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2025.01.23 外交・安全保障

課題は米国との緊張緩和、対外宥和策展開で中国「戦狼外交」は鳴りを潜めるか
米中の新局面、中国はどこへ向かうか(1)

実業之日本フォーラム編集部

 混乱する韓国、長距離ミサイル開発を続けロシアとの連携を深める北朝鮮、ドナルド・トランプ氏の米大統領就任に伴う日米同盟の行方、台湾有事リスク――東アジア情勢は2025年も混迷を深める様相だ。経済の長期低迷から抜け出せない中国にとって2025年はどのような年になるのか。外交・安全保障面、経済面から東京財団研究所の柯隆主席研究員に聞いた。(聞き手:山下大輔=実業之日本フォーラム編集部)

――トランプ大統領の就任など、国際環境が変化を迎えてきています。外交安全保障面から見て、2025年は中国にとってどんな1年になるでしょうか。

 中国外交がスタートした毛沢東国家主席の時代、中国から見て「三つの世界」がありました。第一世界は米国とソ連、第二世界は日本やその他の西側先進国といった国々、第三世界というのは途上国、今で言うとグローバルサウスです。この基本は今も変わっていません。今中国はロシアと仲良くしていますが、覇権国家である米国とは対立しています。1月13日に日本の与党国会議員団が北京に行きました。これこそまさに中国が第二世界の国々と仲良くしようとする動きであって、覇権国家の米国とバランスを取りたいという目論見があります。

 2025年の中国から外交の課題は、米国との対立を和らげることです。そのためには、例の戦狼外交を転換して、言わば「パンダ外交」的な宥和外交を展開し、G7(主要7カ国首脳会議)を中心とする先進国との関係を改善したいところです。昨年末から、人民日報がインターネットで米中友好のエピソードに関する投稿をお願いしますと募っています。なぜこういうことをしているかと言うと、第2次ドナルド・トランプ政権の発足をにらみ、対米関係を安定させようという考え方があるからです。もちろん、中国政府の思う通りにいくとは限りませんが、今までのような新冷戦と言われるような対立はしたくないというのが本音です。米国やその同盟国との関係を改善し、米国とのバランスを取りたいわけです。

 グローバルサウスの国々を抱き込むことも重要になってきます。例えば去年11月、習近平国家主席がペルーやブラジルなど南米を歴訪しました。これはグローバルサウスを抱き込みことが目的です。この背景には、台湾の封じ込めという観点があります。

 中国が第一、第二、第三世界との外交に加え、注力するのが、国際機関における外交工作です。つまり、台湾が国際機関に入れないようにしたいのです。中国としては、世界銀行やIMF(国際通貨基金)、国際連合といった国際機関に、台湾が入ることは許しがたいことです。アフリカやASEAN(東南アジア諸国連合)などのグローバルサウスの国々の1票を得ることで、台湾を封じ込めたい思惑がそこにあります。毛沢東時代と全く同じことをやっているわけですが、今年はさらにこうした外交を強化するでしょう。

――朝鮮半島情勢が複雑化しています。中国はどう関わっていくのでしょうか。

 朝鮮半島の問題は、中国にとってとても重要な課題です。ただ、なかなか中国としては簡単には踏み込めない。一つは、米国との関係が悪化しているということです。韓国には在韓米軍が駐留していて、簡単に手出しできません。また、中国による対韓国のスパイ行為が、韓国当局によって摘発されている例がたくさんあります。

 中国がとにかく朝鮮半島に望んでいるのは現状維持です。緩衝地帯として残しておきたいので、南北統一してもらっては困るわけです。どちらかが一方の国を吸収するということは中国にとって一番都合が悪いシナリオです。もちろん北朝鮮が韓国を飲み込むということは考えにくいですが、韓国によって北朝鮮が飲み込まれることは、中国としては避けたいのです。

 そうかと言って、北朝鮮の核問題について中国は快く思っていない。なぜならば、北朝鮮が核開発をエスカレートしていった場合、韓国や日本が核保有国になってしまう可能性があるからです。今韓国と日本はアメリカの核の傘の下にあります。ただ、北朝鮮がエスカレートした場合、韓国や日本が米国による防衛に確証を得られないと判断すれば、自国で核保有をするかもしれません。これは、中国にとって一番こたえるストーリーです。日韓が核を保有すると、次は台湾が保有する可能性が出てきます。台湾まで核を持ってしまえば、東アジアは大変なことになり、制御不能になります。そういう事態を中国は恐れています。

――トランプ大統領は、台湾の半導体大手「TSMC」を名指しで非難したことがありました。米新政権は台湾にどう接していくと考えられますか。

 TSMCに関して言えば、これは完全な脅しです。脅しの理由はもっと米国に投資してほしいというその一点です。米国の安全保障を考えて、TSMCが早い段階で中国から抜け出しているので、ほとんど問題にはなりません。トランプ大統領は米国ファーストなので、さらなる投資を促してはいますが、大きな問題にならないと私は思います。

――では、従来通り米国は台湾を重視しますか。

 米国が台湾を手放す可能性は極めて低いと思います。なぜなら、米国にとっての台湾の重要性は、西太平洋の権益を守るための最も重要な「空母」だからです。手放してしまったら、第1列島線、第2列島線どころの話ではなくなります。一気に米国の防衛ラインがシーレーンも含めて崩れてしまいます。トランプ大統領は商売人なので、どうしてもお金の計算を細々としてしまいますが、最終的には米国は台湾を守ります。中国が台湾を攻撃できないようにすることが米国の戦略です。

――台湾有事発生のリスクに変化はあるのでしょうか。

 戦争をやる時にまず必要なのが資金の確保ですが、中国はそれが十分にできていません。そして軍事技術は絶対的でなければ相手を抑えることができませんが、台湾軍の技術は米国から導入しています。中国軍戦闘機と台湾が持っているF16が戦った場合、中国の戦闘機が負けます。電子部品や半導体に関しても台湾が圧倒しています。その上、台湾はウクライナと違って、2000発以上の強力なミサイルを持っています。高い半導体技術を持つ台湾ですから、弾道誘導にも半導体用いられているわけであって、命中度も高いです。

 地理的にも課題を抱えます。ロシアでさえ陸続きのウクライナ攻略できていません。ロシアは北朝鮮を頼っているような状況です。台湾海峡の一番狭いところで130㌖ありますが、その海面を渡って、上陸して拠点を抑えるということはそう簡単にはいかないのです。

 もう一つ、中国が台湾侵攻に踏み切れない理由としては、国防相など軍高官の相次ぐ更迭があります。董軍現国防相も汚職で調査を受けているという報道もあり、更迭されれば3代続けて国防相が追放されるという事態になります。軍高官が更迭されると、部下たちもグループとなって、ぞろぞろ芋づる式に交代します。軍上層部の指揮命令系統は今とても混乱しています。今すぐに戦争できる状態にはないと思われます。

 経済や治安への影響も深刻です。例えば、中国が台湾を封鎖すると宣言した場合、中国に進出している外国企業は一斉に引き上げてしまうでしょう。中国の今の経済状況で、外国資本が引き上げて、生産停止した場合中国の石油の備蓄量で考えると持たないでしょう。中国は食料に関しては90%ぐらい自給率がありますが、石油はそこまでないわけで、今の備蓄量では持ちこたえられません。そうなると、中国経済そのものが維持できなくなってきます。

 台湾有事になった場合、社会も極端に不安定化します。ただでさえ、2024年は無差別殺人事件が多く起きました。そうなった場合、習政権は国内を抑えきれなくなってきます。中国としては当然口では強がらないと、国内では甘く見られます。ナショナリズムが高揚しており、中国国内のナショナリストに迎合していろいろ情報発信している面はあります。習政権は、選挙で選ばれてないので、国民を豊かにし、国を強くすることで支持を得なければなりません。強くなるということは侵略者に侵略されないという文脈で軍を強くするわけですから、見せかけのメッセージを送るわけです。

 現状、米中はお互いに脅しをかけあっている状況です。中国は「台湾に侵攻する」と語る一方、米国も「やれるものならやってみろ」と言っています。こうして駆け引きをしていますが、実際は衝突まではいかないのではないでしょうか。台湾有事リスクが極めて高まっているかと言うとそういうわけではないと思います。

――日本としては中国とどう向き合っていくべきでしょうか。

 短期的にはまず、米中対立に巻き込まれない戦略を練り直さなければなりません。これからの4年間、対立が激化することは間違いありません。部分的には巻き込まれることになります。

 例えば、対中国の制裁関税は、原産地ルールがあるため。中国に進出している日本企業も標的になるわけです。日本企業の一部を中国国外にシフトせざるを得ないと思います。また、台湾有事に対する備えも必要です。台湾海峡で有事が起こった場合、沖縄の米軍基地が狙われます。そこが中国軍の標的になるわけですから、日本としては集団的自衛権を行使することになるかもしれません。ただ、どこまでやれるのか、あるいは中国はどこまで対話できるのか、そこは全く未知数です。早めにシナリオを描く必要があります。

 一番危険なことは、日米同盟一辺倒になることです。日米同盟の重要性は強調しながらも、日本独自の戦略を講じなければなりません。それには、中国と絶えず対話をしつつ、日本の外交姿勢を示すことです。独立国家だからそれは要するに危険を避ける一つの手法なわけです。現状日本が自主防衛力だけで自国を守ることは難しいと考えます。今から防衛予算の対GDP比率を積み上げることができたとしても、本当の防衛力の増強につなげるには時間かかります。しっかり対話をして、日本独自の外交力を発揮することが重要になってくると思います。


柯隆:東京財団政策研究所 主席研究員
63年中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年同大卒業。94年名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)後、長銀総合研究所国際調査部研究員、富士通総研経済研究所主席研究員などを経て18年から現職。著書に『「ネオ・チャイナリスク」研究』(慶應義塾大学出版会、21年)ほか多数。

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実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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