実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2025.03.11 外交・安全保障

トランプ氏とゼレンスキー氏の会談決裂、最後に笑うのは誰か
現代米国論に詳しい渡辺靖教授に聞く

実業之日本フォーラム編集部

 2月28日に米国ホワイトハウスで開かれたドナルド・トランプ大統領とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領による首脳会談は異例の幕引きとなった。両大統領がロシアのウクライナ侵攻を巡って激しい口論となり、ウクライナの鉱物資源権益に関する協定への署名が急きょ見送られたからだ。その後、ゼレンスキー氏から関係修復の手紙を受け取ったトランプ氏は早期停戦に再び意欲を示した。現代米国論を専門とする慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖氏に、会談決裂の背景や今後の安全保障に及ぼす影響などについて聞いた。

(聞き手:一戸潔=実業之日本フォーラム副編集長)

――今回の会談決裂についてどんな印象を持ちましたか。

 ロシアがウクライナに侵攻後、トランプ氏から「私はウクライナと共にある」「われわれはウクライナの側に立つ」といった言葉を聞いたことがありません。ゼレンスキー氏はこうした米大統領としては異色のトランプ氏に今回の会談で向き合いましたが、公衆の面前で異議を唱えるというトランプ氏が一番嫌がることをやってしまったことが決裂を招いたと感じました。恐らく1番喜んでいるのはロシアのウラジーミル・プーチン大統領でしょう。

――米側が筋書きを用意して決裂を仕組んだという観測もあります。

 今回の会談では、J・Dバンス米副大統領も発言しました。通常、首脳会談の席で副大統領が発言するのはあり得ないことです。トランプ氏とバンス氏の間でゼレンスキー氏に圧力をかける台本が用意されていたとの見方もありますが、推測の域を出ません。ただ、一つ言えることはバンス氏の発言から雰囲気が一変し、ムードがどんどん険悪になったということです。私が直感的に思ったのは、今のトランプ政権にはイエスマンしかおらず、彼らがトランプ氏の関心を引こうと強硬な姿勢を示し、それによってトランプ氏が勢いづいてより過激になったのではないか、ということです。

トランプ氏は「法の支配」より「力の支配」

――会談後、トランプ氏は3月4日の施政方針演説でゼレンスキー氏からの関係修復を狙いとした手紙を紹介し、早期停戦に意欲を示しました。再交渉の行方をどう見ていますか。

 先日の会談では、鉱物資源権益に関する合意文書が用意されて内容はほぼ固まっていたと思いますが、結局、決裂してしまったわけです。トランプ氏はゼレンスキー氏の態度に「感謝の念がない」などと怒りをあらわにし、ウクライナへの武器供与の一時停止を指示。米国の軍事支援がなければウクライナの敗戦が確実なので、ゼレンスキー氏も折れて今回の手紙に至ったと思います。

 そういう意味で、ディール(取引)成立に向けたトランプ流の脅しがゼレンスキー氏に利いたと言えるでしょう。トランプ氏もウクライナ戦争の早期停戦を公言していただけに、会談決裂は見栄えがよくないし、ウクライナにある豊富な鉱物資源も欲しいだろうから、決裂のままでよいとは思っていないはずです。数週間以内に再度、英仏などの仲介を経る形で、トランプ大統領と首脳会談を実施して協定に合意し、米国は鉱物資源と引き換えにウクライナに経済・軍事支援を行い、欧州の有志連合が平和維持部隊を駐留させるといった停戦合意への道筋を描いていると思います。

――ロシア寄りの停戦が図られるのではないか、という声もあります。

 米国にとっては、ウクライナ問題よりもメキシコとの国境問題の方がはるかに重要です。さらに最大のライバルである中国への戦略に、よりリソースを振り向けたいと考えており、中露の関係にくさびを打ち込む狙いから、米国はロシアとの関係改善にも取り組んでいるわけです。

 ウクライナとの停戦が実現できれば、ロシアへの経済制裁を段階的に解除し、ロシアをG7(主要7カ国首脳会議)に戻して再びG8とすることで、中国に対する優位な立場を確保したいと考えているのではないでしょうか。プーチン氏の戦争犯罪を問うこともしないでしょう。

 侵略した側が利益を得ることは良くないことですが、米国からすると小国のウクライナよりも大国のロシアから、より大きな果実を得る戦略を採ったと思います。つまり、法の支配よりも力の支配を信じるトランプ氏にとって、力による一方的な現状変更は気にしないということです。

――欧州の安全保障はどうなるのでしょうか。

 これまでNATO(北大西洋条約機構)は米国に依存してきましたが、トランプ政権内には「防衛予算の割合が低いNATO加盟国への防衛義務を拒否すべきだ」との声もあります。米国の関与が後退した時に欧州がどこまで自ら身を削り、防衛費の負担にも耐え得るかが問われてくるでしょう。これまでは米国を批判すれば道義的な高みに立てたわけですが、今はそうではありません。逆に英国やフランスなどを中心に結束できるチャンスだと思います。

対中ディールで「捨て駒に」、台湾の疑米論が再燃か

――ウクライナ問題に決着をつけた後、中国対策にリソースを振り向けるという指摘がありましたが、台湾有事に際しての米国の対応をどのように見ていますか。

 米国にとって、中国は安全保障面の脅威であると同時に、経済的脅威でもあると思います。特にトランプ氏は、中国との経済的なディールを重視するあまり、安全保障面で少し前のめりの妥協をしてしまう懸念があります。

 最近のトランプ氏の「台湾を防衛するかどうかについて明言したくない」という発言は、曖昧戦略という面もあるとは思いますが、もしかすると、「いざという時に台湾を守らないのではないか」という疑念を抱かせているのは間違いありません。

 私は今年1月に台湾に行きましたが、現地の人からは「米国が中国との経済的なディールの代わりに、台湾防衛を明言しないという約束を米中間で交わすことになれば、自分たちは捨て駒として使われかねない」との声も上がり、米国は本当に信頼できるのかという「疑米論」が再燃しつつあります。

 その一方で、台湾は世界最先端の半導体を持っているので、さすがにトランプ政権もその最先端技術を中国に接収させることはしないだろうし、シーレーンが中国によって事実上管理されることも避けるだろうという楽観的な見方もあります。だから、台湾内でもトランプ政権の本音を見定めかねている状況だと思います。

――米国と同盟関係にある日本の役割や期待についてどのように考えていますか。

 トランプ政権に真っ向から反論すると、2倍返し、下手をすると10倍返しで圧力を増してくるかもしれません。特に、防衛問題は米国に依存している部分が大きいので、反論や対決をするというのはなじまないと思います。安倍晋三・元首相のように米国に寄り添いつつ、日本の事情も理解してもらい、できるだけ衝突を避けながらしのいでいくことになるでしょう。トランプ氏が任期中の4年間は、日本にとって「守り」の期間になると思います。

 一方で、トランプ政権が対中強硬路線を貫けば、経済的に中国への依存度が高い日本がどこまで歩調を合わせられるかという問題に直面し、米中間のバランスが難しくなることが予想されます。想像したくありませんが、トランプ氏が日本の頭越しに中国とディールを結んでしまう戦略的サプライズを想定しておく必要もありそうです。

 米中対立以外では、4月2日に発動される「相互関税」にも注意が必要です。貿易相手国の不公正さを強調し、日本の消費税や補助金、利上げ先送りなどが狙い撃ちされれば、追加関税をかけられる可能性があるからです。経済産業大臣が訪米して関税除外を直接申し入れると聞いていますが、そうした機敏な対応が重要になると思います。

――こうした米国の関税政策は報復合戦を招き、結果的に米国自身の首も絞めると思うのですが。

 トランプ氏の「関税観」というのはとてもユニークで、単に財政赤字を解消するためではなく、海外に進出した米企業が国内に回帰し、米国で商売をしたい外国企業は米国に直接工場を作るようになるという産業政策的な側面もあります。さらに、外交・安全保障の手段としても用いられ、あらゆる政策を進めるのに使える「万能薬」として位置付けられていると思います。

 ただ、関税をかけられた相手国も報復関税を課すのでどんどんエスカレートし、金融市場は大きく混乱するでしょう。ウォール街を一つの支持基盤としているトランプ氏にとって、こうした状況は好ましくないわけです。さらに、景気後退となれば支持者の人たちも痛みを伴い、一番重要とする経済分野で成果を出せない、株価も下がるとなると、さすがに関税合戦もある程度のところで矛を収めるのではないでしょうか。

 また、トランプ政権には関税政策を強力に推進しようとするMAGA(=Make America Great Again)派の人たちだけでなく、例えば、ウォール街出身のスコット・ベッセント財務長官のような関税政策の負の側面をしっかりと理解している人もいるため、一定の抑止力になると思います。

写真:UPI/アフロ

地経学の視点

 3月7日、トランプ氏はロシアとウクライナの和平合意が成立するまで、ロシアへの広範な制裁と関税を発動することを「強く検討している」と述べた。ゼレンスキー氏との会談決裂からほどなく、再交渉の用意があることを記した同氏からの手紙を評価した上で、プーチン氏への圧力も忘れず、停戦合意へ抜かりないようだ。


 渡辺氏が指摘するように、トランプ氏側にとって、優先順位が低いウクライナ問題にかける時間は限られ、早期の停戦合意とロシアとの関係改善がより重要となる。それは、対中戦略として中露関係を分断し、安全保障や経済の面で米国の優位な立場を維持したい思惑があるからだ。政権内に対中強硬派を揃え、中国対策にリソースを割きたい米国にとって台湾問題が焦点となる。


 ただ、トランプ氏が経済的ディールを重んじるあまり、安全保障を軽んじてウクライナと同様に台湾の頭越しに米中間で協議することになれば、台湾の人々が最も恐れる「捨て駒」にされる懸念もある。「頭越しされるリスク」は日本も同様だ。カナダやメキシコへの関税政策のように、方針が二転三転するトランプ外交に振り回されることは今後も続くだろうが、日本はその重心を見定めて米国とのディールを重ねながら、交渉力を高めていく必要がある。(編集部)


実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

著者の記事