ドナルド・トランプ新大統領は、就任早々から大統領令を駆使し、メキシコ、カナダ、中国の輸入品への追加関税を発表するなど「トランプ流」を次々と繰り出す。こうした米国第一主義の徹底は日本など他の同盟国にも厳しい要求を突きつけ、国際協調も分断しかねない。米国の政治・経済に詳しいみずほリサーチ&テクノロジーズの安井明彦調査部長に米国第一主義の政策面の評価や、国際社会に与える影響などについて聞いた。(聞き手:一戸潔=実業之日本フォーラム副編集長)
――第2次トランプ政権のスタートをどのように見ていますか。
トランプ氏の就任演説からは、1期目には異端視されていた「米国第一主義」が、今や政治の本流になったことを実感しました。また、演説は大所高所というより一般教書演説のような個別の政策に満遍なく触れており、即座に実行しようとする意欲が感じられました。実際に、就任直後に発表したエネルギー問題と移民問題に対する措置には、議会の承認が必要な減税とは異なり、大統領権だけで素早く行動に移せる面がありました。
エネルギー政策では、コスト高を嫌う国民に対して、トランプ氏が既存の化石燃料を使って価格を下げるという答えを示しました。暮らし向きに対する国民の関心が高まっている以上、気候変動対策もコストとの折り合いが大事になってきたということです。黎明期の気候変動対策のように、環境意識の高い人たちが地球を守るために高いお金を払ってEV(電気自動車)に乗るだけでは限界があります。カギを握るのは技術革新でしょう。
移民政策では、受け入れに伴う財政負担や治安悪化などで生活が脅かされることを懸念する国民の声が、トランプ氏の強硬路線を後押ししています。強制送還による人道問題がクローズアップされていますが、国民としてもジョー・バイデン政権期のような不法移民の急増に伴う混乱は避けたい。他方で、米国経済にとっては労働力などの観点で移民は重要です。どういう移民をどれぐらい受け入れられるのかという議論を進める必要に迫られていると思います。
米国全体が自国第一主義に
――トランプ氏は気候変動対策の国際枠組みである「パリ協定」や、WHO(世界保健機関)からの離脱を表明しました。
問われているのは、「国際的な枠組みが米国民の暮らしにどのような恩恵を与えたか」を、国民に説明できるかどうかです。特に、多額の資金を拠出する米国では、これまで以上に説明責任が高まっています。WHOについていえば、新型コロナウイルス感染症の広がりや、外出禁止などの感染防止策への反感などによって、専門家や国際機関への不信が高まったという背景もあります。自国第一は他の先進国でも進む気配があり、国際的な枠組みや連携の意義がますます問われていると感じます。
大統領選の結果を見ると、トランプ氏は必ずしも大勝ではありません。得票数にしても対立候補のカマラ・ハリス氏との票差にしても、歴史的にはそこまで大きいわけではなく、議会での議席数の差もわずかです。しかし、米国の雰囲気を捉え、国民の心をつかんでいるのは間違いなくトランプ氏だと思います。
見逃してならないのは、米国では自国第一主義が主流になっているということです。党派対立の厳しさが指摘されますが、民主党のハリス氏も自由貿易の推進や移民の受け入れ拡大を公約していたわけではありません。政治的な分断はあるにせよ、米国第一主義の傾向は二大政党に共通した潮流だと考えた方が良いでしょう。
――外交をどのように評価しますか。
注目される関税については、財務長官に就任したスコット・ベッセント氏がこれを使う理由を3つに整理しています。
1点目が不公正取引など貿易上の問題に対応するため、2点目が財源の確保、3点目は外交ディールの材料で、それぞれの用途によって関税の内容は変わってくるはずです。まず見えてきたのが3点目の交渉材料として使うことですが、今後は貿易上の問題や財源確保で利用されることもあるでしょう。
もちろん、トランプ氏の支持者が求めているのは暮らし向きの改善ですから、関税を駆使するにしても、米国経済への影響を無視するわけにはいきません。経済とのバランスを踏まえながら、どのくらいのスピードでどの程度踏み込むのかを見極めていくと思います。
トランプ氏にとって関税をかける相手が同盟国かどうかはそれほど大きな意味を持ちません。大事なのは、米国第一主義の延長線上で、それぞれの国がどういう位置づけにあるのかということです。
メキシコとカナダについては、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉に伴い、米国との3カ国で合意したUSMCA(米墨加協定)を見直すタイミングが2026年に迫っています。移民や麻薬の論点に加え、貿易問題を組み合わせたディールが出てくるのではないでしょうか。
ポジティブ・ネガティブ両面のサプライズも
――関税が行き過ぎると輸入品の値上げを通じて米国のインフレを招く恐れもあります。
最初から「中国には60%、その他の地域には一律10%」の追加関税を課そうと思えばできたでしょうが、それを実行しなかったのは、トランプ氏の周りにもある程度、配慮や懸念を示す人がいたということかもしれません。
トランプ氏の政策の影響を分析すると、景気にとってはマイナスの影響の方が大きいと私は評価しています。減税で経済を活性化するのはプラス効果ですが、少なくとも短期的には、関税の引き上げや移民の抑制によるマイナス効果の方が上回りそうです。
これに加えて、数字には表しにくいプラスとマイナスがあると思っています。プラスは規制緩和です。その規制緩和がアニマルスピリッツ(野心的な意欲)を刺激して、技術革新を切り札に米国産業が強くなるというポジティブサプライズも、シナリオとして考えられます。その鍵を握るのがAI(人工知能)です。
今はAIを契機にいろいろなものが大きく変わろうとするタイミングです。バイデン政権では規制によるブレーキがかかっていましたが、産業のゲームチェンジが起こりつつあるときに規制緩和を進める大統領が登場したことは、後世では「絶妙のタイミングでの政権交代だった」と評価されるかもしれません。
AIには経済や社会のあり方を揺るがす潜在力があります。米国が自国第一主義に傾斜している背景には格差の問題があると思いますが、幅広い国民に成長の恩恵がいきわたる包摂的成長が実現できるかどうかも、AIの使われ方次第といっても過言ではありません。トランプ氏が大統領であろうとなかろうと、その現実は変わりません。
気がかりなのは、トランプ氏の姿勢が民主主義への信頼を損ないかねないことです。民主主義であり、法治国家であることが、米国が覇権国であり、ドルが基軸通貨であることを根本で支えています。しかし、大統領令の駆使に象徴されるように、トランプ氏は大統領権限の行使を極限まで広げようとしています。予算の使用停止や省庁の改廃、公務員の解雇などでは、議会によるチェックアンドバランスが軽視されているきらいがあります。変革を求めるが故に、国民がトランプ氏に強いリーダーシップを求めているのは事実ですが、権威主義的な傾向が強まり、民主主義が揺らぐとすれば、数字では測れないダメージになる可能性があります。
日本のビジネスモデルを見つめ直す好機
――日米関係のあり方をどう考えますか。
米国第一主義はしばらく変わらないということを理解した上で、米国との付き合い方を考える必要があります。例えば、企業のレベルでは、米国での事業にはコストがかかりやすくなります。一方で、米国には潜在的な成長力がありますし、AIの進化も踏まえたプラス面も考慮しなければなりません。自社のビジネスを見つめ直し、どれくらいでのコストであれば吸収できるのか、何を武器に勝負していくのかを見極めるべきでしょう。自社が理想とするビジネスを再確認する良い機会になるのではないでしょうか。
日本という国のレベルでも、何を理想とするのかを改めて見つめ直す機会にしたいですね。日本はどのような国になりたいのか。その理想を実現するためには、自国第一主義に傾斜する米国と、どのように付き合うべきなのか。米国に振り回されるのではなく、自らでつかみ取る意識を持ちたいところです。
日米関係を基軸にしつつも、インドやインドネシアといった力のあるグローバルサウスとも組みながら、したたかな外交を展開する選択肢もあるでしょう。そのためには、まず日本が自国の魅力を高めることが大前提です。やるべきこと、やれることはたくさんあるはずです。
――トランプ氏2期目の先にはどういう世界が広がっているでしょうか。
米国第一主義とグローバリゼーションをどう両立させていくかが、今後の大きな論点になると思います。米国第一というのは、格差におびえる人たちが「自分たちに目を向けてくれ」と訴えていることへのひとつの回答です。その背景には、グローバルなヒトやモノの流れを盛んにすることや、国際的な課題に対応することが、なぜそうした人たちにとっても良いことなのかを、うまく説明できていないという現実があります。その一方で、高関税による物価の上昇など、米国第一主義を追求しすぎれば、人々の暮らしにマイナスの影響が大きくなります。
トランプ氏の2期目の4年間は、米国第一の観点からグローバリゼーションと折り合いをつけられる水準を探る期間であり、トランプ氏退任後もその問いかけは続くでしょう。日本や欧州なども自国第一とグローバリズムのバランスが取れる新たな均衡点を見いだす模索の時代に入っていくと思います。
安井 明彦:みずほリサーチ&テクノロジーズ調査部長
1991年富士総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同欧米調査部長等を経て、現職。政策・政治を中心に、一貫してアメリカを担当。著書に『アメリカ 選択肢なき選択』(日本経済新聞出版社)、『漂流するリベラル国際秩序(共著・日本経済新聞出版)』などがある。
地経学の視点
トランプ新大統領の貿易戦争が火ぶたを切った。中国への関税発動が報復関税を招き、メキシコとカナダに対する関税発動は1カ月の「休戦」となったが、予断を許さない状況だ。ビジネス優先の政策運営を続けると楽観していた金融市場にも警戒感が広がる。
行き過ぎたトランプ関税は米国経済にとってマイナスに働くというのが専門家の一致した見方だろう。ただ、トランプ氏の政策には数字には表れないプラスの面があると安井氏は指摘する。規制緩和だ。「アニマルスピリッツを刺激して、技術革新を切り札に米国産業が強くなる」というポジティブサプライズのシナリオはとても興味深い。
関税に限らず、トランプ氏の米国第一主義は今後ますます強化され、その矛先は国際機関や多国間連携にも向かうはずだ。米国との付き合い方を再考せざるを得ない日本をはじめとする各国は、自国第一とグローバリズムとの狭間でバランスを探ることになるだろう。 (編集部)