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2024.12.25 経済金融

自称タリフマン・トランプ氏が唱える追加関税、企業は「本気度の選球眼」を磨け

和田 大樹

 ドナルド・トランプ政権の再発足が迫ってきた。米国大統領選挙は、事前の世論調査ではまれに見る接戦になるとの見方が強かった。結果は、得票率こそ僅差だったものの、票数や獲得した選挙人の数で共和党候補のトランプ氏が民主党候補のカラマ・ハリス氏を上回り、同時に行われた連邦議会選挙でも上院と下院で共和党が過半数を獲得して多数派となるなど、トランプ氏にとっては良いことづくしの選挙だったと言えよう。2026年には中間選挙があるので、連邦議会で多数派の状況を失わないよう自身の支持率にも気を配ると思われるが、側近を忠誠心の高い人物で固めており、1期目以上にトランプ色が強くなるとも指摘される。

 筆者は長年、海外展開する企業向けに地政学リスクの観点からコンサルティングを行ってきた。目下、クライアント企業の最大の懸念はトランプ次期政権の政策、特に関税政策の行方である。トランプ氏は選挙期間中、中国製品に対して60%、その他の国々からの輸入品に10〜20%、メキシコからの輸入車に200%以上の関税をそれぞれ課すと示唆していた。選挙後、同氏は大統領就任初日から中国製品に対して10%の追加関税、カナダとメキシコからの全輸入品に25%の関税を課す意向を表明している。

 執筆時点(2024年12月18日)で、トランプ氏は日本を直接標的とした関税引き上げは打ち出していないが、日米貿易における影響は小さくない。意向どおり実施されれば、新政権発足後、中国でモノを製造し、それを米国へ輸出している日本企業は10%の追加関税の壁に直面するからだ。同様に、トヨタや日産、ホンダなどメキシコで自動車を製造し、それを米国へ輸出している大手自動車メーカーも25%の追加関税の影響を受けることとなる。

 こうした「トランプ関税」に企業は対応を迫られる。例えば、ホンダはメキシコで生産した自動車の8割を米国へ輸出しているが、同社の青山真二副社長は2024年11月、仮に関税が恒久的なものになれば米国での生産を強化したり、関税対象外の国々からの輸出に切り替えたりしていく考えを示した。同月、大手空調メーカーであるダイキン工業の十河政則会長もメキシコ工場は主として米国向けだがアルゼンチンなど南米向けの生産拠点であることから、メキシコ生産ラインを南米向けにシフトさせていくことも1つの選択肢になる旨を述べている。

 筆者周辺でもさまざまな声が聞かれる。これまでにトランプ氏が発表した関税措置は「序章」に過ぎないとみて、米国内での生産強化、生産拠点の日本回帰、輸出先としての脱米国依存(第三国へのシフト)——など、本格的な着手には至っていないものの、あらゆる施策を検討しているようだ。

 企業のこういった動きや懸念に対し、筆者は、「当然ながらトランプ関税の影響を最も強く受ける可能性があるのは中国であり、『中国から米国へ輸出される製品は中国企業と外国企業とを問わず関税の対象となる』という前提でリスクを回避する意識が必要だ」と助言している。また、2023年に日本の対米貿易黒字が当時のレートで8.7兆円となり、トランプ氏が前回の大統領選で勝利した2016年に比べ1.9兆円ほど増えている。年によって多少前後するが、米国の貿易赤字国ランキングで日本は中国やメキシコの次くらいに位置しており、日本が追加関税の標的になる可能性も十分考えられる。

「ディールの道具」としての側面も

 もっとも、多くの企業は重要な点を認識していないように感じられる。それは、「トランプ関税に内在する二つの機能性」である。一つはこれまで述べてきたとおり、実際に発動される関税としてのトランプ関税である。企業が懸念しているのはこの点であり、それが予測困難で、企業活動に大きな影響を与える前提で回避策を検討している。

 だが、より企業が注視すべきは、トランプ関税の「もう一つの顔」である。それを理解するのは、トランプ氏が政権2期目で何をしようとしているのかを理解する必要がある。周知のように、トランプ氏は米国を再び偉大な国にする(Make America Great Again:MAGA)という目的を達成するため、アメリカ・ファーストに徹する。

 MAGAを外交・通商分野に当てはめれば、海外紛争に関して米国が負うコストは最小限に抑える一方、貿易相手国や同盟国など諸外国から最大限の譲歩や利益を引き出し、政治的かつ経済的、軍事的に米国の繁栄と平和・安全を維持、強化する。また、米国が世界で最も強い国家であることにも執着し、それを脅かす中国を強く意識し、安全保障や経済・貿易、先端技術などあらゆる分野において米国の対中優位性を確保することを重視する——ということになるだろう。

 それらを進めていく手段としてトランプ氏が武器とするのが関税である。トランプ氏は、「タリフマン(関税男)」と自称するように、第1次政権でも関税を武器として活用してきた。トランプ氏は2018年以降、蓄積する米国の対中貿易赤字を是正するため、中国からの輸入品の6割以上に相当する合計3700億ドル分の製品に対して最大25%の関税を課す制裁措置を次々に発動し、中国も報復関税で応戦したことから、米中の貿易戦争がエスカレートしていった。しかし、その狙いは中国側から譲歩や妥協を引き出すことであり、実際に中国は対米輸出を制限した。トランプ関税は決して中国経済を破壊する目的で導入されたわけではなく、一定の自制は働いていたと考えられる。

 トランプ氏は、2期目でも同様のスタンスを堅持するはずだ。政権の人事も徐々に明らかとなり、国務長官にはマルコ・ルビオ氏が、国家安全保障担当の大統領補佐官にはマイク・ウォルツ氏が起用され、両者とも中国への厳しい姿勢を示す。通商・製造業担当の大統領上級顧問にも対中強硬派のピーター・ナバロ氏が起用されるが、同氏は第1次政権で通商政策担当の大統領補佐官を務め、保護貿易路線を進める過程でロバート・ライトハイザー元通商代表と共に主要な役割を担った。トランプ氏は米国の経済や雇用を守る観点から、中国を中心として関税を武器にあらゆる措置を発動していくことが予想される。そして、相手国から最大限の譲歩や利益を引き出すため、関税をディールの手段としても用いるだろう。

 トランプ陣営は、同盟国に対しGDP比で3%以上の防衛費支出を求める意向を示しているが、NATO(北大西洋条約機構)や日本など多くはその水準に達していない。第2次トランプ政権が今後4年の米国外交を担う中、同盟国の防衛費がGDP比3%以上になるよう、高関税をちらつかせるなどし、同盟国から譲歩や妥協を引き出す戦略を優先する可能性も考えられよう。要は、脅しとしての関税は、政治や安全保障など非貿易の分野でトランプ氏が諸外国に抱く不満を払拭するための手段として実施されることになろう。言い換えれば、「脅し」としてのトランプ関税がそのまま発動される可能性は高いとは言えない。

トランプ関税の読み筋

 筆者がトランプ関税による影響を回避する策を提供できるわけではないが、トランプ関税が実際に発動されるのか、ディールのための脅しかを推測する上で、いくつかの視点を示したい。

 まず、第1次トランプ政権における対中制裁関税率である。当時、米中で関税の応酬となったが、トランプ氏が発動した最大の関税率は25%だった。中国からの輸入品に高関税を掛ければ、一部の国内企業は保護される半面、中国から原材料や部品などを輸入している国内企業は高関税によってコストが上昇し、競争力が低下する可能性がある。また、輸入品に高関税を掛ければ、国内製品の価格も高い水準で推移することになり、国民は高い価格を支払う必要に迫られ、米国内の購買力が低下する可能性がある。トランプ氏としても極端な高関税は実行に移しにくい。前例から「25%」を1つの基準と考えるべきだろう。

 それ故に、過度な数字ほど冷静になって考えるべきだろう。前述のように、トランプ氏は中国製品について60%、メキシコからの自動車に200%という数字を示唆したが、その後10%、25%となった。関税政策は米国にとってもプラス面とマイナス面があるので、高関税ほどトランプ氏にとっては賭けとなる。もっとも、脅しとしてのトランプ関税は、後に実際に発動される追加関税の「プロローグ」として機能することも考えられる。脅しだから本気で捉える必要はないと判断するのは危険だ。

 より肝要なのは、外交・通商問題を自社の問題として意識することだ。第1次トランプ政権は、日本の自動車・自動車部品に対する25%の追加関税を示唆したが、日本が米国産牛・豚肉などの関税引き下げを受け入れたことで見送った。ここで重要なのは、トランプ政権によるディール外交の本気度である。当時のトランプ氏は、農産物分野において、自ら離脱したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)のメンバー国と同等の関税優遇措置を得ることが最優先課題だった。トランプ氏が不満を繰り返す問題において関税をちらつかせる場合、その実現可能性を十分に見積もっておくべきだろう。

 例えば、トランプ氏は日本製鉄によるUSスチール買収を断固として阻止する姿勢に徹している(ジョー・バイデン現政権でも買収の是非が検討されている)が、仮にこれに絡めて日本に対して追加関税を示唆した場合、提示する関税率が低いほど実現可能性が高くなろう。つまり、自社が製鉄業とは関係なくとも、トランプ氏の不満のあおりで追加関税の影響を被りかねないということだ。企業は、トランプ氏が掲げる追加関税の数字を鵜呑みにするのではなく、その背後にある政治的狙いなどを認識し、その本気度を冷静に見極める「選球眼」が求められる。

写真:AP/アフロ

地経学の視点

 和田氏が指摘しているとおり、米国にとっても関税政策は諸刃の剣だ。ジェトロ(日本貿易振興機構)・アジア経済研究所のシミュレーションによると、「2025年、米国が中国に対して60%の関税を課し、その他のすべての国に対して10%の関税を課すケース」で、2027年には米国の実質GDPはマイナス1.9%となると試算された。他方、日本の実質GDPは、関税のダメージと代替先としての需要が打ち消し合ってほぼプラスマイナスゼロとなる。こうした点からも、「極端に高い球」は脅しの性質が強いとみられる。

 追加関税の効果が第1次トランプ政権時ほど高いとは限らない。中国・習近平政権にとってトランプ政権とは二度目の対峙であり、対立の中で教訓も得てきた。テック分野など重要産業のサプライチェーンの国産化を進めることで、「トランプリスク」への耐性も高めている。日米は自由や民主主義といった価値を共有し、経済的にも安全保障的も最も重要なパートナーだが、こうした中国のしたたかさから学ぶべきところもあるのではないか。(編集部)

和田 大樹

外交安全保障研究者 株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師(非常勤)などを兼務。

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