氏が描いた小説『1984』[1]の統制・監視社会そのものだ。

 中国における統制・監視社会は今に始まったことではない。毛沢東国家主席時代(1949~1976年)には、国民が相互に監視し合う人海戦術による監視システムが作り上げられた。習政権下の監視システムは「人海戦術+ハイテク」のハイブリッドシステムである。中国では1980年代半ばごろにID(身分証明書)が導入され、今ではIDを持っていなければ、高速鉄道も飛行機も利用できない。そのため、ほぼ全ての中国人(成人)はIDを持っている。ちなみにIDを申請する際は、警察署で顔認証用の写真を撮影される他、指紋も採られる。

 何よりも厳重に管理されているのがSNSの書き込みである。中国政府は必ずしも何がタブーなのかを明示していないが、その時どきに定められるレッドラインに触れると、その書き込みはすぐ削除されてしまう。違反の程度が深刻と認められれば、SNSのアカウントが凍結される。しかも、その理由が開示されることはない。

国家機密保護法と反スパイ法の改正

 習政権によるこうした統制・監視の動きは年々強化されている。今、最も力を入れているのが国家機密を守ることと、スパイ活動を撲滅することである。そのために国家機密保護法と反スパイ法を改正し、それぞれ2024年5月と2023年7月に施行した。もちろん、世界のどの国も自国の機密情報を保護しており、外国の情報機関によるスパイ行為は厳しく取り締まられる。問題は、中国の法体系において国家機密情報とスパイ行為が明確に定義されていないことである。法の執行の場面では、恣意的に対象者を逮捕・拘束することが多い。「一人の犯罪者を逮捕するのに、たとえ千人を誤認逮捕することがあってもためらわない」というのが共産党の基本的な考えである。

 今回の法改正では、国家機密情報とスパイ行為の定義を曖昧にすることで、弾力的な取り締まりができる余地を残した。背景にあるのは、共産党一党支配の政治体制が瓦解することへの恐れだろう。選挙というプロセスを経ることなく国家を統治する中国共産党にとって、その正統性は人民を幸せにすることにより証明されるが、習政権の2期目以降、中国経済は下り坂をたどっている。人々の不満が政府に向かわぬようにし、共産党一党支配の政治体制をより盤石なものにするためにも、国家に動揺を与えるスパイ活動を徹底的に取り締まらないといけないという習政権の強い意志がそこにはある。

止まらない景気減速

 中国政府による統制は、経済運営からも垣間見える。そもそも、なぜ習政権になってから中国の景気が失速しているのだろうか。習政権は経済運営に関して大きな方針転換を行った。具体的には、民営企業に対する締め付けと国有企業を優遇する政策の実施、政府による恣意的な経済活動への介入である。特筆すべきは、民営を含め、一定規模の企業に対しては社内に共産党支部を設立することが義務付けられていることだ。政府が経済活動に介入することで企業経営の自由が奪われている。

 追い打ちをかけるように、3年間のコロナ禍は中国経済の減速を決定付けた。中国政府は新型コロナの感染を封じ込めるために、強権的なロックダウン措置を講じた。しかも、不必要に人々を自宅や専用施設に隔離し、スーパーや飲食店などの経済活動まで止めた。中国国内のSNS上の情報によると、コロナ禍の3年間で400万社の中小零細企業が倒産したと言われる。

 2023年にようやくコロナ禍が収束。当初、中国経済はV字回復するとみられていたが、実際は低空飛行が続くL字型になり、しかも減速の一途をたどっている。中国経済が回復しにくい背景には、失業率上昇によって所得が減り貯蓄傾向が高まったことで消費性向(消費÷可処分所得)が大きく下がっていることがある。消費性向が下がったことにより、企業は設備投資に及び腰になっている。

 新規の設備投資を抑えることで需給が調整されればまだよいが、実は、中国企業の過剰設備問題はすでに深刻な政策課題になっている。中国政府は毎年3月に開かれる全国人民代表大会(全人代)で経済成長目標を発表するが、その目標は往々にして実力以上の数値になる。企業、とりわけ国有企業は政府の政策目標が達成できるように無理して設備投資をする。そのため景気減速の局面に入ると、すぐさま過剰設備の問題が浮上してくる。

 こうした場合、景気を浮揚させるためには、需要を喚起する政策を実施しなければならない。2024年9月に入り、習政権は景気刺激策を打ち出したが、打ち出した策の多くは供給側(生産者)への補助金だ。これでは消費を伸ばすことができず、経済回復にはつながらない。無理な数値設定に基づいた、本末転倒な経済政策が打たれている実情が浮かび上がる。

 実力以上の数値目標を設定するだけではなく、実力自体を正確に示していない疑念すらある。中国政府が発表している公式統計によると、中国の実質GDP伸び率は依然として5%前後で推移している。一方、若年層の失業率は直近では、17.1%に達している。実は、現在、公表されている若年層失業率には農村から都市部へ出稼ぎに来ている労働者の失業が含まれていない。従って、実際の失業率は公式統計よりもはるかに高いとみられている。いずれにせよ、中国の実質GDP伸び率が5%前後で推移していれば、一定の労働力不足が生じるので、若年層の失業率はここまで上昇しないはずである。中国政府にとって都合の良い数字が公表された可能性がある。

一帯一路も反腐敗キャンペーンも道半ば

 習政権が抱える苦悩は何も経済政策だけではない。政権発足と同時に取り組み始めた広域経済圏構想「一帯一路」も曲がり角だ。発展途上国で進められている港湾などのインフラ整備プロジェクトのほとんどは中国による投資である。中国経済が順調であれば問題はないが、中国経済が急減速している現状においては投資規模のダウンサイズを余儀なくされている。

 また、習主席が権力基盤を固めることができたのは、反腐敗キャンペーンを繰り広げ、政敵を相次いで倒したことにある。ただ、反腐敗キャンペーンで堕落した共産党幹部を追放することはできても、党幹部の汚職を未然に防ぐガバナンスシステムを構築することはできない。取り締まりを強化している半面、再発防止の観点が抜け落ちていると言わざるを得ない。

トランプ氏の再選、迫り来る2025年問題

 共産党政権の正統性を死守するために統制・監視の動きを強める中国政府。言論統制や治安維持に加え、正確な経済実態を計る上で重要な数字を操作する姿も見えてきた。苦悩する習政権に、2025年の第二次ドナルド・トランプ政権の発足という新たな外患が待ち受ける。選挙期間中のトランプ氏の発言を勘案すれば、中国に対する経済制裁がさらに強化される可能性が高い。

 習政権が発足して以降、「戦狼外交」[2]が展開された。その結果、G7(主要7カ国首脳会議)の構成国、特に米国と激しく対立するようになった。2018年、第一次トランプ政権は中国に対して制裁関税を課し、中国ハイテク企業を厳しく制裁した。その後、ジョー・バイデン政権もトランプ政権の対中政策を引き継ぎ、中国への制裁を続けた。それでもトランプ氏はバイデン政権の対中制裁が不十分だと批判していることから、2025年1月に発足する第二次トランプ政権は中国に対してさらに厳しく制裁すると考えられる。

 習政権はどのようにこの「2025年問題」に対処するのだろうか。今のところ、習政権が国内の経済改革について明確な方針転換をする兆しが見えない。トランプ氏に対して、関係改善のシグナルを送っているとみられるが、奏功するかは不透明だ。トランプ氏が中国を厳しく制裁すると、習主席としても再び応戦せざるを得ず、米中対立はますます深みにはまっていくことになる。

統制国家中国と付き合うために日本はどう動くべきか

 最後に、日本の対中戦略を考えたい。日本経済は中国経済とすでに一体化している面がある。日本企業にとって巨大な中国企業を手放す選択肢はないはずだ。日本企業がやるべきことはゼロチャイナではなく、ウィズチャイナである。差し当たって大切なことは、日本が米中対立に巻き込まれないための対策を講じることだ。最近、日本の大企業の動向を見ると、中国にある工場の一部を東南アジアなどへ分散している。リスク低減という観点からは、これは正しい対策といえる。

 一方、これまで見てきた通り、中国政府が発表する統計などの数字にはからくりが潜む。大事なのは、中国があらゆる面で統制国家であることを自覚することだ。政府の意を汲んだ過剰な設備投資の例で見た通り、国による直接的、間接的介入が企業活動に大きな影響を与えていることを忘れてはならない。各企業は、情報の収集と分析を強化し、その上で結果を共有していくことが重要である。トランプ氏の出方次第というところはあるが、どれぐらいの荒波が押し寄せるかを予測することは難しいが、とにかく備えは必要だ。

写真:アフロ

[1]1949年に刊行された、イギリスの作家ジョージ・オーウェル氏のSF小説。架空の全体主義国家で繰り広げられる情報統制や監視社会の姿が描かれる。
[2]21世紀に入り見られ始めた、中国による他国に対する威嚇を交えた強硬な外交手法。中国のアクション映画「戦狼 ウルフ・オブ・ウォー」からの造語とされる。

地経学の視点

 中国が統制国家であり、監視社会であることはよく知られたことだ。ただ、丁寧に見ていくと、必ずしも全てが奏功していない実態も浮かび上がる。膨大な人口、多様な民族を抱える中国を統治する上で、統制は合理的な施策ではあるものの、思うようにコントロールできないジレンマがある。

 そもそも、習主席の肝いりで始まった「一帯一路」構想や反腐敗キャンペーンが思うように進んでいないことも焦りに拍車をかけているように見える。高度経済成長期の勢いの中では乗り越えられたさまざまな問題も、経済の低迷とともに国民の厳しい目にさらされるようになり、政府としては向き合わざるを得なくなってきている。まさに受難の時代と言える。

 そんな隣国中国と付き合っていく上で大事なことは、こうした中国の実態を知ることにある。筆者が指摘するように、統計の数字一つをとっても見誤る危うさをはらむ。これまでと違う些細な動きが、シグナルとなるかもしれない。トランプ新大統領の就任も近い。一つ一つの動きを慎重に咀嚼(そしゃく)していく必要がある。(編集部)

柯 隆

東京財団政策研究所 主席研究員
63年中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年同大卒業。94年名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)後、長銀総合研究所国際調査部研究員、富士通総研経済研究所主席研究員などを経て18年から現職。著書に『「ネオ・チャイナリスク」研究』(慶應義塾大学出版会、21年)ほか多数。

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