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2025.02.20 外交・安全保障

「最初の一撃で、その後の百撃を封じる」――毛沢東から学んだ習近平、台湾武力統一への本気度
『煮えたぎる海峡』第1章より(1)

マット・ポッティンジャー

 「台湾有事」の四文字をメディアでしばしば見聞きするようになった。しかし、解像度が粗いままで議論が進み、むやみに脅威を煽り立てたり、逆に杞憂と笑い飛ばしたりと極端な主張に終始しているケースが目立つ。

 第1次ドナルド・トランプ政権で大統領副補佐官を務め、中国政策の専門家として知られるマット・ポッティンジャー氏が台湾防衛のために緊急提言する新刊『煮えたぎる海峡』(実業之日本社)の第1章「大きな試練の荒波」より、一部抜粋する。同著は、向こう数年間に起こりうる台湾有事の軍事シナリオを、徹底的に解像度を上げて具体的に分析し、日・米・台・欧・豪がいかに備えるべきかを説いた話題の書だ。

 台湾統一を目指す習近平の言葉はプロパガンダか本心か――。(全4回の1回目)

 ロシアのウクライナ侵攻から何かを学べるとすれば、戦争は起きる前に阻止するほうがはるかに低コストであるということだろう。だが、そのための有効な策を、いまの民主主義国は打てていない。この2年間、世界ではいくつもの問題が噴出し、いずれのケースでも抑止は失敗に終わっている。

・ウラジーミル・プーチンはワシントンが制裁をちらつかせても平然とウクライナの首都を攻撃し、欧州を第2次世界大戦以降で最も破壊的な戦争に陥らせた。

・イランはイスラム組織ハマスに軍事支援を行い、イスラエルと戦争を開始した。その後、イランの代理勢力であるレバノン、イエメン、シリア、イラクのテロ集団が共闘態勢を組んで、イスラエルにロケット弾を打ち込み、紅海で貨物船を攻撃し、米国の軍艦を威嚇し、イラクとシリアにある米軍基地を攻撃した。

・中国は長年領有権を巡る争いが続く南シナ海で軍事活動を強化した。南シナ海は世界一重要な上交通路海(シーレーン)(訳注/有事に際し、国民の生命を守り戦争を遂行するために確保しなければならない海上連絡交通路)であり、漁場である。フィリピン政府は小島群の管理・支配を維持・回復するために南シナ海に船舶を派遣しているが、これに対して中国は国際規範や裁判所判決を無視して管轄権を主張し、中国海警局の巡視船がフィリピン船に衝突し航行を妨害する行為を繰り返している。

・ベネズエラの独裁者は、米国は恐れるに足らずと決め込んだのか、豊富な石油資源に恵まれた隣国、ガイアナの大部分を自国の領土と主張している。冷戦時代に中南米でソ連が犯したミスを取り返すかのように、中国は大胆にもベネズエラの立場に同情の意を示し、キューバに情報収集施設を設置し、軍事拠点の建設も計画している。

・国連安全保障理事会決議や米国の制裁をものともせず、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を5年ぶりに再開、また、ウクライナを攻撃するロシアに武器弾薬を供給している。

 いま、これらの火種を全部合わせても追いつかないほど深刻な戦争の恐怖が差し迫っている。中国の最高指導者習近平が、台湾を中国本土に「再統一」するために武力行使の権利を放棄しないと明言したのである。中国の敵との「偉大な闘争」を巡る習の公式発言は、彼の意図をうかがい知る格好の手段だ。無視するのは賢明でないだろう。

 習は何度も、台湾統一は世界を舞台に中国が目指す大きな目的、すなわち「中国の夢である中華民族の偉大な復興」を成し遂げるための必須条件だと述べている。2017年に北京で行われた第19回中国共産党全国代表大会(党大会)では、「中華民族の偉大な復興の実現に、祖国の完全統一は当然の必須条件である」と語った。2019年には「台湾同胞に告げる書」(訳注/敵対状態の収束に関する協議を台湾に呼びかけるため、1979年1月1日に発表されたメッセージ)発表40周年記念式典の談話のなかで、習は「中華民族の復興と祖国の再統一は時代の大きな流れだ。それは大きな国益であり、人々の願いである」と述べた。 2021年10月、北京の人民大会堂で行った台湾に関する演説のなかで、習が「復興」というワードを口にした回数は20回以上に上る。これらの発言に込められた意図は明らかだ。習にとって台湾統一に失敗することは、中国最高指導者として最重要目標の達成に失敗することに等しいのである。

 期限については――少なくとも公的には――明確にしていないが、これまでの指導者と異なり、習は気長に待つ意志はないとはっきり述べている。2013年10月、台湾の外交使節に対し、「海峡の両側に存在する政治的意見の不一致は、一歩ずつ最終的な解決に向けて進めていかなければならない。これらの問題を次の世代に先送りするわけにはいかないのだ」と語った。1984年に当時の最高指導者鄧小平が述べた有名な言葉、「必要ならば中国は台湾の統一を『1000年』でも待てる」とはあまりに対照的である。

 前任者の江沢民、胡錦濤両国家主席は、台湾が独立を宣言するようなことがあれば戦争の可能性はあるとの立場を取っていた。習はそこから一歩進んで、台湾が正式な独立を試みた場合に限らず、武力を行使して台湾を力ずくで統一する意志を示唆するプロパガンダを行っている。

 2023年11月、サンフランシスコで行われたジョー・バイデン米大統領との対面での会談でも、習は従来の立場を改めて強調した。首脳会談終了後、記者にブリーフィングを行った米政府高官の話では、習は「平和的再統一を望むとしながらも、その後すぐに、武力を行使する可能性のある条件について言及した」という)。バイデン大統領は「台湾の平和を維持する米国の方針を伝えた」が、習主席の反応は素っ気ないものだった。政府高官によれば、習は次のように応じた。

「平和も結構だが、どこかの時点で解決に向けて動く必要がある」

 別の言い方をすれば、習は平和よりも統一を重視していると受け取れる。その厳しい姿勢は、会談の概要をまとめた中国の公式文書の記述にも表れている。

「米国は『台湾の独立』を支持しない立場を具体的な行動で示し、台湾への兵器供与を止め、中国が目指す平和的統一を支持するべきだ。中国はいずれ再統一するだろうし、再統一は不可避なのである」

 習が公の場で台湾統一に対する「支持」を米国に求めたのは、そのときが初めてだったかもしれない。その言葉から、長年ワシントンに台湾の独立を支持しないよう主張してきた北京の要求が、根本的に変化したことが見てとれる。要するに、西側諸国の多くのアナリストによる想定に反し、習が目指しているのは数十年前から続く台湾海峡の現状維持ではなく、その終焉なのだ。

 そのためには戦争もやむなし、というのが習の考えだ。この数年の主要な演説のなかで、習は党や人民解放軍に戦争に備えよと指示を与えている。

 2021年11月に北京で開かれた中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議で、習は「重大なリスクと強い抵抗勢力に直面しながら、平和な生活を続けたい、戦争は望まないというのは非現実的だ」と語った。「あらゆる敵対勢力は、中華民族の偉大な復興を円滑に実現させようとは決してしないだろう。この前提に基づいて、私はこれまで全党に対し大いなる闘争を遂行しなければならないと繰り返し強調してきた」。

 未来を予見させるようなこの演説は、中国語の議事録が発表されるまでの2カ月間公表されなかった(しかも西側のジャーナリストや多くの学者たちはその情報を見落としていた)。演説のなかで習は、1950年に最高指導者の毛沢東が下した決断を賞賛している。 「米国の脅しと挑発を受けながら」、毛とその同志たちは朝鮮戦争への参戦という勇敢な決断を下した、というのだ。習は次のように述べた。

 共産党中央委員会と毛沢東同志は、「最初の一撃で、その後の百撃を封じる」という先見性に長けた戦略と、「祖国再建のためならば躊躇なく国を滅ぼす」決意と勇気をもって、「米国に抵抗し、朝鮮を支援」し、国を守るという歴史的な政治判断を下した。

 習が毛の選択を、「『侵略者が門前に居座る』危険な状況」を回避するための先制攻撃とみなしていることは明らかだ。似たような状況になれば戦争も辞さず、恐ろしいことに、敵に勝つための代償として国が「滅ぶ」危険も甘受する気でいると伝えるために、あえてこのような言葉を選んだに違いない。「どれほど強い敵であろうと、どれほど険しい道であろうと、どれほど厳しい挑戦であろうと、共産党は常に恐れず、引き下がらず、犠牲をいとわず、決してひるむことはない」

 この演説ではあくまで歴史的な文脈で米国を敵と名指したが、より最近の演説の文言を見れば、習が米国を現在の敵と位置づけるようになったことがわかる。2023年3月の演説では、「米国を筆頭とする西側諸国はあらゆる方向から中国を封じ込め、包囲し、弾圧する政策をとり、我が国の発展にかつてない厳しい問題をもたらしている」と述べた。これは同月に4回にわたって行われた演説のひとつだが、そこでも習は戦争に備える必要性を強調している。

 最初の演説は3月5日に全国人民代表大会(全人代)で行われ、習は省や自治区・直轄市、人民解放軍などの代表者に向かって、中国は穀物や製品の輸入に頼るのをやめるべきだと訴えた。「いずれかが不足した場合、国際市場はわれわれを守ってはくれない」。翌日の演説では、「恐れずに戦い、うまく戦う術を身につけなければならない」と聴衆を鼓舞している。3月8日には軍や人民武装警察の代表者を前に、社会が一丸となって中国軍を支持するための「国防教育」キャンペーンを発表した。これは1943年に実施された社会の軍事化キャンペーン、「二重擁運動」がヒントになっている。3月13 日の4回目の演説では、「祖国の統一」は中華民族の偉大なる復興の「本質」であると明言。統一を復興の「必須条件」としていた過去の発言から一歩踏み込んでいる。

 これらを鑑みて、2022年10月の第20回党大会における「活動報告」に盛り込まれた習の言葉――中国共産党は「大きな試練の荒海」を乗り越える準備をしなければならない――を、世界は深刻にとらえるべきだ。

 こうした発言は西側諸国を意識した単なるプロパガンダではない。中国共産党に対する有無を言わさぬ命令なのだ。現に中国政府はそれを重視している。よって、私たちは少なくともホワイトハウスの執務室から漏れ聞こえてくる戦争と平和に関する会話と同じくらい、習の言葉を重く受け止めねばならない。

(第2回に続く)

マット・ポッティンジャー

フーバー研究所特別客員研究員兼民主主義防衛財団中国プログラム長。
1973年生まれ。国家安全保障会議で上級職を4年間務め、国家安全保障に関し広範にわたる調整を担当。第1期トランプ政権の2019~2021年に大統領副補佐官(国家安全保障担当)を務める。大統領副補佐官就任前はアジア上級部長として対中国政策を含む政権のインド太平洋政策を担当。1990年代後半~2000年代前半にロイター通信と『ウォール・ストリート・ジャーナル』の記者として中国に駐在。2007~2010年に海兵隊員としてイラクとアフガニスタンに計3回派遣。その後、アジアに関するリスク分析を行うコンサルティング会社を設立するとともに投資ファンドでアジア研究を担当。

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