「カナダを米国51番目の州にする」「メキシコ湾をアメリカ湾に」「パナマ運河の支配権を取り戻す」「グリーンランドの購入を望んでいる」――。容赦なく野心をむき出しにする、ドナルド・トランプ米大統領の再登板に各国が戦々恐々とする中、その本丸と見られている中国の一挙手一投足に国際社会の注目が向けられる。中国はトランプ2.0とともに現下の国際情勢、自らの置かれた立場をどのように認識し、どう対応しようとしているのかについて考えていきたい。
チェスと囲碁の戦略的思考
まず米国と中国がそれぞれに考えるゲームのルールから入っていきたい。リチャード・ニクソン政権で国務長官を務め、歴史的な米中国交正常化に導いたヘンリー・A・キッシンジャーによると、中国の戦略思考は囲碁というゲームによく表れているという[1]。
完全な勝利を目指すチェスに対し、囲碁は相対的な優位を忍耐強く積み重ね、しばしば僅差の長期戦である。それぞれが持つ白黒の碁石に力の差はなくどこに打っても良い。盤上の異なった場所でいくつもの戦いが同時に展開される囲碁は、相手の駒を減らしチェックメート(王手)に追い込むという目的達成型の思考と異なり、戦略的な柔軟性を必要とする。
こうした長期戦の囲碁的な思考の下、中国は現在の国際情勢をどのように捉えているのか。2017 年末に開催された駐外使節会議で習近平国家主席が初めて述べたと言われる「百年未有之大変局」(百年未曽有の大変局)が現在でも用いられる国際情勢認識である。すなわち、これまでの米国と一部西側諸国が主導する一極世界は終焉し、中国の台頭によって世界は多極化に向かう(東の台頭、西の衰退に伴うグローバルガバナンスの再編)というものである。多極化に加え、経済のグローバル化、技術革新、情報化、文化の多様化という大きな潮流。さらに、パンデミックに端を発したサプライチェーンの再編加速、保護主義の台頭という現実に世界は直面している。こうした国際情勢の大変革期が落ち着いた後、それ以前と比較していかに有利な状況になっているかが中国にとって重要なのである。
ナンバー1への長い道のり
中国は国内的には建国100周年(2049 年)に「社会主義現代化強国」を実現するという大目標を掲げている。同時に、世界という大きな盤面においては、米国一国支配から多極化へ向かわせ、中国に望ましい国際秩序を構築していくことが最大の狙いである。言い換えれば覇権国の交代ということであり、当然ながらこれはそんなに簡単なことではない。
そもそも、かなわない相手(米国)から標的にされるナンバー2の地位というのは、決して居心地のよいポジションではない。ナンバー2になったら最後、その座を追われるか、自力でナンバー1を引きずり下ろすか、覚悟を決めなければならない。ナンバー2というのは永遠に安泰なポストではなく、最も危険なポストなのである。中国の場合、そこに体制転覆を仕掛けられるのではないかと警戒し、なおさら強い危機感を抱く(これを「国家安全」と呼ぶ)。中国は否定しても、覇権にこだわっているように見えるのはそのためである。
米国の政治学者グレハム・アリソンが「トゥキディデスの罠(The Thucydides Trap)」として警告するように、覇権国に挑戦する新興国は当然ながら軍事的な緊張を強いられる。ここで囲碁的な発想、さらに孫氏の兵法で考えるならば、一か八かの軍事衝突という短期戦で決着をつけるのではなく、じわじわと味方を増やし、敵を孤立させながら長期戦で有利な状況を作りだそうとすることになる。
現在の中国に当てはめるならば、衝突を避けるためにまず強力な仲間を引き込んでナンバー1の攻撃から身を守ることが必要である。それがロシアとの「新時代の全面的戦略協力パートナーシップ」である。1970年代にはソ連との全面戦争に脅えて米国、日本に急接近したように、敵からの攻撃を回避するためには相手から、「両方と対峙するのは無理」と思わせるような強面のパートナーが好ましい。ロシアとは「仮面夫婦」であっても円満な関係にあることを装うことが双方にとって共通の利益なのである。
さらに長期的に味方を増やしていく仕掛けも忘れてはならない。それが習主席自ら打ち出した「一帯一路」構想、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立である。「一帯一路」の旗印の下に多くの国々を呼び込み、経済関係の構築によって中国の国際社会における主張に異を唱えない国々を擁していることが望ましい。またBRICSや上海協力機構(SCO)のように、特定の共通目標を有するプラットフォームというよりは、米国を警戒する仲間を寄せ集めるのも決して無駄ではない。中国は常に多数派の中にいる、孤立などしていない、と見せつけることが重要なのだ。
習主席は5月9日、ロシアのモスクワで開催される対ドイツ戦勝記念日の式典に参加する。また、9月3日の抗日戦争勝利80周年記念式典にはウラジーミル・プーチン大統領が中国を訪問し、併せてSCOの首脳会議も同時期に開催する予定のようだ。第二次大戦の戦勝国という国際秩序の擁護者としての立場をアピールすることも忘れてはならない。
中国が突きつけたレッドライン
では、このような長期戦の中で中国は米国との関係をどのようにコントロールしようとしているのだろうか。これについては、2024年11月16日、リマAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の合間に開かれた米中首脳会談で、習主席がジョー・バイデン大統領(当時)に対して「4つのレッドライン(越えてはならない一線)」として明確に主張している。
具体的には、(1)台湾独立に反対し、中国の平和的統一を支持せよ(2)「民主主義対権威主義」という偽りの構図を作って対立をあおり、民主と人権を口実に内政干渉するのはやめよ。(3)双方の違いを尊重し、相手方の制度を変えたり転覆しようとしたりすべきではない。米中どちらも相手を変えることはできない。(4)貿易戦争や科学技術戦争、人為的な壁や障壁、デカップリングや供給網の分断は、他国にも自国にも不利益しかもたらさない。発展の権利を保障せよ――である。
この4カ条は中国にとって極めてストレートな本音と言って良い。つまり、台湾問題に口を出すな、中国の進む道、経済発展の邪魔をするな、という言い分である。なぜならば、台湾統一と米国を追い越すことが習政権の使命だからだ。
トランプ氏再登板で、中国に追い風の面も
次に第2次トランプ政権と中国との関係を見てみよう。
大統領選では、中国に60%の関税をかけると言っていたトランプ大統領だが、実際にはカナダとメキシコに25%の関税を課す一方(発動1カ月延期)で、中国に対する追加関税は10%にとどまった。西側同盟国といえども、カナダやメキシコの例を鑑みれば、対岸の火事と見るわけにはいかない。西欧諸国が中国と良好な関係を維持しておくことはわが身を守るため上でも必要であり、中国からすれば、米国とその同盟国の間に隙間風を吹かせることが可能である。
また、バイデン大統領時代には、同盟関係や価値観外交を重視し、民主主義vs専制主義という構図を強調した。代表的なところでは、フレンドショアリングや「IPEF」(インド太平洋経済枠組み)、「AUKUS」(米英豪3カ国)、「QUAD」(日米豪印4ヵ国)といった重層的な安全保障協力を進めていたが、新大統領の関心はそれほどでもない。中国から見れば対中包囲網をわざわざ緩めてくれたと言ってよい。
トランプ政権が海外開発援助を担う国際開発局(USAID)の解体に動いていることも中国にとって朗報である。USAIDの予算は年間400億ドルに上り、米国の援助停止による空白は中国のアジアやアフリカにおける影響力をさらに拡大する可能性がある。また、USAIDは全米民主主義基金(NED)を財政面で支えており、中国がカラー革命(民主主義による政権転覆)の実働隊として警戒するNEDによる活動ができなくなれば、米国がわざわざ自ら堀を埋めてくれたようなものである。
「説教外交」を続ける中国、試練の4年間
一方で、中国をいらだたせる事態も起きている。マルコ・ルビオ米国務長官の就任後初の訪問国はパナマで、ホセ・ラウル・ムリノ大統領らと会談した。「中国共産党による運河地域の支配は容認できない」「運河を取り戻す」と息巻くトランプ大統領を前に、パナマもゼロ回答ともいかず、「運河を手放さない」としながらも、「一帯一路」からの離脱を表明。運河の両端のバルボア港(太平洋側)とクリストバル港(大西洋側)の運営権を握る香港企業(長江和記実業)子会社との契約を解除する検討を始めたとも報道されている。中国はすぐさま米国に対し厳重抗議したと外交部が明らかにした。運河の帰属もさることながら、中国からすれば、こともあろうに習主席の提唱する「一帯一路」にケチをつけるなどもっての外である。
2月7日の日米首脳会談についても中国外務省は在中国日本大使館の首席公使を呼び出し、「中国に関する後ろ向きな動きに深刻な懸念と強い不満」を伝えて抗議した。何が中国を刺激したのか。日米首脳共同声明を読んでみると、「中国による東シナ海における力又は威圧によるあらゆる現状変更の試みへの強い反対の意を改めて表明」「南シナ海における中国による不法な海洋権益に関する主張、埋め立て地形の軍事化及び威嚇的で挑発的な活動に対する強い反対を改めて確認」と刺激的な記述が並ぶ。ダメ押しは「国際機関への台湾の意味ある参加への支持表明」である。これを黙って見逃すことはできない。
さらに、米国務省は米台関係についての政府文書から「台湾独立を支持しない」との文言を削除した(2月13日付)。1月24日に王毅外相とルビオ国務長官が就任後初めて電話会談した際、王毅外相は「4つのレッドライン」をなぞる形で中国の原則的な立場を繰り返した。いわゆる「説教外交」である。中国側の発表では、「米国は台湾独立を支持しておらず、台湾問題が台湾海峡の両岸が受け入れられる形で平和的に解決されることを望んでいる」との言質を引き出したことになっていたので中国側が受けた衝撃は大きかった。
一方で、王外相はルビオ国務長官不在の中、G20外相会議(南アフリカ)、ミュンヘン安全保障会議、国連安全保障理事会、個別の外相会談と精力的に多国間の連携を訴えて回った(ミュンヘンでルビオ長官とは会談せず)。王外相は今や国際舞台において習主席が遂行しようとする使命を果たす重要な役割を担っている。中国の立場を説いて回る「説教外相」の面目躍如といって良い。
中国にとっては「百年未曽有の大変局」を乗り切る長期戦の中で、第2次トランプ政権はその成否を左右するものである。4年後、今よりも有利な国際環境が構築できているか、習政権の試行錯誤は続く。
写真:新華社/アフロ
[1]ヘンリー・A.キッシンジャー「キッシンジャー回想録 中国(上)(下)」岩波書店、2012年
地経学の視点
ナンバー2という、決してありがたくないポジションに甘んじる中国が覇権国家を目指すのは無理からぬことではないのかもしれない。味方をじわじわと増やし、その地位を目指す中国からすれば、トランプ大統領の強権発動による世界の分断拡大は絶好の機会にもなり得る。
トランプ政権側も抜かりはない。「一帯一路」をけん制し、台湾問題にもくぎを刺す。トランプ氏の大統領就任から間もないこの段階においても米中は火花を散らし合う。そして、世界はただ固唾を飲んで状況を見守る他ないといった状況にある。
台湾有事という大きな不安要素を抱える日本にとって、流れにただ身を任せるのはあまりにも危険と言える。日米同盟を軸とするのは言うまでもないが、中国をないがしろにし、挑発的態度に出たりすることはかえって状況を悪くするだけだ。双方とも利害関係を持つ日本が果たす役割は大きい。能動的に外交力を駆使し、米中双方に働きかける努力が求められている。(編集部)