2024年11月、気候変動対応に関する国際議論に影響を及ぼす2大イベントが行われた。1つは、アゼルバイジャンで開かれた国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)。もう1つは、米国の大統領選挙である。気候変動に懐疑的なドナルド・トランプ氏が次期大統領に選出され、2025年以降の米国は気候変動対応に消極的な姿勢に転換するとみられる。そこで本稿では、COP29の内容を振り返った上で、トランプ次期政権の発足が国際的な気候変動対応に及ぼす影響を確認し、日本政府に求められる対応策を検討する。
2024年11月11~24日にアゼルバイジャンのバクーでCOP29が開催された。COP29における主な成果として、次の2点が挙げられる。
第1に、途上国向けの資金支援に関する新たな目標設定。従来の目標は「先進国による途上国向け資金支援を年間1000億ドルまで増やす」ことだったが、COP29の交渉過程では、途上国が2030年までに年間1兆ドル超の公的資金による支援目標の設定を求めた。
一方、先進国は足元の支援額が年間1000億ドル規模であることを踏まえると(図表1)、「先進国の公的資金だけで1兆ドル超の支援を行うのは非現実的だ」と主張し、途上国と先進国の間で意見対立が激化した。最終的には、(1)2035年までに先進国が途上国に少なくとも年間3000億ドルを拠出する、(2)先進国以外の公的資金や民間資金も総動員して年間1.3兆ドル以上の途上国向け支援を行う――という目標が採択された。
【図表1】途上国の気候変動対応に向けた資金支援額

第2に、パリ協定6条の運用開始に向けたガイダンスや方法論の合意である。パリ協定とは気候変動対応に関する国際条約だ。同6条は、温室効果ガス(GHG)排出削減の成果を各国の間で移転する仕組みなどについて定めたものであり、その大枠のルールは2021年のCOP26で決定されていたが、実際に運用するための方法論などの合意は先送りされていた。
COP29では、GHGの排出削減量や除去量をクレジット(排出削減・除去効果を取引可能な形にしたもの)として各国の間で取引する際に必要となる政府の承認のほか、報告すべき項目やその様式、クレジットを記録する登録簿間の接続性といった運用に関する細目が決定され、クレジット活用に向けた制度整備が進んだ。
こうした成果が見られた一方、多くの問題点も残された。まず、地球温暖化の抑止に向けたGHG排出削減を指す「緩和(Mitigation)」の分野では、目立った進展がなかった。前回のCOP28では、「化石燃料からの脱却の加速」が言及され、2030年までに再生可能エネルギーの容量を3倍に増やすといった目標が掲げられていた。
また、先進国による途上国向けの資金支援目標についても、途上国の不満が残る結果となった。前述のように形の上では採択されたものの、その直後にインドなどが採択への反対を表明するなど、途上国から先進国への批判が相次いだほか、アルゼンチンの代表団が交渉途中で帰国するなど国際社会の足並みの乱れも浮き彫りになった。
パリ協定「再離脱」が招く悪影響
先進国の間ですら協調姿勢に陰りが見える。GHG排出削減の加速や途上国向け支援の強化が求められる中、2025年1月20日に発足するトランプ次期政権は気候変動対応に消極的な姿勢を示し、パリ協定からの再離脱、途上国向け資金拠出の撤回、国内規制・補助の縮小といった政策転換が想定される。
まず、トランプ氏は、1期目でも離脱したパリ協定から再び離脱する公算が大きい。前回はパリ協定のルールに、(1)発効(2016年11月)から3年間は離脱を通告できない、(2)離脱が効力を有するのは通告から1年後――という規定があるため、通告したのは2019年11月、実際に離脱したのは2020年11月であった。
その後、2020年11月の米大統領選でトランプ氏が敗北し、次のジョー・バイデン政権が2021年2月にパリ協定に復帰したため、離脱期間は数カ月にとどまった(図表2)。しかし、今回は(1)の制約がないため、2025年1月の就任直後に通告すれば、2026年1月には離脱が可能となり、離脱期間は短くても3年以上になるとみられる。
【図表2】トランプ政権によるパリ協定離脱のスケジュール

さらに、トランプ氏は、途上国の気候変動対応を支援する「緑の気候基金」への資金拠出を撤回する可能性も高い。緑の気候基金が2024~2027年に拠出する予定額の国別構成比を見ると、米国は最大の資金拠出国であり、その穴埋めは容易ではない。他の先進国の負担が重くなるだけでなく、途上国向け支援そのものが滞る恐れもある。
トランプ次期政権では、気候変動対応に消極的なクリス・ライト氏をエネルギー長官、リー・ゼルディン氏を環境保護局長官にそれぞれ指名し、バイデン政権が強化した環境規制が緩和される見通しだ。また、共和党多数議会と協力し、気候変動対応への大規模な財政支援を行うインフレ抑制法(IRA)が修正され、電気自動車(EV)の購入や再エネ発電・蓄電池の導入などに対する補助が縮小される可能性もある。
島しょ国を取り込む中国の思惑
こうした米国の気候変動対応を巡る政策転換は、国際的な気候変動対応に以下2点の影響を及ぼす可能性が高い。
第1に、脱炭素分野における中国の影響力が一段と増す可能性がある。COP29でも、中国はアゼルバイジャンに巨大な太陽光発電所を整備する計画を発表するなど、国際連携に積極的な姿勢をアピールしている。こうした動きは、中国のソフトパワー(軍事力などのハードパワーではなく、魅力などによって自国が望む結果を得る能力)を強化することにつながる。実際、第一次トランプ政権がパリ協定離脱を表明していた2019年には、中国がパリ協定を堅持していたことなどを理由に、ソロモン諸島やキリバスが中国と国交を樹立した(台湾とは断絶)。
米国の離脱を契機に、気候変動で海面上昇の悪影響を強く受ける島しょ国に対し、中国の影響力が一段と強まる可能性がある。また、中国は再エネや蓄電池といったクリーンエネルギー技術でも優位性があり(図表3)、外交だけでなく産業競争力の観点からも、脱炭素分野における主導権の確保を目指すと予想される。
【図表3】クリーンエネルギー技術の製造における中国シェア

(注)2023年の値。風力は陸上風力用ナセル(風力タービンの中核部分)
第2に、途上国で脱炭素に向けた機運が低下する恐れがある。COP29での資金支援目標を巡る交渉過程からも分かるように、途上国は脱炭素の取り組みを進める上で先進国からの支援を必要としているが、米国の消極姿勢が途上国の前向きな意識に水を差しかねない。
また、米国はこれまでの経済発展の過程で大量のGHGを排出してきたことに加え、足元でも世界第2位のGHG排出国であるため、米国の気候変動対応が後退することになれば途上国が一段と不満を強めることになるだろう。
気候変動対応で重要な「回復力」
こうした米国の政策動向などを踏まえ、今後、日本政府には情勢変化に応じた脱炭素戦略の機動的な見直しや途上国向け支援の強化が求められる。
まず、脱炭素戦略の機動的な見直しが重要だ。例えば、米国での環境規制の緩和やIRAに基づく補助金の縮小などによって蓄電池やEVの需要が下振れし、米国の蓄電池生産が伸び悩むことになれば、日本は中国産蓄電池に依存せざるを得なくなる。そのため、先を見越したサプライチェーンの再構築・強靭化に向けた施策が必要となる。
具体的には、補助金の拡充などによる国内製造基盤の強化や研究開発投資への支援拡大のほか、カナダや豪州といった、中国以外の上流資源を有する友好国との連携強化や、加豪などに進出する日系企業への支援拡大などが考えられる。
次に、途上国向け支援の強化も欠かせない。日本政府には、資金面だけでなく技術面や人材面も含めた多面的な支援の拡充が求められる。例えば、緑の気候基金をはじめとする途上国向け資金拠出の拡大、二国間クレジット制度(JCM)を活用した脱炭素技術の提供(図表4)、途上国における脱炭素戦略の策定・実施を担う人材育成の支援などが挙げられる。特に、JCMについては、COP29でクレジット活用に向けた国際的な制度整備が進んだことを好機として、今後さらに活用していくことが重要となる。
【図表4】二国間クレジット制度(JCM)の概要

(注)「緩和活動」とは、地球温暖化の抑制に向けたGHG排出削減の取り組みを指す
JCMを通じて、日本が途上国などのパートナー国向けに優れた脱炭素技術を提供したり、排出削減活動をサポートしたりできれば、日本の排出削減目標の達成にもつながる。また、拠出資金の拡大や人材育成などの支援強化によって途上国の脱炭素化を後押しすることは、気候変動外交における日本のソフトパワーの強化にも寄与するだろう。
米国の大統領選挙は4年に1度行われるため、今後も折に触れて政策スタンスが揺れ動く可能性が高い。日本には、米国に振り回されない強固な脱炭素推進に向けた仕組みづくりを諸外国と進めていくと同時に、柔軟な対応力を培うことで、世界の気候変動対応のレジリエンス向上に貢献することを期待したい。
写真:AP/アフロ
地経学の視点
「私たちの島々は海に沈みつつある。どうやって不十分な合意を持って帰れというのか」。COP29に出席した小島しょ国連合のセドリック・シュスター議長は不満をあらわにこう語り、他の数十カ国の代表とともに会議を途中退席した。気候変動対策資金を拠出する先進国と受け取る途上国の間の要求格差が著しかったことから、両者に亀裂が生じた。
途上国にとって、猛烈な熱波や暴風雨で国土消失や人命危機につながる気候変動は国家の存亡にかかわる重大なテーマだ。GHGを大量排出しながら経済成長の恩恵を受けてきた先進国が、そのツケを貧しく小規模な国々に支払わせることは決してならないという見方で途上国は一致する。
COP29では最終的に支援金を巡る合意はなされたが、途上国はその少なさに不満が残り、先進国は石油・ガス産業を後押しする米国のトランプ氏復権に頭を痛める。経済支援で途上国に影響力を及ぼす中国の動きにも警戒が必要だ。米中が気候変動問題を政治利用する中、日本や各国は地球規模の危機をどう乗り越えていくのか。約120カ国がGHG実質排出ゼロを政策目標とする「ネットゼロ」実現の2050年に向け、残された時間は少ない。(編集部)