習近平国家主席の肝いりで2013年に提唱され始めた「一帯一路」構想。10年以上を経た今、中国は長期の景気低迷にあえいでいる。「債務の罠」などネガティブな印象も付きまとうこの構想の真の目的はどこにあるのか。そして、中国の景気減速とともに衰退の一途をたどることになるのか――。中国への留学経験があり、長年中国経済を分析してきた中川コージ氏に聞いた。(聞き手:山下大輔=実業之日本フォーラム編集部)
――そもそも、「一帯一路」構想とはどのようなものとしてとらえれば良いのでしょう。
一帯一路とは、習近平国家主席の大政策の一つです。習主席が就任した当初、一帯一路は大項目として挙がっていませんでした。ただ、政策パッケージとして大きなものがなかったので、“現代版シルクロード構想”というものを立ち上げます。名称を「一帯一路」と名付け、シルクロードに沿ってつなげていきましょうということになりました。
少なくともこの構想さえぶち上げておけば、経済的な連携であれ、軍事的な拡張であれ、ユーラシア大陸から、(シルクロードに)関わるかは微妙なところですがアフリカまで、陸続きでつながるということになります。要は大きいフレームワークとしてちょうど良かったわけです。そこに経済的な拡張を図ることで、今後、軍事的にも出ていけるということにもなります。「一帯一路とは何か?」と言われれば、基本的になんでも入れられる巨大な風呂敷ということになります。そこに諸政策を入れていくというイメージです。大風呂敷なので、最初は中身についてははそんなに決まったものはなかったけれども、どんどん詰め込んでいったように思います。
一帯一路が始まる前の中国のイデオロギーとして、世界覇権の獲得というものがあります。基本的には、ライバルである米国という超大国をどう凌駕するかということです。中国には2つの100年というものがあります。中国共産党結党100年と、もう一つは中華人民共和国建国100年です。中国共産党結党100年は終わりました。中華人民共和国の建国100年は2049年に来ます。2049年をターゲットにどうアメリカを凌駕していくかということを、少なくとも改革開放以降のこの数十年間、取り組んできたわけです。では、どう実行していくかということになりますが、それには3つあって、「イデオロギー」「軍事」「経済」という話になります。
まず、イデオロギーに関しては、ソ連が失敗した例があります。共産主義的イデオロギーを輸出しても誰も振り向いてくれないということは、ソ連から学びました。次に軍事的にできるかというと、1979年のベトナムとの中越戦争を経験して、なかなか無理だということが分かりました。最終的には、経済による改革開放ということになりました。つまり、経済による浸透を図り、経済によって所有権や発言権を取っていくことにしたのです。国自体を管理しなくても、 影響力があれば良いという観点に立って、そのためのストラクチャー作りを目指したわけです。中国が今やっているのは、経済をテコに世界覇権を狙っていこうということなのです。
その文脈の中で習主席が登場し、一帯一路を始めます。そういう意味で、一帯一路は経済色が強いわけです。もちろんその中には、経済的な利益のために港を取ったと言いつつも、実際には軍港にも活用できるといったいろいろなパッケージがあります。基本的には経済による浸透工作という今までの一貫した流れを汲んだのが一帯一路です。
狙いは人民元の基軸通貨化
――中国としては自国通貨の経済圏を作っていきたいということでしょうか。
米ドルが基軸通貨であることが米国の力の源泉であるように、中国も将来的には人民元の基軸通貨化を狙っています。自国の通貨圏というレベルの話ではなく、基軸通貨を狙うということです。だけれども、基軸通貨化を目指しているということを公言することは、中国にとってはリスクだということも自覚しています。なぜならば、今米国の方が軍事的にも経済的にも圧倒的に中国より上回っている状態です。こんな段階で「米ドルで決済しないよ」と米国から締め上げられたら、終わってしまいます。米国がなぜ強いのかと言えば、 米ドルが基軸通貨であるからです。だからこそ、軍事的にも強いし、経済的にも発言権があるわけです。
中国側の戦略としては、なるべく本気でやっている感じを見せず、少しずつ進めていくというやり方を採っています。つまり、米国側もそれぐらいなら許容できる範囲でやってきているというのが、実は中国の経済覇権を狙うやり方です。特に経済覇権の中の最終目的である基軸通貨化ということで、極めて慎重に動いているというところがポイントです。
他国に生殺与奪権を握られたくない
――そもそも論として、中国がその覇権を追求する動機はどこにあるのでしょうか。
中国共産党には、虐げられてきた歴史の中で、自分たちが常に消える、消されるということに対抗してきたDNAがあります。中国国民党やソ連、米国が出てくる中、彼らが一番重視したのは、自分たちがどう生き残るかということでした。他の勢力、他の国家によって影響力を行使されたくない、つまり生殺与奪権を握られたくないということです。少なくとも、今は米ドルによって生殺与奪権を握られています。中国共産党にとってこれは許せないわけです。中国共産党が中華人民共和国という、言ってみれば事業会社を利用し、いかに米国、米ドルの影響力をどう排除していくのかという奮闘なわけです。
――一帯一路構想と言えば、中国独自の経済圏を作るために、沿線国のインフラを整備し中国製品を輸出していくとイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか。
一帯一路構想でやっているのは、基本的には経済圏の拡大です。具体的には、貿易量を増やすといった商圏の拡大です。それから現地通貨決済を一気にやるのではなくて、少しずつ増やしていくということです。そして、規制緩和によって貿易港みたいなものを作って、世界の貿易ハブとなって物流を抑えます。また、日本は空洞化してしまいましたが、第2次産業を絶対に外に出さない、仮に生産性が悪くなったとしても、中国国内で工場を抑えるということをやっていきます。
デジタル人民元やSWIFT(国際銀行間通信協会)に変わるCIPSという国際経済システムを作るということもしています。徐々に経済的な力をつけていくという政策パッケージです。ただ、貿易などはあくまでそのうちの一つであって、やはり商圏ができて、実際のリアルな取引に中国が関わらないと、「通貨を伸ばしていくんだ」と言ったところで無理ということになります。例えば、中国がA国と取引をしていて、双方が毎年100億円ずつ決済しましょうという話になれば、A国の通貨と中国の人民元でそれぞれ通貨決済していきましょうということになります。ここでようやく米ドルが必要ないという話になってくるわけです。
こうした中国の実質的な商圏拡大は、全て人民元の基軸通貨化につながっていますが、それを一気にやると宣言しないことが重要なのです。
「債務の罠」は「債権の罠」でもある
――「債務の罠」に関する報道をよく耳にしますが、この点についてはどう考えますか。
債務の罠があるかどうかと言われれば、あると思います。当然債務の罠に引っ掛けていくことはあるわけです。ただ、同時にそれは債権の罠でもあるわけです。例えば、事業会社に対して貸し付けをした場合、当然貸した側の立場は優位になり、担保を要求するなど強く出ることもできます。一方で、逆に貸し付けが焦げついてしまうリスクもあります。それをどの局面でとらえるか、というだけの話です。
当然、借りる側、投資してもらう側の国も、相手は担保を考えていると分かっているわけです。例えば、中小企業でも、担保を取られたくないと思っているわけです。けれども、事業に失敗したらどうしようもないので、お金を借りざるを得ません。だから、どこを切り取るかということです。客観的に見て、担保を要求する債権国を批判するのも、お金を借りる債務国を否定するのもおかしいことです。もちろん軍事力を背景に借り入れを強要する形になれば、話は違ってくると思います。
一帯一路構想イコール経済覇権構想に
――中国経済は減速してきているわけですが、規模感を維持しつつ一帯一路構想を続けていくことはできるのでしょうか。
景気の動向はあまり関係ないです。景気が悪くなればフレームワークでやっていることの規模を縮小すれば良いだけの話です。景気が悪くなったから失敗するという話ではなく、ストラクチャー構造という箱であって、別に中でその規模が縮小したとか、投資規模が少なくなったとしても、また上向いたら拡大すれば良いのではないかという話です。そこには失敗や成功はなく、一帯一路というフレームワークがあるに過ぎません。 もちろん、個々のプロジェクトごとに成功や失敗あります。失敗はあるけれども、フレームワークなので失敗という概念がないと思います。
ただし、そこにはブレも見えてきています。元々はシルクロード構想だったにも関わらず、なぜかもうシルクロード上ではないアフリカも入っています。中南米も協定国になってきているわけです。ブレてきていることを自ら証明していて、フレームワークの拡張をしていくことで、地理的に「一帯一路構想≒経済覇権構想」と位置づけられているわけです。
一帯一路は総合パッケージなので、当たりも外れもありません。日本の個々の政権がやるような事業パッケージとは違って、大きな風呂敷袋のような国家発展プロジェクトなのです。
写真:新華社/アフロ
中川コージ:インド政府立IIMインド管理大学ラクナウノイダ公共政策センターフェロー。
2002年慶應義塾大学商学部卒業、北京大学大学院光華管理学院企業管理学国際経営及び戦略管理学科博士課程修了。 管理学博士(経営学博士)。英国、中国留学を経て、中国人民大学国際事務研究所客員研究員、デジタルハリウッド大学大学院特任教授、 中国政治経済誌編集長を歴任。現在はインドデリーNCR在住。
地経学の視点
「債務の罠」などキャッチ―な報道に目が行きがちな「一帯一路」構想だが、中国の真の狙いを私たちはしっかり見極める必要がある。中国の狙いが世界覇権にあり、その手段として人民元の基軸通貨化を目指しているという点は見落としてはならない視点と言える。一帯一路が中国による単なる経済圏の拡大と割り切るのは早計なのだ。
中国が覇権を狙う背景に、他国に「生殺与奪権を奪われたくはない」という強い意思が働いていることも興味深い。中国共産党の歴史もさることながら、19世紀以来、列強に蹂躙されてきた中国そのものの屈辱的な歴史も影響しているのかもしれない。近代以降、他国から侵略を受けた経験がない日本人にはなじみの薄い感覚でもある。
一帯一路に関して流れてくる報道には、こうした観点が抜け落ちているものが散見される。今起きている事実を把握することももちろん重要ではあるが、同時に歴史的背景やその国が抱えるジレンマを見落とすと、事象を正確に把握することができない。流れてくる情報を日本人の感覚で受け止め続けていては、世界から取り残され続けることにもなりかねない。(編集部)