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2025.03.11 外交・安全保障

不透明感強まるトランプ主導のガザ停戦、「2国家解決」につながるか
中東専門家・鈴木啓之特任准教授に聞く

実業之日本フォーラム編集部

 2025年1月19日、イスラエルとガザを実効支配するハマスの停戦合意が発効された。停戦は3段階に分かれ、3月10日現在、第1段階にあるが、恒久的な停戦につながるかは不透明だ。また、米国のドナルド・トランプ大統領はガザを「長期保有」すると発言し、ガザ住民を強制的に他国に移住させてガザをリゾート地として再開発する意向だ。当事者の意向を無視したプロセスで中東和平が実現するのか。そして停戦の先に見据えているはずの、パレスチナとイスラエルの「2国家解決」への道は開けるのか。鈴木啓之氏(東京大学大学院総合文化研究科特任准教授)に聞いた。

※本記事は、実業之日本フォーラムが会員向けに開催している地経学サロンの講演内容(2月19日実施)をもとに構成しました。(聞き手:鈴木英介=実業之日本フォーラム副編集長)

——停戦合意の背景について教えてください。

 停戦が合意に至ったのは、大きく二つの要因があります。一つは合意の枠組み変更です。実は「3段階での停戦」というアイデア自体は、2024年2月頃から出ていたものです。

 第1段階は戦闘を一時停止し、イスラエル軍がガザ地区の人口密集地から撤退。ハマスは女性と子どもの人質を解放します。第2段階では、イスラエルがガザ地区から部隊を完全撤退させ、ハマスは男性の人質を解放。ここで「恒久的停戦」に至ります。そして第3段階でイスラエルによるガザ封鎖を解除し、周辺国や国連も含めてガザ復興が行われる想定でした。

 これまでイスラエルは第2段階の「恒久的停戦」に反対していました。つまり、人質は返してほしいが、ガザ地区での戦闘を完全に終えるという言質は与えたくない。逆にハマスとしては第3段階、ガザの封鎖解除までいかなければ意味がない。2023年10月7日にハマスがイスラエルを襲撃したのは、そもそもイスラエルに封鎖されたガザの経済・社会状況が苦しかったからだというのがハマスの主張だからです。交渉は決裂し、その後も交渉が再開しては決裂を繰り返してきました。

 それが2025年1月に入って合意できたのは、意見が対立する第2、第3段階は後で交渉することにしたからです。それまでは第1・第2・第3段階をまとめて合意することになっていました。しかし、1月の合意は第1段階をスタートさせることを優先したのです。

 つまり、ハマス側が約30人の女性と子どもの人質を解放する。イスラエル側は人質1人に対し、パレスチナの政治囚100〜200名を解放する。ガザ地区に人道支援物資のトラック搬入を認め、人口密集地からイスラエル部隊を撤退させる。第2段階以降については、第1段階が決まってから16日後から詳細を取り決める——という合意内容でした。逆に言えば、途中で決裂する可能性があります。

 なぜ難題を先送りしてまで合意したのか。これがもう一つの要因である米国からのプレッシャーです。ジョー・バイデン大統領退陣のはなむけもありますが、それ以上に大統領就任を控え、ガザ停戦を成果としたいトランプ陣営から、イスラエルに相当な圧力がかかった。イスラエルとしても、自分たちの主導権を残しつつ「停戦」と言える体裁を整えるために考え出されたものだと思います。

予断を許さぬ停戦の行方

——「第2段階」には進めそうなんでしょうか。

 予断を許しません。第1段階が崩壊しないよう、ハマス・イスラエル双方が努力しているというのが現状だと思います。

 想定外の事態も起きています。合意発効の初日である1月19日に3名の女性の人質が解放され、以降3〜4日に1回、ハマスが生存している女性と子ども1人を解放するということになっていたんですが、途中で、人口が密集するガザ地区中部にある緩衝地帯、イスラエルが「ネツァリム回廊」と呼ぶ地区から「イスラエル部隊が撤収していない」とハマスが指摘しました。ここに部隊が駐留しているとガザが南北に分断され、人が移動できず、停戦合意違反だと主張したのです。イスラエルは「追加で人質解放されればネツァリム回廊から撤退する」とし、それが果たされたことで、部隊は1週間ほどで引きました。

 次に起きたのが物資不足です。ガザの戦闘は北部から南部に向かって1年半にわたって展開したので、避難民は主に南部に集中していました。南部の避難キャンプは劣悪な環境ですし、自宅に戻りたいということでガザ住民が数十万人規模で北部に移動しました。しかし、北部に残った建物はほとんどなく、人々が身を寄せるテントが必要になります。

 ところが、イスラエルが搬入を認めた緊急人道支援物資には、衣料品、医薬品、食料品は含まれていたものの、テントが不足していました。ハマス側が「このままでは停戦第1段階の継続が困難だ」として人質の解放を渋りました。このときにトランプ氏が突然、「土曜日(2月15日)までに全ての人質が解放されなければ戦闘再開だ」と言い始めた。しかし、そもそも「人質全て」は合意にないものです。

 イスラエル側としても「全員解放されるならそれに越したことはない」と言っていたわけですが、実務者レベルでは「土曜日までに約束通り3〜4名が解放されなければ戦闘再開も辞さない」となった。決裂の危機だったのです。土曜日にハマスが、かなり健康状態が悪い男性を解放して、停戦が継続されました。

 その後も想定外の動きが続いており、第2段階、第3段階の詳細を詰める交渉が十分に行えていないのが現状です。

ネタニヤフ氏も仰天の「米国ガザ統治案」

——トランプ大統領が打ち出した米国によるガザ統治案について、当事国や周囲はどう受け止めているのでしょうか。

 「検討に値する」と言っているのはベンジャミン・ネタニヤフ首相率いるイスラエルだけです。周辺のアラブ諸国であるエジプトやヨルダンは米国の統治案に反対しています。彼らはイスラエルと和平条約を結んでいる一方、アラブ民族であるパレスチナとの仲介国になり得るわけですが、反対の立場です。ガザの戦後復興で経済的支援が期待されるサウジアラビアやUAEといった湾岸の大国も反対です。

 はじめにトランプ氏のガザ統治のアイデアが示されたのは、1月25日のエアフォースワン(大統領専用機)での記者団との問答です。トランプ氏は「ガザには150万人(実際は220万人)ぐらい住民がいるが、一掃する」「エジプトやヨルダンにガザ住民を受け入れてほしい」と言ったのですが、名指しされたエジプトやヨルダンは否定しました。

 その後、ヨルダンは子どもや病人など一部受け入れには賛同しましたが、全員は無茶です。ガザ住民220万人をエジプトと半分ずつ引き受けたとしても約100万人。それだけの難民を支援する経済的余力はありません。湾岸大国も「パレスチナ人を強制移住させるのは、民族浄化に該当する可能性がある」と訴えました。パレスチナ問題では民族浄化を絶対にさせないことが21世紀のモットーです。

 そして、2月5日にトランプ大統領がネタニヤフ首相とワシントンで共同記者発表を行った際、トランプ氏は、米国がガザを引き継ぎ、管理・所有すると言い出しました。一瞬耳を疑ったネタニヤフ氏は、思わず自身の体を横にいたトランプ氏の方に向けるほどでした。

 普通、こうした2国間の共同会見は、合意内容について記者がいる前方を見ながら発表するものです。ネタニヤフ氏はメディアに対するパフォーマンスが巧みな人ですが、その彼がトランプ氏を見て、それから舞台袖にちらっと目を向けました。イスラエルの外交団が控えていたのだと思いますが、彼らにトランプ氏の真意を尋ねようとするジェスチャーに見えました。米国の記者から、トランプ氏のガザ所有についてどう思うかと聞かれ、ネタニヤフ氏は「彼は異なるアイデアを持っている」と答えるのが限界でした。面食らっていたのでしょう。

 イスラエルには「ガザ地区をイスラエルが管理する」というイデオロギーを持つ政治家はいますが、米国がガザを管理すると言った政治家は1人もいないし、今までの中東和平構想でも米国管理の話は出ていません。共同発表の場であるにもかかわらず、水面下で調整もせず出てきたアイデアだと思います。

——トランプ氏はなぜそのような突拍子もない発言をしたのでしょうか。

 自分が主導権を握っていることへの誇示もありますが、彼がガザ問題を深く理解しようとしていないからでしょう。「米国が戦争を終わらせる」、そして「そんなにガザで争うなら取り上げる」という程度の認識だと思います。

 イスラエルとパレスチナの争いはヨルダン川西岸地区や東エルサレムにも課題があります。さらにはゴラン高原などまで含めればイスラエルとシリアとの関係も出てきます。イスラエルは当事者ですから問題の複雑さを分かっています。ガザを更地にして、住民がいなくなっても、それによってヨルダン川西岸地区にいる350万のパレスチナ人がどんな反応をするか想像できるわけで、到底イスラエルから出るアイデアではありません。

 「トランプ氏はガザを観光地化することでビジネスをもくろんでいる」という見方もありますが、私はディールを意識した深い考えがあったとは思えません。

パレスチナ人にとって「悪夢の2国家解決」も

——停戦が予定通り進めば、イスラエルとパレスチナが独立した主権国家として平和的に解決する「2国家解決」につながるはずですが、「民族浄化」ではその道が遠のきます。

 実はトランプ氏も2国家解決については賛成しています。ただ、それは私たちが想像するものとは異なります。

 この30年ほどのコンセンサスである「2国家解決」とは、ヨルダン川西岸地区とガザ地区合わせてパレスチナの国になる。「自治区が国になる」というものです。トランプ氏は第1次政権末期の2020年1月、中東和平プランを発表しています。このときは「ガザ地区はパレスチナのものになる」という構想でした。しかもガザからシナイ半島に並走するような形でハイテク地区と居住地区を作って、ガザの経済的困窮と住宅問題を一挙に解決するというものです。

 そして、イスラエルにネゲブの砂漠地帯の一部の土地を諦めさせ、そこに工業都市を作る代わりに、ヨルダン川西岸地区のうち、既にイスラエル人が住んでいる土地はイスラエルのものにする。つまり、国際法違反と言われているイスラエル入植地は撤去せず、イスラエルに併合する。ネゲブの一部をパレスチナに譲り、入植地はイスラエルに併合するので差し引きで全体の土地の大きさは変わりません。「これで 『2国家解決』だ」というのが第1次トランプ政権の提案でした。パレスチナにとっては入植地の撤去が解決の前提であり、この案は拒否されました。

 しかし第2次では、米国がガザを所有する方針に転換した。2国家解決を引き続き模索すれば、ガザはパレスチナのものではなくなる上、ヨルダン川西岸地区をパレスチナ人の国とイスラエル人の国に分割するなどと言いかねません。そうした危機的な状況にあると思います。

——2023年10月7日のハマスによるイスラエル襲撃は強く非難されるべきですが、水質汚染や電力不足といったガザの惨状は「10・7」以前から国連が警告していました。彼らの窮状が変わらなければ、「第二の10・7」を引き起こすのではないでしょうか。

 そのリスクは残ると思います。パレスチナの人々が求めているのは「個人の権利が守られること」です。近代世界で、ある民族集団の個人の権利を守るためには国が必要です。国そのものが消失する危機の中で、パレスチナの人々はどうやって個人の権利や尊厳を保てばいいのか。その道が断たれたと思ったとき、多くの人は絶望のまま生きるでしょう。しかし、絶望から過激な行動に走ってしまう人が100人に1人はいるかもしれない。パレスチナ人のおよそ500万人で換算すると5万人。ハマスの武装勢力は約3万人とされます。長期的な話ですが、それだけの勢力があれば、新たな抵抗運動組織が起ち上がるかもしれません。

日本がパレスチナを支援する意義

——日本は以前から他国との連携や国連などを通じてパレスチナへの支援を続けてきました。ただ、「米国第一」を掲げるトランプ政権が国際協調に後ろ向きな姿勢を示す中で、人道面を含めた国際的な支援は日本の国益につながるのでしょうか。

 従来、日本は政府主導の支援に加え、国際NGOに補助金を出すなど国際的な支援も続けてきており、パレスチナ社会では日本の取り組みは非常に高く評価されています。

 日本の支援は国連の活動としての側面もあります。常任理事国の度重なる拒否権行使などで「国連は機能不全に陥っている」との批判もありますが、それでも紛争地で最初に支援に入る国際機関は国連です。日本は、UNDP(国連開発計画)やUNRWAを通じてパレスチナ社会に支援をしてきました。中でも、日本がUNRWAに拠出開始したのは1953年、つまり日本の戦後の国連復帰よりも3年も前からパレスチナ難民を支援しています。

 国連への貢献だけでなく、日本は原油の9割を中東に依存しており、パレスチナ支援が中東の安定にもつながるという意味で国益でもあります。自国第一主義が台頭しつつある中で、むしろ人道支援などを通じて日本が率先して規範を示し、それをテコにして国際的なパワーにつなげていく、そうした戦略が日本に求められるのだと思います。


鈴木 啓之:東京大学大学院総合文化研究科 特任准教授。
2010年3月に東京外国語大学外国語学部卒業、2015年5月に東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学の後、日本学術振興会特別研究員PD(日本女子大学)、同海外特別研究員を経て、2019年9月から現職。博士(学術)。

地経学の視点

 鈴木氏が懸念するとおり、3月10日現在も、停戦第2段階に向けた協議は滞っている。トランプ大統領が掲げたガザ住民の強制移住案は、かえってイスラエルとハマスの交渉を複雑にしている。


 トランプ政権は力づくでも中東紛争を早期に決着させ、経済・安全保障両面で脅威を強める中国の封じ込めに注力したいのだろう。G8への復帰を主張するなどロシア寄りの姿勢が目立つウクライナ戦争の停戦交渉も同じ意図が透ける。しかし、法の支配より力の支配を優先するかのような米国の姿勢は、中国やロシアといった大国の「力による現状変更」を許すことにもなりかねない。


 大国都合でルールが決まれば、日本も含め大きなパワーを持たない国は従属するしかなくなる。国際協調が軽視されつつある今だからこそ、日本の役割は大きい。パレスチナ支援などを通じてその努力をアピールしながら、国際社会の結束を強める覚悟と戦略が日本に求められる。(編集部)


実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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