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2025.03.10 経済金融

IMFとの協調抜きでは成功しない米国の「ビットコイン大国」戦略

松嶋 真倫

 世界で初めて暗号資産の代表格「ビットコイン」を法定通貨として導入したエルサルバドルが、IMF(国際通貨基金)によって戦略転換を余儀なくされた。

 これまでIMFは、価格変動の激しさや、国際通貨制度の安定性を損なうリスクを懸念し、ビットコインに対して慎重な立場を貫いてきた。特に、エルサルバドルのような新興国がビットコインを法定通貨として利用することに強く反対してきた。最近では、多額の債務を抱える同国に対してビットコイン政策の抑制を求め、「民間によるビットコイン決済の受け入れ義務化」の廃止や、税金支払いを米ドルのみとすること、ビットコインを保管するための政府提供の公式ウォレット「Chivo」を民営化すること——などをIMFが同国に融資する条件として課した。エルサルバドルはIMFの提示した条件を受け入れ、ビットコインの法定通貨政策は事実上、撤回された。

 一方で、IMFはエルサルバドルによるビットコインの保有や追加購入については容認しており、従来の強硬な姿勢から一定の歩み寄りを見せている。その背景には、米国における暗号資産推進の動きが大きく影響していると考えられる。1月に就任したドナルド・トランプ大統領は、デジタル資産に関する規制を明確化し、金融システム内での利用拡大を目指している。その一環として、連邦政府や各州では、ビットコインを国家の準備資産として採用する可能性について議論が進んでいる。すでに米国議会では5年間で100万枚のビットコインを購入する計画に関する法案が提出されており、テキサス州やフロリダ州などでは州レベルでの導入も検討されている。

 もし米国が正式にビットコインを準備資産として認めるならば、この動きは他の主要国や新興国にも波及し、IMFとしてもビットコインの存在を無視することは困難になる。結果として、ビットコインは各国の外貨準備の一部として組み込まれ、国際金融市場における影響力を一層強めることが予想される。これにより、ビットコインは金に並ぶ「デジタルゴールド」としての地位を確立し、新たな準備資産としての役割を担うことになるだろう。

 しかしながら、この変化はIMFや国際通貨制度そのものに深刻な影響を及ぼす可能性がある。

ビットコイン台頭によるIMFの役割低下

 これまでIMFは、国際金融市場の安定を維持するために、加盟国への融資や経済調整を通じた支援を行ってきた。特に、SDR(特別引出権)を活用し、加盟国が外貨不足に直面した際に国際的な流動性を補完できる仕組みを構築してきた。SDRは、米ドル、ユーロ、人民元、日本円、英ポンドの通貨バスケットに基づいて価値が決定される国際準備資産であり、加盟国はこれをIMFの融資返済、国際収支の調整、他国通貨との交換手段として利用できる。

 しかし、ビットコインが国際準備資産として広く採用されるようになると、IMFを介さずに資金調達を行う手段が拡大する。特に、ビットコインは国家間の金融規制の枠組みを超えて自由に取引できるため、これまでIMFが提供してきた流動性支援の機能の重要性が低下する。さらに、ビットコインを活用した国際決済が普及すれば、先ほどのエルサルバドルの事例のようにIMF融資を受ける際に課されていた政策条件や経済改革の義務が回避され、IMFの政策調整機能そのものが弱体化する恐れがある。

 SDRの信頼性も低下しかねない。SDRはあくまでIMFが管理するバスケット通貨の一部として機能してきたが、もし各国がビットコインを準備資産の中核に据えるようになれば、SDRの価値や存在意義は大きく後退することになる。これまで、SDRは国際金融市場での流動性供給の手段として、加盟国間の取引において使用されてきた。例えば、通貨危機などで外貨不足に陥ったIMF加盟国は、SDRと引き換えに他の加盟国から米ドルなどの外貨を受け取ることができたが、ビットコインの流動性と即時決済の特性が国際的に認知されるようになれば、各国の中央銀行がSDRを使用する必要性が減少する可能性がある。

 このように、ビットコインの台頭は、IMFの役割だけでなく、国際通貨制度の在り方を問い直す契機となる。これは国際金融の自由化を促進する一方で、分散型金融の拡大による資本規制の形骸化や、匿名性を悪用したマネーロンダリング(資金洗浄)の拡大といった新たな金融リスクを生じさせる。IMFが今後も国際金融の安定を維持するためには、調整機関としての役割を果たし、デジタル資産と共存する新たな金融秩序の設計に積極的に関与することが不可欠である。

「米国第一」が米国を弱くする?

 もう一点指摘すべきは、「ビットコイン台頭に伴うIMFの存在感低下は、米国の通貨覇権をも脅かしかねない」ということだ。

 これまでIMFは、米ドル建ての融資プログラムを通じて加盟国の経済安定を支援し、国際金融市場における米ドルの流動性を維持する役割を果たしてきた。また、SDRの運用においても米ドルを主要構成通貨とすることで、米ドルの国際的な需要を下支えしてきた。しかし、IMFの融資機能や流動性供給の重要性が低下すれば、各国の外貨準備や国際決済における米ドルのシェアが縮小し、基軸通貨としての優位性が揺らぐことになる。

 さらに、米ドルを基軸とした経済制裁の有効性も低下すると考えられる。米国は、SWIFT(国際銀行間通信協会)のネットワークを通じた国際決済の仕組みを管理し、各国に対して金融制裁を課すことで、国際金融システムにおける影響力を維持してきた。例えば、3年目を迎えたウクライナ戦争では、ロシアへの経済制裁として同国の特定の銀行をSWIFTから排除した。しかし、ビットコインを用いた国際決済が普及すれば、従来の決済ネットワークに依存しない取引が可能となり、制裁の回避が容易になる。特に、イランやベネズエラ、北朝鮮など、米国の経済制裁を受けている国々は、ビットコインを決済手段として利用することで、米国の経済的支配からの脱却を図る可能性がある。

 すでに「脱・米ドル化」の動きを見せている中国やロシアが、ビットコインを外貨準備の一部として採用する可能性もある。中国は、巨大経済圏構想「一帯一路」政策を通じた大規模なインフラ投資や、人民元建て融資の拡大により、国際貿易における人民元の役割を強化している。一方、ロシアはウクライナ侵攻後の金融制裁の影響を受け、人民元やビットコインなどデジタル資産を活用した貿易取引を模索している。もし両国がビットコインを積極的に外貨準備に組み入れれば、米ドルの国際的な優位性が揺らぎ、米国の通貨覇権へのさらなる挑戦となるだろう。

 このように、米国がデジタル資産の推進を進めることは、短期的には金融市場のイノベーションを促し、国際競争力を強化する要因となる。しかし、長期的には、これが米国の通貨覇権を揺るがす可能性がある。特に、米国がビットコインを準備資産として正式に採用し、その普及を容認すれば、各国が外貨準備の多様化を加速させ、米ドルの相対的な地位を低下させることとなる。さらに、米ドル建ての決済網に依存しない分散型金融の発展が進めば、米国が国際金融を通じて持つ影響力そのものが縮小しかねないだろう。先行き次第では、「米国第一」を目指すトランプ政権の政策が皮肉にも米国を苦しめてしまう、というわけだ。

国際協調なしでは通貨覇権を保てない

 とはいえ、米国がデジタル資産の分野を主導できなければ、他国が先行し、結果として米ドル離れが加速することになる。すでに中国やロシアをはじめとする国々が、脱ドル化の戦略の一環としてビットコインの将来性に注目しており、米国がこの分野で後れを取れば、米ドル覇権の維持はますます困難になる。もはや猶予はなく、迅速かつ戦略的な対応が求められているのが現実だ。

 こうした中、トランプ大統領は「米国を世界最大のビットコイン大国にする」と明言している。その真意は定かではないが、政府がビットコインを積極的に保有し、その価値を金と並ぶ準備資産として確立することで、米ドルの信認を支えようとする狙いがうかがえる。これは従来の金融システムの延長ではなく、デジタル資産が主導する新たな通貨秩序の中で、米国の影響力を維持するための大胆な試みである。

 しかし、米国がビットコインを準備資産として正式に採用するには、国内政策の枠を超え、国際的な規制の枠組みを構築する必要がある。特に、各国の中央銀行がビットコインを外貨準備の一部として保有する可能性を見据え、金融市場の安定を損なわない制度設計が不可欠となる。

 その上で、米国はIMFと協調し、ビットコインを含むデジタル資産の国際的な位置づけを明確にするルールを策定することが重要になる。将来的には、SDRの構成資産にビットコインが組み込まれる可能性も考えられる他、IMFがSDRをトークン(電子証票)化し、より機能的な準備資産として活用する選択肢も現実味を帯びるだろう。

 いずれにせよ、デジタル資産を巡る次世代の通貨覇権競争は本格化しており、米国はその中核にいる。この競争で優位に立つには、ビットコインを保有するだけでなく、それをいかに国際金融の枠組みに統合し、制度的に確立するかが、米国の覇権を左右する決定的な要素となる。

 米国でどのような規制が敷かれるかはまだ不透明だが、今後の政策判断は、新しいデジタル金融時代においても米国がその優位性を維持できるか、それとも地位を脅かされるかの分水嶺となるだろう。

写真:ロイター/アフロ

地経学の視点

 2024年11月の米大統領選でトランプ氏の勝利が決まった直後、ビットコインの価格は急騰し、翌月には初の10万ドルの大台を突破した。その後、トランプ氏の暗号資産を巡る発言や、暗号資産取引所のハッキング被害などによって騰落を繰り返しているが、長期的には上昇基調を維持している。

 

 米国では現物ビットコインETF(上場投資信託)が承認され、一般投資家も証券取引所でビットコインを購入できるようになった。かつて金がETFの登場で流動性を高めたように、ビットコインが「デジタルゴールド」として市場に受け入れられる素地はある。米国には、フランスの財務大臣が「途方もない特権」と呼んだ基軸通貨・ドルがある。ドルを追加発行し、発行枚数に限りがあるビットコインを買い進めれば、その価値はさらに上がっていくはずだ。「ビットコイン大国」構想には、一定の合理性がある。

 

 一方で、ビットコインが国際通貨としての地位を固めればドルの威光は失われる。中ロはじめグローバルサウス諸国が脱ドル化を図る中、「米国第一」であり続けるために通貨覇権をどう維持するべきか。トランプ氏の派手な演出とは裏腹に、米国もまた悩んでいる。(編集部)


松嶋 真倫

マネックス証券 暗号資産アナリスト
大阪大学経済学部卒業。都市銀行退職後に暗号資産関連スタートアップの創業メンバーとして業界調査や相場分析に従事。2018年、マネックスグループ入社。マネックスクリプトバンクでは業界調査レポート「中国におけるブロックチェーン動向(2020)」や「Blockchain Data Book 2020」などを執筆し、現在はweb3ニュースレターや調査レポート「MCB RESEARCH」などを統括。国内メディアへの寄稿も多数。2021年3月から現職。

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