いざという時に食料が確保されていることは、個人にとっても国家にとっても重要である。例えば、第二次世界大戦の直前の日本において、石油や食料がどう調達できるかについて検討がなされた。その時に参考にしたのが第一次世界大戦時のドイツだった。イギリスによる海上封鎖で、大規模な食料不足が発生。飢餓により76万人もの死者を出すということがあった。この時は家畜のエサ用だったルタバカ(かぶら)を食べて飢えをしのいだ人がたくさんいたことから「カブラの冬」とも言われた。
当時の日本は食生活の中心は米だった。その米の生産はいわゆる本土だけで賄えていたのではなく、植民地であった朝鮮半島や台湾をはじめとする地域からもたらされたものにも多くを頼っていた。従って、輸送が途絶えたらどうなるのかなどの課題はあったはずだが、「食糧も大丈夫なり」という言葉で整理され、その後の困難な事態を引き起こすこととなった。
なお、食料と食糧と2つ用語が使われており、その意味するところについてはいろいろな考えがある。農林水産省では、穀物を中心とした食べ物のことを「食糧」、穀物を含むすべての食べ物のことを「食料」として使い分けている。かつて存在した「食糧庁」は、米・麦を中心とした穀物を担当する部署であった。
高まる食料安全保障への意識
「食料安全保障」ということが意識されたのは2008年の世界食料サミットが開かれたころからだ。この時は、世界の穀物価格が高騰し、各国で輸出規制が実施された。この結果、途上国においては飢餓が発生し、いざというときの食料確保の重要性が認識された。ローマで開かれた「世界食料サミット」にはわが国から福田康夫首相(当時)が出席し、世界で食料の安全保障の重要性について議論された。
また、2020年に発生した新型コロナウイルス感染症、2022年2月から続いているロシアによるウクライナ侵攻も世界の食料問題に大きな影響を与えている。新型コロナウイルス感染症においては港湾業務をはじめとする流通機能の混乱をもたらした。ロシアとウクライナの問題については、両国が小麦の大輸出国(ロシアは世界1位、ウクライナは世界5位)だということも大きく響いた。当時大きく報道されたように、ロシアやウクライナから小麦を輸入していた国々には直接の影響が及び、貧しい人々の飢餓状況が心配された。
ちなみに日本は小麦の輸入を米国、カナダ、オーストラリアに依存しており、量的な問題はそれほど起きなかったが価格高騰という形での影響を受けた。
日本における関連政策
日本において、食料・農業・農村基本法で、食料安全保障政策についての基本が記されており、政府の施策はこれに基づき実施されている。当然、時代に応じた見直しを常にしていかなければならないし、万全を尽くすための努力は進めていかなければならないことは言うまでもない。法律には、食料について、「人間の生命の維持に欠くことができないもので、健康で充実した生活の基礎として重要であることに鑑み、将来にわたって良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されなければならない」と定める。
いわゆる食料の安全保障に関しては、「国民に対する食料の安定的な供給については、世界の食料の需給及び貿易が不安定な要素を有していることに鑑み、国内の農業生産の増大を図ることを基本とする。これと輸入と備蓄とを適切に組み合わせていかなければならない」としている。具体的には、(1)国内の生産を増大(2)適切な輸入ができるようにする(3)いざというときのための備蓄をしておく――この3点を柱とする。
まずは、国内の農業生産を増大することが重要である。
このために、担い手の確保や農地の集積・集約化、スマート農業による生産性向上、国産農産物の増産や国産への切替えがある。加えて、輸出拡大にも対応した畜産物、果実などの増産、食育や地産地消の推進などの政策が実施されている。農業関係の技術進化は著しい。例えば10アール(約302坪)のお米を作るのに、1960年代には220時間以上かかっていたものが、現在は30時間を切るようになった。大規模化と合わせて効率的な農業生産ができるようになってきている。日本国内でできることはどんどん推進し、できる限り生産を増やしていくことが重要である。
近年、伸びている農産物の輸出については、食料安全保障を強化する面でも効果があることに触れておきたい。例えばフランスのカロリーベースの食料自給率は130%程度であるが、これはフランスの国民が必要としているカロリーの総量よりも多くの農産物が生産され、輸出されていることを示している。フランスでも農産物の輸入はあるので、国内の輸出分を含む国内生産量から輸入分を引いたものが国民の必要とするカロリーに対して130%あるということになる。
国内の生産を確保するために農地や従事者を確保し、農業の技術を確保することが食料安全保障の基本と言える。その上で、生産された農産物が過不足なく国内で消費できないことを考えると輸出を伸ばし、緊急時に輸出している農産物を国内で消費できるように振り向ける。加えて、農地・人・技術を確保できるということが重要だ。
日本の高品質な農産物は海外で高い評価を受けている。輸出について政府の目標が最初につくられたのは2000年代の初めであるが、当時と比較すると3倍以上の1兆4000億円以上の食品、農産物が輸出されるようになった。
国際間の信頼関係構築と備蓄
日本の食料安全保障を考えるためには安定的な輸入も重要である。我々が消費している食料の中には、そもそも国内生産では確保できない農作物がある。さらに現在我々が消費するために輸入している農産物を生産するために使用されている農地は現在の日本の農地の2倍以上だ。それを考えると、輸入なしですべての食料を国内で生産することは不可能に近いと言える。
一定の輸入を前提とせざるを得ないとすれば、そのために必要なのは、食料輸出国との良好な関係維持と、安定的な取引のための取り決めなどをすることが挙げられる。
1993年に日本は大規模な米の緊急輸入を実施した。1991年の不作などが影響し、米の持越し在庫が払底。1993年に米の作況指数[1]が74となり、大不作が発生。このため、海外から米を緊急輸入し、その総量は259万㌧に上った。1年間の米の消費量または一般的生産量の4分の1もの量を海外から輸入したこととなる。
このような大量の米を輸入できたのは、海外にある日本大使館などの政府関係者、穀物検定協会、穀物を扱っていた各商社などが奔走したからである。この奔走が結実したのは、まさに相手先国との信頼関係を構築してきたからであった。農作物を巡る、国際間の信頼関係の重要性を語る上で、重要なエピソードだ。
信頼関係の構築には海外農業協力も大きな役割を果たしてきた。ブラジルのセラード地域を開発して大豆の大生産地にしたのは日本の海外農業協力の賜物であり、今でも現地では感謝されている。ブラジルだけでなくアジア諸国、アフリカ諸国などに対して行われている海外農業協力はその国の食料と経済活性化に貢献することが最大の目的であるが、関係強化にも役立っている。
もう一つ重要なのが、「備蓄」である。
いざと言う時に備え、国内での生産を増強させるまでの間、あるいは海外からの輸入が着くまでの間、備蓄した食料を供給できるようにしておくことは重要だ。現在、カロリー確保に重要な、米、小麦、トウモロコシなどについては備蓄の仕組みが整えられている。米については、過去の不作の経験や需要量などを勘案し、適正な備蓄水準は100万㌧であるとされる。同じ年の米を一度に100万㌧備蓄するのではなく、毎年21万㌧程度を5年間備蓄するとう仕組みで、5年が経過したら家畜の飼料などに販売することになっている。
人間が食べるものとして米を買い、5年間費用をかけて保管。5年後にはエサという安価なものとして売却する――。この仕組みにより、何かあった際には保管中の米を食べることができるという安心を提供している。このような仕組みは、財政負担も大きいことから、安易に量を増やすことは難しいとされる。ただ、筆者としては、米はカロリーを得るための手段としては理想的であり、もう少し備蓄量を増やした方が良いと考えている。
小麦の備蓄も行われており、政府が国内需要の1.2カ月分、製粉業者が1.4カ月分の備蓄を行っている。トウモロコシについては、民間が備蓄主体となっており、政府がその費用の一部を支援する仕組みを採っている。
バイオ燃料と食料確保
近年、食料安全保障を考える時にエネルギーとの関係を整理する必要が出てきた。地球温暖化防止のためには、再生可能エネルギーが重要だ。農産物から作られるバイオ燃料は再生可能エネルギーとして地球温暖化を防止する効果を持つ。バイオ燃料を使うときには燃焼などによりCO2を発生させるが、そのCO2は植物の成長過程で大気中から吸収、固定したものだ。つまり、自らが吸収したものをまた大気に戻しているだけであり、CO2の総量は変わらないわけだ。
軽油燃料の代替として使われるバイオディーゼルは菜種油や大豆油、パーム油、オリーブ油などから作られる。日本では廃食用油からも多く精製される。ガソリンの代替となるバイオエタノールはトウモロコシやサトウキビなどの穀物から作られる。これらのバイオ燃料をさらにSAF(持続可能な航空用燃料)にする取り組みも進められている。
食料を得られない人々がいる隣で、バイオ燃料が生産され、車などに消費されてしまう現実が存在する。バイオ燃料は可食植物から作るべきではなく、非可食植物から作るべきではないかという意見もよく聞かれる。筆者は、バイオ燃料を作る際に無理やり非可食植物を栽培して作るのではなく、普段は可食植物からバイオ燃料を作り、食料としての供給を優先すべき時には食料としての供給を優先する仕組みを作るべきだと考える。
食料確保には財政的負担や家庭での備蓄も
これまで見てきた通り、食料確保には、増産、備蓄、安定的な輸入体制の構築が求められる。人が生きていくためには食料は必ず必要であり、豊かな食生活はそれ自体がとても重要である。世界中の政府がこのための努力を進めているが、わが国の条件(狭い国土面積、人口が多い、豊かな農地・人・技術が受け継がれてきた)を踏まえた政策の推進が求められる。多少の財政的負担が生じる場合であっても、予算を付けて推移を注視していくことも大切だと考える。
その上で、各家庭でも、長期間の食料不足に備えることは難しいとしても、災害時といった短期の食料不足時に対処できるよう備蓄を意識していくことが大切だ。
写真:Ben Weller/アフロ
[1]農作物の出来具合を表した値。平年(過去の平均的な生産量や収穫状況)を「100」とし、これを基準に作物の生育状況を評価する。
地経学の視点
2024年に起こった米不足は「令和の米騒動」と騒がれ、改めて日本の食料自給を考える機会となった。主食が手に入りづらくなるという状況を目の当たりにして、農業関係者だけでなく、多くの人が食の安定供給の大切さを痛感する結果となった。
こうした危うさは米だけに限らない。多くの農作物を輸入するわが国にとって、輸入先の気候や国内事情によって安定供給が脅かされるリスクをはらむ。最近で言えば、ブラジルでの不作が響き、コーヒー豆の先物価格上昇が伝えられた。輸入元を分散し安定供給を図るためには、外交力も問われる。
厄介なのは、海上交通の維持、確保だ。輸入元を増やすなどリスク分散を図っても、紛争などによってシーレーンを妨げられれば、元も子もない。完全に輸入が途絶えなかったとしても、価格高騰を招く恐れがある。わが国で言えば台湾海峡の安定は大前提だ。食料の安定供給には、複雑な国際事情が絡み合うという現実を我々は肝に銘じなければならない。(編集部)