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2025.03.07 経済金融

過剰生産は今後も続き、鉱物資源を巡る対立も 米中貿易摩擦がもたらすもの

実業之日本フォーラム編集部

 米国のドナルド・トランプ政権は発足して早々、中国製品への一律10%の追加関税措置を発動した。中国側も米国からの一部輸入品に対する報復関税措置を表明しており、米中の貿易摩擦が激化しつつある。こうした米中の動きは、日本を含めた諸外国にどのような影響を与えることが想定されるのか。第一生命経済研究所の西濵徹主席エコノミストに聞いた。(聞き手=実業之日本フォーラム編集部:山下大輔)※本インタビューは2月27日に実施しました。

――トランプ政権の対中国追加関税について、どう評価されていますか。

 大統領選の最中には、最大60%の関税を課すと言っていました。ただ、大統領令でできることとできないことというのは当然ながらあります。60%となると、当然議会を通さなければならなくなります。即効性のある形を模索すると、大統領令でできる範囲の中になってきます。そういう意味では、十分に想定内の話だったと思います。

 即効性があって、かつ双方にとって決定的なダメージにはならないようにしたい。トランプ大統領側からすると、今回の措置は支持層へのアピールにつながるわけです。1番現実的で、妥当なラインとして10%という話になったのかなと見ています。

――中国側の報復関税の中身についてはどのように評価していますか。

 やはりトランプ政権側が打ってきたのが、まずは「ジャブ」だったということです。米国側が本気の措置を採ってこなかったことを踏まえて、中国側もジャブを打ち返した形なのでしょう。双方ともに探り合いをしている印象です。中国側も米国側に深刻な影響が出ることは避けられる内容だったのではないでしょうか。

――トランプ政権の対中国追加関税は中国経済にインパクトを与えるものなのでしょうか。

 単純計算でみると、GDP比で見ると0.2%押し下げるかどうかです。GDPが0.2%下押しされたとすれば、中国は目下のところ、GDPの5%前後の経済成長目標としていますから、実現のハードルが多少上がるのかなというところです。さらに、第1次トランプ政権以降、中国は対米輸出の依存度を低下させてきた経緯もあります。現状は深刻な影響が出るような内容(米側の追加関税措置)にはなっていない印象です。

活発化する中国企業の東南アジア進出

――今回の米国側の措置によって、中国からの輸出品の行先に影響を与えるでしょうか。

 限定的でしょうが、すでに第1次政権の頃からその輸出先の分散化を進めてきた経緯があります。そういう意味では、米中摩擦自体が収まるとはとても見通しにくい。そうすると、やはり不可逆的に分散化の流れというのは続いていくだろうと捉えています。

 東南アジアはやはり真っ先に向かいやすい輸出先です。加えて、中国企業が生産拠点を東南アジアに移すという流れも活発化してきています。東南アジアでは今、中国の電気自動車(EV)メーカーがどんどん工場を建てており、部品から何から何まで中国本土から丸ごと持っていく形を採っています。そういったことから、東南アジア産業の空洞化への危惧が広がっています。その上、工場の自動化が進んでおり、雇用拡大もそこまで期待できません。

 東南アジアに工場は作ったのは良いけども、アセンブリー(組み立て作業)しかしていない。例えば、日本の自動車メーカーは、タイに工場を作った時など、部品メーカーといった裾野産業も現地で育てました。中国の場合は対照的です。実は、東南アジアだけでなく、メキシコでEVを作る時も、そういう動きが見られます。恐らく東南アジアのみならず、中南米やアフリカなどにも今後、中国メーカーが進出していくことになると思います。

 アフリカにおいては、トランプ政権下で南アフリカへの支援停止や、USAID(米国際開発庁)の閉鎖などの動きもあります。そうすると、物資も現地に届かないということになります。そこに中国が手助けをするという名目で、虎視眈々と進出の機会をうかがうという流れになっています。

鉱物資源の高い精錬・精製能力を持つ中国

――米国が中国に対し、今後も追加関税などの措置を採った場合、中国としては関税以外にどういった対抗措置を講じる可能性があるでしょうか。

 中国に進出する米国企業への立ち入りや許認可の見直しといった、ある意味「嫌がらせ」のようなことを強めることが考えられます。レアアースやレアメタルに関して言えば、世界的に見ても中国の精練・精製能力は圧倒的です。これらの鉱物は採掘するだけでは不十分で、精錬・精製能力が非常に重要です。レアアースやレアメタルの輸出をグリップすることで、米国側に圧力をかけていくということは十分にあり得るでしょう。

 実際、トランプ大統領がウクライナとの鉱物資源協定締結に少し前のめりになっているのも、こうした背景があることが想像されます。米中貿易摩擦が激化することを想定して、防波堤を自分たちの方で持っておきたいという意図が見え隠れします。

デフレ輸出の広まりも懸念

――トランプ大統領の厳しい措置によっては、中国側がデフレ輸出のトレンドに何らかのてこ入れをすることはあるのでしょうか。

 中国の景気対策に関して言えば、基本的には内需の喚起をどうにかしたいという視点で2024年後半あたりから動いています。一方で、過剰感が懸念される供給力を低下させようという動きは全く見られません。やはり生産は延々と拡大を続ける状態になっていて、それを米国向けに供給できないなら、他の国にどんどん広げていくことになります。余計に中国発の「デフレ輸出」の動きが広がるかもしれません。産業基盤がない国は輸出の対象となっていくでしょうし、産業基盤がある国では、進出している中国企業を支援することで、国内企業が駆逐されることもあり得ます。

 足元、中国経済が持ち直しているという話もありますが、需要喚起策、いわゆる買い替え促進で奏功しているわけです。ただ、EVなど耐久消費財は一度買えば数年は買い替えません。こうした話は一過性なものですから、当然反動も出てきます。そうすると、今まで生産したものはどうなるのかという話に当然なってきます。

――この米中摩擦が日本の貿易や通商政策にはどのような影響を与えるでしょうか。

 今回の第2次トランプ政権が採っている通商政策のポイントは、「例外はない」ということです。つまり、日本にさえ振りかかってくる可能性があるわけです。そうすると、日本としては、対米もさることながら、中国に生産拠点を置いて輸出している日本のメーカーも含めて対応せざるを得ません。日本企業のあり様そのものに色々と影響が出てくるということは、念頭に置かなければなりません。

 また、中国製EVが日本にどんどん流れ込んでくる懸念もあります。中国のEVメーカーは宣伝も巧みで、攻勢をかけてきています。日本の場合、EVはどこのメーカーであれ補助金の対象とされています。日本の政策当局も危機感を持って対策を進める必要性がこれまで以上に高まっていると思います。

写真:ロイター/アフロ


西濵 徹:第一生命経済研究所 主席エコノミスト
2001年国際協力銀行入行、同行ではアジア向け円借款業務やソブリンリスク審査業務等に従事、2008年第一生命経済研究所入社、2015年より現職。アジア、オセアニア、中東、ロシア、アフリカ、中南米など新興国・資源国のマクロ経済と政治情勢分析を担当。

地経学の視点

 米政権の中国に対する追加関税措置は、大統領選中のトランプ氏の「最大60%を課す」という発言を振り返れば、数字自体は小さくなった印象を受ける。とは言え、中国側も対抗措置を採っており、3月に入ってからは新たな追加関税も表明。米中貿易摩擦の激化が懸念される。

 問題はこうした応酬が世界に与える影響だ。西濵氏は、米国からの関税措置を警戒して、中国メーカーが海外に拠点を移している現状を指摘する。これらメーカーには、現地での部品調達や雇用面での貢献といった移転先の国に対する配慮が見られない。しかも、米国がこうした動きを迂回輸出と見れば、移転先の国々への追加関税も懸念されることになる。

 日本にとっても他人事ではない。行き場を失った安い中国製品が流れ込めば、当然ながら日本企業の生産活動にも影響を与えることになる。次の展開を予測しようにも、米中双方が探り合いをしている状況であり、視界不良と言える。官民が情報を共有することは言うまでもないが、政策当局には、機動的な経済政策が求められる。(編集部)

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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