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2025.02.04 外交・安全保障

台湾が対中ディールの「コマ」となるリスクも 就任演説から読み解くトランプの内政・外交政策
現代米国論専門の渡辺靖教授が語る「トランプ時代の地経学」

実業之日本フォーラム編集部

ドナルド・トランプ氏が1月20日、大統領に就任した。就任演説で終始強調したのが「米国第一」。具体的には、不法移民の強制送還などを通じた国境管理の強化や、化石エネルギーの増産、電気自動車の義務化撤回による経済・エネルギー政策の転換、外国製品への課税や関税徴収を担う「外国歳入庁」設立を通じた貿易制度改革への取り組みを説明した。世界がトランプ新政権の一挙手一投足に注目する中、現代米国論を専門とする慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖氏が就任演説のポイントを解説し、米国の内政・外交、日米関係を読み解く。

※本記事は、実業之日本フォーラムが会員向けに開催している地経学サロンの講演内容(1月22日実施)をもとに構成しました。(構成:一戸潔=実業之日本フォーラム副編集長)

 今回のトランプ氏の大統領就任演説は、型にはまらず、まるで選挙演説のような印象を受けました。トランプ氏が1期目以来、繰り返し述べてきた米国第一主義は国民に十分理解されていると考え、個別具体的な話をして自分の本気度や意気込みを示す場として使ったように感じます。

 1期目との違いを3点挙げます。1点目が政権基盤です。大統領職と上下両院の多数派を共和党が占める「トリプルレッド」は1期目に続くものですが、今回は連邦最高裁判所の判事9人のうち6人を占める保守派が明らかに優勢です。その6人中3人はトランプ氏が任命したので、政府や議会の行動を抑制する「司法の壁」が相当低くなっています。

 2点目が「トランプ党化」です。1期目は共和党内でもトランプ氏への不信感が強かったため、党内の主流派を政権内に取り込むことで勢力均衡を図りましたが、1期目発足から現在に至る8年間でトランプ氏が実質的に党内を牛耳るようになりました。

 そのため、2期目は1期目のようにトランプ氏にブレーキをかける人がほぼ皆無となり、むしろ忠誠を誓う人ばかりが揃ったことが決定的に違う点です。その意味で「米国史上最強の大統領」という言い方もできると思います。

 3点目が強力な大統領権限を是認する「単一執行府理論」です。この理論に基づき、司法省やFRB(米連邦準備理事会)など独立性の高い機関への介入を強めるとの見方があります。トランプ氏は「王様」に近い存在となり、王を作らないことを国是に掲げる米国の国の形を根本から変えるかもしれません。

 大統領令にも注目が集まっています。これまでの大統領の平均では年間40本程度出されていますが、トランプ氏は就任初日に26本、さらに150本程度用意していると言われています。大統領令を乱発するその姿勢は、まさに王様のような強大な権力を印象づけています。大統領令は行政命令で他の法律と同じ拘束力を持ちますが、中には自分の本気度や方向性を示すだけで実現可能性を度外視したものも含まれます。全てを真に受ける必要はないですが、次々と手を打つところにトランプ氏の並々ならぬ決意を感じます。

 ただ、現実的な話をすると、共和党は下院435議席のうち5議席しかリードしていないので、3人が造反すれば覆されてしまいます。現に2024年12月、政府機能の一部閉鎖を防ぐために「つなぎ予算」を通そうとしてトランプ氏が同意した法案が出されましたが、共和党内の財政保守派が反対し否決されました。共和党内も一枚岩とは言い切れないので、今後は議会との関係、特に党内の造反しかねない議員との関係をより重視していく必要があります。

 2026年秋には中間選挙があり、下院の入れ替えもあります。これまでは大統領が属する政党が中間選挙で敗れるケースが多いので、共和党がわずかに5議席リードする下院の議席数は逆転される可能性もあるわけです。そうなると、中間選挙が終了した途端にトランプ政権は議会がねじれ、レームダック(死に体)状態になりかねません。思い切った政策を打ち出すこともほぼ不可能になるため、2期目で任期満了となるトランプ氏としては最初の2年間で大きな成果を出し、中間選挙で勝利することが至上命題となります。

トランプ減税、共和党財政保守派がカギに

 内政に焦点を当てます。まず重要なのが高官人事です。約4000人を入れ替えるわけですが、その中には上院の承認を必要とするものもあります。ここが整わないと始まらないので、かなりのエネルギーをそがれると思います。不安視される人事もあります。

 次に大きいのは、2025年末に期限が切れる「トランプ減税」の延長・拡大です。その中には法人税を21%から15%に引き下げることが含まれます。共和党の従来からの主張に近いわけですが、財政健全化に反するとして抵抗する党内の財政保守派への対応にかなり注力する必要があると思います。

 規制緩和にも取り組みます。石油や天然ガスなど化石燃料規制を撤廃し、生産拡大にかじを切ります。「掘って掘って掘りまくれ(ドリル・ベイビー・ドリル)」という政策です。不法移民を強制送還するなどして国境管理の強化も掲げています。

 そして、トランプ氏が独特の考え方を持つ関税です。関税を愛や宗教の次に美しいなどと言っていますが、オールマイティーに捉えている節があります。通商政策としてだけではなく、海外に工場を移転した米国企業の国内回帰や海外企業の米国投資促進などにつながる産業政策としての側面も見えるからです。また、外交政策を動かすための安全保障上のツールとして重要視しているところもあります。

ウクライナ問題決着へ露ウ双方に圧力

 続いて外交政策です。今年で第2次世界大戦から終戦80年を迎えますが、この間、米国はグローバリズムをけん引してきました。しかし、トランプ氏が掲げる米国第一主義の根底には、自由で開かれた世界をリードしてきた米国が自由貿易や国際機関などに搾取され続けてきたことへの反発があります。経済でも多国間の枠組みは、結局は米国が損するだけなので、2国間のディールを重視するという考え方です。

 欧州などの同盟国に厳しい要求を突きつける一方、ロシアや北朝鮮といった権威主義国に甘い傾向があるのも米国第一の特徴と言えます。これまで米国は「世界の警察官」や「民主主義の盟主」などと外交の場で語られてきましたが、こういう言葉が死語になりつつある世界にわれわれは直面しています。トランプ氏が返り咲いたのはその象徴だと思います。

 トランプ氏が外交上、早急に成果を求めるのがウクライナ問題です。ただ、米国としては、欧州がもっと関与すべき問題であり、自国の国境管理に優先的に取り組まなければならないので、ウクライナにそれほどコミットできないというのが本音でしょう。

 また、全面的な領土返還という意味でのウクライナ勝利は望めない中、米国は合理性を欠く巨額の軍事支援を続けることはできないとトランプ氏は考えています。死傷者が100万人以上に及び、停戦交渉のタイミングを迎えたというのが基本的な認識です。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領には支援打ち切りをちらつかせ、逆にロシアのウラジーミル・プーチン大統領にはウクライナへの支援強化をほのめかしながら双方を交渉テーブルに着かせるのではないでしょうか。ウクライナが納得できる形で安全保障を確約できるかどうかが焦点となります。

 中東がひとまず停戦したのは、トランプ氏の影響力によるところが大きいと思います。ただ、第2、第3段階の停戦合意に進むかどうかは微妙です。パレスチナ問題は、究極的にはイスラエルとパレスチナの「2国家共存」しか解決できないでしょうが、実現可能性はそれほど高くないと思います。

 気になるのがイランの動きです。ハマスやヒズボラといったイランの代理勢力が弱体化し、友好関係にあるシリアのバッシャール・アサド政権が瞬く間に崩壊したことで、イランの影響力が劇的に低下しています。そのイランが体制存続のための手段として核開発を加速する懸念があります。仮に米国がイランの核開発防止を狙いに核施設を攻撃すれば、中東地域の緊張が一気に高まりかねないので、地政学リスクを押さえる必要があります。

親日家軸に新政権との人脈構築へ

 最後は日米関係です。トランプ氏は2026年秋の中間選挙までにある程度の道筋をつけなければならず、内政・外交上の課題もありますので、今後半年ぐらいは多忙を極めると思います。日本にとっては米国との本格交渉までに時間的余裕がありますので、周りの国々に対するトランプ氏の出方を見ながら、じっくりと交渉していけばよいと思います。

 日本政府は関係機関を通して、トランプ新政権との人的ネットワーク拡大を進めていることでしょう。米大統領選後にトランプ氏に既に2回面会しているソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が持つネットワークを活用しない手はないと思います。また、トランプ氏の政権移行チームに参加した元駐日大使のウィリアム・ハガティ氏やトランプ新政権で国務長官となるマルコ・ルビオ氏のような親日家の人脈も大切にすべきです。

 課題もあります。一つは米軍の駐留経費です。米国はさらに負担を要求してくると思いますが、駐留経費の負担割合は米軍が置かれる他国に比べると日本は圧倒的に高いのです。これ以上負担が増えると、米軍が実質的に日本の傭兵のような存在になり、それでいいのかという話になります。

 もう一つは防衛予算です。米国のGDPに占める割合は3.4%。日本は2027年までに、関連経費も含め、これまでの倍に当たるGDP比2%に増額するという踏み込んだ予算を計画しています。しかし、トランプ新政権で国防総省のナンバー3となる国防次官、エルブリッジ・コルビー氏が、以前から日本の防衛費に対して「2%の目標では不十分。早期に3%にすべきだ」と主張しているため、今後圧力をかけてくる可能性が高いと思います。

対中経済ディールで安全保障面を過小評価

 日米関係とは別に、トランプ氏による日本の周辺国への対応に振り回される場面が増えるのではないかという懸念もあります。

 まずは中国です。トランプ新政権の高官人事を見ても、対中強硬姿勢が強まるのは明らかです。パナマ運河の港湾管理やグリーンランドの資源開発に影響を及ぼす中国を意識していることは言うまでもありません。トランプ氏は大統領選挙でも対中強硬論を述べていますが、その9割以上は経済に関するものです。

 中国は、経済的な脅威と同時に、安全保障面でも脅威がある覇権挑戦国です。その中国とディールを結ぶ時に経済面にフォーカスするあまり、安全保障面の脅威を過小評価して妥協する恐れがあります。その一番の対象となり得るのが台湾です。最近訪問しましたが、現地の人にも対中経済ディールのコマにされるのではないかという根強い疑念があります。

 とはいえ、米国では対中強硬派であり、親台湾派の代表格でもあるルビオ氏が国務長官に就くことが安心材料になっています。さらに、世界最先端の台湾半導体が中国に接収されることは、トランプ氏であっても経済安全保障上の重大問題であると認識するでしょう。

 トランプ氏といえども、有事になれば介入してくれるに違いないという楽観論が台湾側にあります。台湾を取られ、第2列島線(伊豆諸島を起点に小笠原諸島、サイパン、グアム、パプアニューギニアを結ぶ中国にとっての軍事的防衛ライン)も中国の支配下になれば、米国経済にとっても致命傷になりかねないからです。こうした悲観論と楽観論の狭間で動いているのが今の台湾問題であると感じています。

 次に朝鮮半島です。トランプ氏やその周辺から聞こえてくる考え方が3点あります。1点目が朝鮮戦争は70年も休戦状態にあるのに、なぜ地域に米軍を置き続けなければいけないのか。撤退して韓国に任せた方がよいとの考えです。

 2点目は核開発を進める北朝鮮が自ら核を手放すことは非現実的であり、完全な非核化にこだわる必要がなくなっていることです。完全な非核化というよりは軍備管理、軍縮にシフトした方がよいと考えています。

 3点目は中国が米国にとって最大の核保有懸念国なので、中国の朝鮮半島における影響力をそぐ意味で米朝会談を開く意味があるのではないかということです。トランプ氏自身も会談に前向きな姿勢です。

 この3点によって、在韓米軍の縮小・撤退を検討することが考えられます。さらに北朝鮮の核保有を容認・黙認するという見方もあります。トランプ氏は実際、大統領就任日にホワイトハウスの記者団に対して、北朝鮮を「核保有国」と言及し認めています。韓国では大きな波紋を広げていますが、北朝鮮にとっては願ったり叶ったりの発言でしょう。

 韓国では、米国の核抑止力が期待できないことを想定し、自国で核を保有する現実論が台頭しています。中露や北朝鮮、さらに韓国も核保有となれば、日本でも核を巡る議論が始まるのではないでしょうか。今後、北朝鮮に対する米国の対応が極めて重要となり、朝鮮半島ならびに東アジア全体のパワーバランスを変えていくトリガーになるかもしれません。

官民連携の公共外交が重要な時代に

 最後に日本の役割について述べたいと思います。2024年は選挙イヤーと言われましたが、インフレの影響もあって民主主義国の政権与党にことごとく逆風が吹き、英国、ドイツ、フランス、カナダ、韓国などでは政権交代や元首の退任が相次ぎました。日本は少数与党とはいえ、他国と比べると政治的に安定しています。

 グローバルサウスでは欧米的な価値観への懐疑論が台頭し、民主主義に垣間見えるダブルスタンダードや偽善に敏感になっています。こうした中、日本は欧米的な世界観に親和性がある一方、欧米とは違う独自の政治的な伝統を経てきた国として、欧米とグローバルサウスを橋渡しする役割が期待されると思います。

 日本外交を考えると、戦後80年で今最も重要な局面に差し掛かっています。逆に言うと非常に良いポジションにあり、腕の見せ所だと思います。私の専門である「パブリック・ディプロマシー(公共外交)」という分野で議論されているのは、今の分極化された世界では、個人が相手に不信感を抱き、一国の社会も分断し、欧米諸国と権威主義国の間でも激しく対立している――ということです。

地経学の視点

 「米国で製造せよ、さもなくば関税を課す」。トランプ新大統領は1月23日、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の場を利用し、世界の要人に向けて手段をいとわない「米国第一主義」をこのようにアピールした。

 トランプ氏は今や議会や司法の場に絶大な影響力を持ち、大統領令も乱発する「王様」だ。米国第一の支持者にとってこれほど心強いリーダーはいないだろう。しかし、極端な振る舞いが内政や外交にハレーションを招きかねない。

 権威主義国が台頭する一方、欧州では右傾化が進み、グローバルサウスは民主主義に疑念を抱く。国際的な枠組みや多国間連携に遠心力がかかる中、渡辺氏が指摘するパブリック・ディプロマシーを日本が取り入れ、世界をつなぐ求心力になることを期待したい。(編集部)

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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