「台湾有事」の四文字をメディアでしばしば見聞きするようになった。しかし、解像度が粗いままで議論が進み、むやみに脅威を煽り立てたり、逆に杞憂と笑い飛ばしたりと極端な主張に終始しているケースが目立つ。
第1次ドナルド・トランプ政権で大統領副補佐官を務め、中国政策の専門家として知られるマット・ポッティンジャー氏が台湾防衛のために緊急提言する新刊『煮えたぎる海峡』(実業之日本社)の第1章「大きな試練の荒波」より、一部抜粋する。同著は、向こう数年間に起こりうる台湾有事の軍事シナリオを、徹底的に解像度を上げて具体的に分析し、日・米・台・欧・豪がいかに備えるべきかを説いた話題の書だ。
前回は中国・習近平の発言から台湾統一への覚悟と執念を読み解いたが、今回は軍事的に優位な中国に対抗する米国や同盟国の2つの課題を探る。(全4回の2回目)
本書は、習が台湾で破滅的な戦争に及ぶのを阻止するために、民主国家が早急に講じるべき実行可能で実践的な措置を提案する。
主に焦点を当てたのは軍事面だ。これは、敵対勢力に戦争を断念させるうえで経済や財務、情報、外交面のツールの重要性が低いからではない。ただ、それらがどれほど充実していようと、軍事的ハードパワーが強力でない限り、抑止に成功する可能性はほぼないに等しい。つまり、有効な抑止策にとって軍事力は欠くべからざるものなのだ。
戦争回避のための重要人物として本書で習近平を取り上げたのには理由がある。10年以上にわたり権力の一極集中を進めた中国に、戦争と平和の問題で習に並ぶ力をもつ意志決定者はいない。戦争での勝算や、台湾、米国、その同盟国の意図や能力を習個人がどう考えるかは、開戦の是非に関する習の判断を左右する重要な要素だ。オーストラリア人ストラテジストのロス・バベッジが第12章で述べているように、「抑止とは、自国の行動によって敵の意思決定エリートに可能な限り強い心理的影響を与え、自国に有利になるように敵の作戦を中止、延期、変更へと導くことである」。今日の中国に、「意思決定エリート」と呼べる人物は事実上ひとりしかいない。
この本で提案されているのは、ただちに実行に移すべき措置だ。執筆者たちはテクノロジーや兵器システムを結集するよう訴えているが、その大部分はすでに米国やその同盟国が保有している、あるいは開発・テストが完了して生産・調達が可能な状態にある。最大の課題は次の2つだ。
① 対艦ミサイルはじめ武器弾薬の備蓄が不十分で、迅速な増産手段が欠如していること。
② 米国と台湾に加え危機の影響を受ける他の民主主義国の国内、及びそれらの国家間における計画策定、訓練、予行演習、連携が不十分であること。
執筆者らは、今後2年間に民主主義国が本書の提案事項を速やかに実行すれば、2020年代末まで台湾有事を回避できる可能性は高まると考えている。その後は新型の兵器システムが開発され、同盟国側が手持ちの札を賢く使って、拡大を続ける中国の強大な軍事力を「相殺」できる可能性がある。
仮に私たちが2020年代に中国の抑止に成功するとしたら、それはまだ実現していない未来のプログラムではなく、「陳腐化した(レガシー)」軍事システムの力によるものだろう。米欧州軍最高司令官を務めるクリストファー・G・カボリ陸軍大将は、ウクライナ戦争の教訓として、「決め手になるのは、キネティック兵器(訳注/銃、爆弾、戦闘機など、運動エネルギーによって物理的に対象を破壊する兵器のこと)だ。[中略]そしてその効果の大部分はレガシー・システムによって得られる。したがって、有効な次世代の兵器システムがまだ出現していない段階で、いたずらにレガシー・システムを排除するのは時期尚早だ。そんなことをすれば、あっという間にお手上げ状態になるだろう」と語った。
となれば、レガシー・システムの機能を維持し、兵器生産規模を拡大すると同時に、新たなシステムの研究開発を進めるために、民主国家は防衛費を急増させる必要がある。今日の米軍は、第二次世界大戦初期以降で最も現役部隊の規模が小さい。インフレ調整がなされた米国の防衛予算は、戦争の広がりにもかかわらず縮小傾向が続いている。GDPに占める割合で見た米国の年間防衛支出は、ソ連との直接的な衝突を避けて東西冷戦の行方を決定づけたレーガン政権時にピークを迎えた(6.8%)が、現在はその半分にも満たない(3.1%)。この数字が示すように、ワシントンは20世紀の手痛い教訓――血塗られた教訓――を忘れつつあるのかもしれない。
かつてのナチス・ドイツ国防軍を思わせる中国を相手に抑止策を強化するのは、なかなかの難題に思える。とはいえ、中国にも弱点は多い。いまや世界最大の海軍を擁すると言われているが、その水上艦(これがなければ台湾を軍事的に制圧することは不可能)は、米国の攻撃型潜水艦だけでなく、数時間で西太平洋に到着し、安全な距離から対艦ミサイルを一斉に打ち放つことができる重爆撃機の格好の標的になりうる(そのため本書の第7章では、台湾有事の際に米国空軍はいま考えられている以上に中心的な役割を果たせるよう備えるべきだ、と訴えている)。
写真:新華社/アフロ