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2025.02.20 外交・安全保障

台湾海峡を中国海軍の墓場にする「煮えたぎる外堀戦略」とは
『煮えたぎる海峡』第1章より(3)

マット・ポッティンジャー

 「台湾有事」の四文字をメディアでしばしば見聞きするようになった。しかし、解像度が粗いままで議論が進み、むやみに脅威を煽り立てたり、逆に杞憂と笑い飛ばしたりと極端な主張に終始しているケースが目立つ。

 第1次ドナルド・トランプ政権で大統領副補佐官を務め、中国政策の専門家として知られるマット・ポッティンジャー氏が台湾防衛のために緊急提言する新刊『煮えたぎる海峡』(実業之日本社)の第1章「大きな試練の荒波」より、一部抜粋する。同著は、向こう数年間に起こりうる台湾有事の軍事シナリオを、徹底的に解像度を上げて具体的に分析し、日・米・台・欧・豪がいかに備えるべきかを説いた話題の書だ。

 前回は軍事的に優位な中国に対抗する米国や同盟国の2つの課題を探ったが、今回は中国との衝突を回避するために台湾海峡で中国軍を封じる戦略に焦点を当てる。(全4回の3回目)

 中国が米国の空母を寄せ付けないほど大量の対艦弾道ミサイルを保有している可能性はあるが、米国には一丸となって台湾防衛に臨めば中国の企てを打ち砕けるであろう強力な同盟がある。この観点から第10章では、中国が台湾を攻撃すれば、日本も参戦を余儀なくされることがほぼ避けられない現状を、日本政府は公式に認めるべきだと主張している。平時のいまこそ意志を明確に示し、日本は積極的に動くまいという中国の希望的観測を一掃することが、戦争の可能性を低くすると考えられるのだ。

 物理的な距離で言えば中国と台湾は近いかもしれないが、地形が防衛側に特に有利なのも事実だ。台湾は海岸線に沿って山が連なり、上陸に適した砂浜は少なく、都市部は不規則に広がっているため、侵略者にとっては不吉な難所である。台湾は「ヤマアラシ戦略」を採り入れよと言われている。鋭いトゲで身を守り、攻撃されたらそのトゲで飢えた捕食者に致命傷を負わせるヤマアラシに倣え、というのだ。

 だが、地形以上にまさしく天恵と言えるのは、中国と台湾を隔てる海峡だ。漢時代の説客(ぜいかく)(訳注/古代中国の戦国時代に、諸国を遊説し領主の外交政策などに影響を与えた人物)である通蒯(かいとう)は、強い軍隊であろうと、金城湯池、すなわち「鉄の城壁と煮えたぎる外堀」で防御された国境沿いの都市を攻撃するのは控えよと助言したという。台湾、米国及びその主要同盟国は「煮えたぎる外堀戦略」を採るべきだ。そうすれば、台湾海峡を台湾との戦争で中国軍の重心になるとみられる海軍の墓場にできるかもしれない。本書はそのためのアプローチをまとめている。

 また、全体を通して、関連するいくつかのテーマを考察している。

① 台湾の民主主義、主権、成功の運命は、アジアやそれ以外の地域における民主主義、主権、成功の先行きにとって重要な意味をもつ。

 仮に台湾が強制的に統一されても、広範囲に及ぶ破壊的な戦争さえ起きなければ、台湾征服の連鎖的な影響は阻止できるのではないか。そんな安易な考えについ頼りたくなる。というのも、思い返してみると、1960年代~70年代にかけて、ベトナム戦争で米国が敗北した場合のアジアの未来と同地域における米国の影響力について、不吉な予測がいくつも立てられたが、何ひとつ現実にならなかったからだ。ドミノ倒しは起こらず、インドシナ半島に共産主義が広まることもなかったからだ。1957年のサイゴン陥落から数十年間、米軍の拠点は減少しても、アジアにおける米国の経済的、政治的影響力は高まっていったのだ。

 しかしながら、ベトナム戦争と台湾有事を同列に考えるのは間違いだ。前例としてよりふさわしいのは、1940年代前半の大日本帝国だろう。当時の日本政府は、アジア諸国の何億人もの国民の同意も得ずに大東亜共栄圏を押しつけ、武力によって短期間アジア太平洋を支配した。2014年に上海での歴史的演説で習近平は、「アジアの国政を動かし、アジアの問題を解決し、アジアの安全を守るのはアジアの人々だ」と宣言した。これは、日本がみずから盟主となって支配するアジア経済・安全保障圏の構想を一方的に主張しはじめた1940年代に政府が標榜したスローガン、「アジア人のためのアジア」に不気味なほど似ている。

 第2章「台湾有事の影響」で私は、ガブリエル・B・コリンズ、アンドリュー・S・エリックソンとともに、中国が台湾を征服すれば地政学、貿易、核兵器の拡散、テクノロジーなどの多方面に予期せぬ深刻な影響が及ぶと述べている。台北の陥落は、ベトナムの南北統一以上に大きな意味をもつだろう。それは新たな帝国の出現の前触れだ――強硬な権威主義を貫き、米国と同盟国の利益を徹底的に否定する、中国の息のかかった帝国の。台湾が強制的に統一されれば、たとえ米国の介入がなくても、米中の緊張は氷解するどころかいっそう拍車がかかるはずだ。

② 長期的な抑止は、他の防衛目的の副産物として無計画に達成されるものではない。それがかなうのは、長期的な抑止が第一目標である場合だけだ。

 私たちが長年中国の能力や意図を軽視してきたのは遺憾であるが、近年は台北、東京、キャンベラ、及び米インド太平洋軍の司令部があるホノルルで新たに冷静な分析が行われている。ワシントンでは、「戦争は北京の利益にならない」という陳腐な気休めもようやく、徐々にではあるが聞かれなくなっている。

 それでも、本書の執筆者――投票によって選出されたリーダー、政策立案者、海軍将官、退役軍人、ストラテジスト、学者をはじめとする7つの民主主義国出身者――は、台湾危機に備えた計画策定、訓練、装備、連携が欠如している現実を憂慮している。同盟国の防衛予算は各軍種の要求を反映した案が作成され、議会の採決によって決定されるが、往々にして自己中心的で調整も行き届いていない。どうやらリーダーたちは、戦争抑止はしょせん重要な目的ではなく、コストをかけずに何かの拍子に達成できればいいと願っているらしい。こうした考えは改めねばならない。いますぐに。

 文民の最高指導者が机上演習や軍事演習に出席していない現状も変えるべきだ。ロバー ト・ハディック、マーク・モンゴメリ、アイザック(アイク)・ハリスが第7章で指摘しているように、台湾で戦争が起きて数時間以内に米国大統領が下す決断がその後の運命を決定する。最高司令官として、大統領は最側近らとともに幅広いシナリオを想定した演習に参加し、さまざまな決断の結果を検証し、有事に自信をもって即座に行動できるようにしなければならない。台湾、日本、オーストラリア、その他の民主国家のリーダーも同じである。

 中国共産党は決して「ひるまない」と宣言しているものの、台湾に戦争を仕掛ける判断が重大な誤算になりかねないことを、習近平に納得させる道はある。これまでリスクを冒す覚悟を至るところで示してきたが、実際の行動を見る限り習はそれほど無謀なギャンブラーではない。とはいえ、抑止力の低下に歯止めをかけ、願わくは高めていくための時間は、刻々と減り続けている。

③ 米国と同盟国は弾薬生産能力を早急に拡大しなければならない。

 中国に一撃でやられないためだけでなく、相手が長期戦をもくろんだ場合に戦闘を継続するためにも、台湾と同盟国は武器弾薬を十分に備蓄する必要がある。いずれのシナリオを考えても、現在の民主主義国の武器弾薬の数は不足しているとみられる。兵器を製造できる工業力を平時から備えておくことは、有効な戦争抑止にとって不可欠の要素になるだろう。

 一筋の希望は、時間は攻撃側よりも防衛側に味方する可能性が高いということだ。「攻撃に必要なのは、何よりも迅速かつ断固たる決断である」と、プロイセンの軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツは古典『戦争論』に記した。「いかなる中断も、停止も、行動の猶予も、攻撃戦の本質と矛盾する」。中国が最初の攻撃に手間取れば、台湾が勝てるチャンスは広がる。だが、台湾がそれをやり遂げても、民主国家が見通しの甘さから兵器の製造に十分な投資をしなかったという理由で、その後の長期戦で台湾が敗北するような事態が起きるとすれば、あまりにも情けない。

 第11章を執筆した元自衛艦隊司令官の香田洋二元海将は、第二次世界大戦の戦局を決定づけた要因について、米国では1942年のミッドウェー海戦を挙げる向きが多いが、日本の軍事歴史家の見解は異なると述べた。むしろ、その後数カ月にわたる名もなき数多くの戦闘によるところが大きいと言う。米国は艦船や武器弾薬、戦闘機の高い生産能力と、進歩を続ける技術を活かして夜戦で優位に立ち、大日本帝国海軍を叩きのめした。香田が「破壊者の戦争」と呼ぶこうした戦いが、日本にミッドウェー海戦以上に大きなダメージを与えたのだ。いまや強固な同盟で結ばれている米国と日本は、戦闘ではなく戦争に勝利するための能力強化をともに目指さなければならない。中国を抑えられるかどうかは、そこにかかっている。

④ 戦争における最大の「ファクターX」は、国家の戦う意志だ。

 これは勇気あるリーダーの手腕で高めることができる。

 ウクライナ国民は、リーダーとともに戦う覚悟を決めれば、人々が何を成し遂げられるかを教えてくれた。2022年初めに彼らはロシア軍を撃退し、キーウは数日のうちに制圧されるだろうという敵も味方も含む大方の予想を覆し、あれから2年以上も強大な敵への降伏を拒んで戦い続けている。ただ、爆撃機や対艦ミサイル、潜水艦や魚雷、機雷やドローンと違い、戦う意志というものには形がない。戦争が起きる前に、国の意志を計り知ることは難しいのだ。

 台湾は新しい軍事文化を採り入れなければならない。こうした台湾の文化の移行を支援するのに米国が主要な役割を果たすことは可能であり、またそうしなければならないのは確かだが、台湾が目指すべきは米軍ではない。同じように厳しい戦争に直面している国、たとえばエストニア、フィンランド、ウクライナ、イスラエルを模範とするのがいいだろう。

 2023年6月、私はイスラエルの元将校と国家安全保障担当官とともに台湾を訪れ、軍高官や文民指導者と話をした。彼らによると、イスラエルでは若い男女が複数年の兵役義務に就く。また、イスラエルの予備役部隊は台湾よりも規模ははるかに小さいが、実戦を踏まえた訓練を頻繁に実施して、国防の中軸としての役割を果たしている。イスラエル社会では、兵役が非常に重んじられているという。正式な同盟国をもたないにもかかわらず、イスラエルは数のうえで勝り高度な技術力を有する敵に立ち向かい、1940年代以降すべての戦争に勝利してきた。

 2023年10月7日にハマスの攻撃を受けてから、国内で政治的意見の激しい対立はあったものの、打倒ハマスで一致団結すると、イスラエル兵士の精神は再びその強さを発揮した。第6章の著者――そのうちのひとりはイスラエルの退役軍人で、子息たちは今日もハマスやヒズボラを相手に戦っている――は、台湾は大きな社会的強み、すなわちより戦略的な文化を醸成することで地理的弱点を補うべきだと主張する。

 中国による台湾封鎖を突破して侵略を阻止するには何が必要かを、台湾の同盟国も明確に認識する必要がある。台湾戦争に勝利するためには、米国民はこれまでウクライナに実施してきた間接的な支援をはるかに上回る大きな犠牲を払わなければならない。米国が直接参戦しなくても台湾が長期間中国に抵抗を続けられるという希望は、まるで現実的ではないのだ。現在のウクライナ支援が1941年の武器貸与法(訳注/第二次世界大戦中、参戦前の米国が武器や軍需物資を連合国に供給することを認めるために定められた法律)による英国はじめ連合国に対する間接支援のようなものだとすれば、中国の攻撃の渦中にある台湾に対する米国の支援は、1950~53年の朝鮮戦争への直接参戦に近いものになるだろう。

 だからなおのこと、戦争を抑止することが望ましく、重要なのである。だが、米国や欧州の政治的議論に影響を与えてきた1930年代の孤立主義が抑止の足を引っ張っている。そうした孤立主義に対抗できるただひとつの手段――戦争を除いて――が、道徳的勇気(訳注/逆境にあってもくじけることなく、正しい行いを実行しようとする気持ち)に溢れたリーダーシップだ。この点について、自己を省みるべきは台湾だけではない。幸いにも、歴史を振り返ってみれば米国にはヒントになるエピソードや模範とすべきリーダーがいる ――1940年代前期のルーズベルト大統領、1940年代後期のトルーマン大統領、1950年代のアイゼンハワー大統領。1960年代のケネディ大統領、そして1980年代のレーガン大統領などだ。

(第4回に続く)

写真:ロイター/アフロ

マット・ポッティンジャー

フーバー研究所特別客員研究員兼民主主義防衛財団中国プログラム長。
1973年生まれ。国家安全保障会議で上級職を4年間務め、国家安全保障に関し広範にわたる調整を担当。第1期トランプ政権の2019~2021年に大統領副補佐官(国家安全保障担当)を務める。大統領副補佐官就任前はアジア上級部長として対中国政策を含む政権のインド太平洋政策を担当。1990年代後半~2000年代前半にロイター通信と『ウォール・ストリート・ジャーナル』の記者として中国に駐在。2007~2010年に海兵隊員としてイラクとアフガニスタンに計3回派遣。その後、アジアに関するリスク分析を行うコンサルティング会社を設立するとともに投資ファンドでアジア研究を担当。

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