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2025.03.12 外交・安全保障

2国間交渉重視のトランプ新政権で日米豪印枠組みの「QUAD」は揺らぐのか

長尾 賢

 2期目となるドナルド・トランプ大統領の外交政策が非常に速いペースで世界に影響を与えつつある。トランプ大統領は2国間交渉を重視しており、経済・安全保障上の多国間枠組みへの影響が懸念される。中でも日本にとって気になるのは、中国に対抗する枠組みがどうなるかだ。対中戦略では、インド太平洋で影響力のある日本、米国、豪州、インドの4カ国の枠組み「QUAD」を通じた協力関係が重要となる。そこで、本稿では、トランプ外交の特徴を分析した上で、QUADの将来展望や日本が採るべき政策を解説する。

 2025年1月20日のトランプ政権成立以後、どのような外交を展開しているかを分析すると、3つの特徴がある。1つ目は多国間枠組みよりも2国間交渉重視の姿勢である。トランプ大統領は就任後1カ月の間、多国間の会議には閣僚を参加させ、本人は1つも出席していない。このような傾向は2016~2020年の第1期トランプ政権でも顕著で、対話し、脅しをかけ、取引(ディール)を行う2国間の方が、会談がシンプルで、合意形成がしやすいからだろう。

 2つ目が中国対策重視だ。トランプ政権は、大統領就任式に日印豪の外相を招き、QUAD外相会談を行った。また、トランプ大統領が就任から1カ月の間にホワイトハウスで会談したのは、イスラエル、日本、ヨルダン、インドの指導者であり、電話会談でも最初の会談相手はサウジアラビアであった。過去の米政権では、最初に欧州、特に英国の指導者と会談することが多かったため、インド太平洋や中東の指導者ばかりと会談したのは異例だ。これは、トランプ大統領が中東と並んでインド太平洋周辺地域を重視していることを示している。

 では、トランプ政権は中国対策をどのように考えているのか。垣間見えるのは、中国とロシアを分断させようとする姿勢と、関税を利用した攻勢である。

 トランプ政権は、ウクライナ戦争を終結に導こうとしているが、これは中国からすると心配の種だ。ロシアはウクライナ侵略を始めて以降、西側諸国から経済制裁を受けたため、中国からの物資や資金の流入、中国へのエネルギー資源の売却など、中国との経済的な依存関係をより強めるようになった。しかし、停戦に向けてロシアが米国と協力関係を結び始めると、中国にとってロシアは信用できないパートナーに変わり、その分だけ中国は動きにくくなる。

 追加関税も、トランプ政権の中国対策をよく示すものになっている。トランプ政権は1期目から、「アメリカ・ファースト」を名目に関税を上げてきたが、実際には、中国向けと他国向けの関税を使い分けてきた。例えば、直近の例では、米国は2月にカナダ、メキシコ、中国に対する関税を同時に発表し、カナダとメキシコからの輸入品には25%の関税、中国からの輸入品には10%の追加関税をかけるとした。一見すると、25%の方が高い関税のように見える。

 だが、カナダとメキシコに対する関税は交渉により1カ月延期され、中国に対してだけ関税がかかった。これは、カナダとメキシコへの関税は、交渉で解決の余地がある一方、中国に対する関税は交渉の余地がなく、対中政策として中国の国力を弱めるために課していると言える(その後、カナダとメキシコについては3月4日に25%の関税を発動したが、すぐに再延期。一方、中国には2月から課していた10%の追加関税率を3月に20%まで引き上げた。中国に対する関税は、今後も一時的な停止・延期はあっても上げ続けるだろう)。

米が日印に要求する武器・エネルギー・先端技術

 3つ目の特徴は、重視する項目である。トランプ政権は、日米首脳会談でも米印首脳会談でも、日本とインドに共通する項目で取引や技術協力を要求している。それは、貿易以外では「武器」、「エネルギー」、「先端技術」の3つであり、いずれも米国の対中政策に関連する。

 まず、「武器」については、例えば、日本に対してトランプ大統領は10億ドルの武器売却を承認したことをアピールし、さらに、防衛費の増額を求め、防衛費がGDP2%を達成する「2027年度より後も抜本的に防衛力を強化していくこと(日米首脳会談時の共同声明より抜粋)」について言及している。

 インドにはより具体的に、武器の名前を挙げている。米国との武器取引は、主に2つの分野に集中してきた。印中国境における中国への攻撃能力と、インド洋における対潜水艦能力だ。2025年2月の米印首脳会談の共同声明で言及された武器のうち、C-17大型輸送機、C-130中型輸送機、CH-47大型輸送ヘリ、AH-64攻撃ヘリ、空輸可能なM777火砲とストライカー装甲車、MQ-8B無人機は、主に印中国境でチベット方面の攻撃に使う武器である。

 インドは、印中国境でチベット方面に反撃に出る部隊として、新しく9万人規模の第17軍団を編成したが、この軍団は輸送機やヘリによる空中機動でチベット方面へ反撃に出ることを想定している。そのため、敵の防空網に打撃を与えることができる比較的高い高度で運用できる攻撃ヘリや、部隊を空輸する輸送機・輸送ヘリ、空輸可能な火砲、装甲車などが必要になる。さらに、米印共同声明では、F-35ステルス戦闘機の輸出にも言及しており、印中国境で中国軍の防空網に打撃を与える際に有効だ。

 一方で、共同声明に記述のあるP-8対潜哨戒機、MH-60R対潜ヘリ、MQ-8B無人機は、主にインド洋における対潜水艦能力を念頭に置いた武器である。中国がインド洋で潜水艦を頻繁に航行させていることは、シーレーンの防衛上、米印が警戒すべき動きだ。中国の潜水艦は、インドの対中核抑止力である核ミサイル搭載の潜水艦にとってはもちろん、米印の空母にとっても脅威である。

 「エネルギー」については、米国の主要なエネルギーを供給する先として日印両国が期待されている。これはトランプ政権にいくつかの思惑があるためと考えられる。具体的には、(1)エネルギー資源の供給量増大によってエネルギー価格を引き下げて経済を活性化させる、(2)環境問題が深刻化して化石燃料への風当たりがより強くなる前に輸出する、(3)対中政策を進める上でエネルギー安全保障が欠かせない――である。トランプ政権は、ウクライナへの軍事支援の見返りにレアアースなどの資源の権益獲得に関心を示したが、そういった動きもトランプ政権がいかにエネルギー安全保障を重視しているかを表している。

 「先端技術」では、日米首脳会談の共同声明で「AI、量子コンピューティング、先端半導体といった重要技術開発」が記されているほか、米印首脳会談の共同声明にも米印のトラスト構想「U.S.-India TRUST(=Transforming the Relationship Utilizing Strategic Technology) initiative」が盛り込まれ、特にAIに関して協力を加速させる方向にある。

 こうした技術協力の背景には、中国との競争で先端技術開発が重要となっていることがあるが、同時に日本は技術面で先行している国と捉えられていることや、各国でAIの技術開発をしている人材の多くがインド人であることも作用していると思われる。

より「対中安保重視のQUAD」へ

 このようなトランプ外交の傾向は、QUADの協力関係にどのような影響をもたらすのか。まず、トランプ大統領は2国間交渉を重視するため、QUADのような多国間の枠組みを重視するかどうか疑問が残る。しかし、先述したように外相レベルではQUAD4カ国は会合を実施し、日印間では首脳会談を開いている。この首脳会談の共同声明でQUADに言及している点からも、トランプ政権の対中政策重視の傾向がQUAD存続の方向によい影響を与えているものと推測される。

 ただ、QUADで話し合う中身は変わってくる可能性がある。QUADはもともと4カ国でアイデアを共有する枠組みとして機能してきたが、細部を詰めて政策に落とし込む際、QUAD加盟国が2国間単位で協議してきた経緯がある。逆に言えば、「2国間で実現しないことはQUADでも実現しない」ということだ。

 トランプ政権が日米、米印の2国間の首脳会談で、武器、エネルギー、先端技術を重視し、環境問題やワクチン外交などに関心を示していないことは、QUADも同じ方向に進むことを意味していると言える。つまり、QUADはより中国を念頭に置いた安全保障重視の方向へとかじを切っていくことだろう。

 こうしたQUADの安全保障重視の方向性は、日本にどのような影響を及ぼすのか。トランプ政権がより強い対中政策を採用する場合、その恩恵を最も受ける国が日本になる可能性がある。なぜなら、トランプ政権が中国に強い態度に出た場合、中国は日本やインドなどに融和的な政策を採って、日米、米印の分断を狙ってくることが予想されるからだ。そのため、日本はトランプ政権が中国に対してより強硬な態度をとることを支持する立場にある。

 ただ、トランプ政権は、米国の有権者に同盟や友好が自国の国益になっているかどうか、具体的に示そうとする政権でもある。ウクライナ支援に関しても、見返りとしてレアアースなどの採掘権を求めるし、NATO(北大西洋条約機構)に対しても、米国に依存してフリ―ライダー(ただ乗り)になっていないかどうかを問う。このようなトランプ大統領の姿勢は、過去の実績よりも現在のパフォーマンスや貢献度を重視し、無能と思われる社員は解雇する米企業の経営方針に通じる。

「日本だからできること」「日本に求められること」を明確に

 そのため、米国の同盟国である日本も、防衛費の負担は当然のこととして、地理的に近い台湾防衛などで米国の国益にどの程度貢献しているか、具体的に示していくことが必要になるだろう。特に米国の対中戦略上、必要不可欠な国になることが求められる。

 それには、日本が米国にはない利点を活用すべきだろう。それはインド太平洋地域における日本の影響力だ。米国は過去、植民地支配してきた欧州諸国と同様に見られやすく、インド太平洋の国々から警戒されやすい。日本にも植民地支配の歴史があるが、同じアジア人であるという絶対的に有利な条件を持っているため、米国が対中戦略を進める際に、東南アジアやインドなどで日本が仲介役として影響力を発揮し得るのである。

 ただ、対中戦略を考える場合、日本がインド太平洋の各国を支援するには、非軍事分野だけでなく軍事分野での協力関係も求められるだろう。そのために「政府安全保障能力強化支援(OSA)」をはじめとする武器供与と武器輸出はより重要性を増す。

 問題となるのは日本の戦略上、相手国にどのような能力を求めるのか明確にする必要があることだ。米国がインドに、印中国境での中国側に対する攻撃能力とインド洋における対潜水艦能力を持たせようとしているのは、米国の国益上、欠かせないと考えるからである。冷戦時代、米国が日本に対して対潜水艦武器を大量に輸出したのも、米国の国益の中で日本に持たせたい能力が明確だったからだ。そういった方針を定め、武器を売り込んでいる。

 日本の武器輸出・供与でも同様だ。日本として「われわれが相手に何を持たせたいか」、それが日本の国益、日本の対中国戦略にどのように貢献するか、特定していく必要がある。その上で、その能力を持たせるために日本が輸出できるものは何か。もしQUADで役割分担するのであれば、どの国がどの部分の責任を負うのか協議すべきだろう。例えば、日米は長射程のミサイル輸出はしないので、インドがブラモス超音速巡航ミサイルをフィリピンやベトナムに供給し、日本はそれを支援するセンサーやレーダー類の輸出を担うといったように役割を分担できる。

 そのためには支援する相手国の安全保障の研究をもっと進めていく必要がある。だが、これまで、日本はその分野の研究を怠ってきた。例えば、日本には海外の武器を研究・展示する国際的なレベルの研究機関や軍事博物館がない。諸外国が配備している武器を輸入し、その国の事情に基づく設計思想を分析することは、相手国の軍事戦略の研究において必要で、人材育成、武器の輸入と研究、展示による啓発などにもっと取り組むべきである。

 最近の事例では、日英伊3カ国の戦闘機の共同開発にサウジアラビアが参加を打診していることについて、日本だけが反対していると報じられている。この背景には、日本が英伊と違い、サウジアラビアのことを十分知らず、極端に不安視していることがある。これは、日本の海外における研究や連携の不足が招いたことで、今後、頻発する恐れがある。

 トランプ政権は今後もQUADを推進していくと思われるが、その中で日本が必要不可欠な地位を確保し存在感を高めるには、日本自身がインド太平洋をもっと知り、行動に移していくことが重要だ。トランプ新政権の誕生は、そのことを強く認識させる契機となるだろう。

写真:AP/アフロ

地経学の視点

 多国間の枠組みを好まないトランプ氏がQUADの存続をどのように評価するのか注目されている。「ちゃぶ台返し」のようなことがあれば、インド太平洋地域における対中抑止力の効果が薄れ、安全保障が脅かされかねないからだ。


 しかし、長尾氏が指摘するように、トランプ新政権の対中強硬派で知られるマルコ・ルビオ国務長官をはじめとする日米豪印の外相会談を早期に実現し、日印の首脳会談でも共同声明でQUADに言及していることから、存続への地ならしはできているようだ。トランプ氏にとっても、経済面だけでなく安全保障面でも脅威となる中国に圧力をかける包囲網と考えると、廃止する理由はないだろう。


 ただ、QUADを維持し安全保障体制を構築するには、平和の「ただ乗り」を嫌う米国がQUAD加盟国に防衛面で厳しい要求を出すことも予想される。現にトランプ氏は3月6日、日米安保条約について「われわれは日本を守らなくてはならないが、日本はわれわれを守る必要がない」と不満を述べ、ディールを匂わせている。同盟国・米国に圧力をかけられた場合に日本はどう対処するのか。QUADメンバーをはじめ各国が注目することだろう。(編集部)


長尾 賢

ハドソン研究所研究員
学習院大学で学士、修士、博士取得。博士論文では「インドの軍事戦略」を研究・出版。自衛隊、外務省での勤務後、学習院大学、青山学院大学、駒澤大学で教鞭をとる傍ら、海洋政策研究財団、米・戦略国際問題研究所(CSIS)、東京財団で研究員を務め、2017年12月より現職。日本では、日本戦略研究フォーラム上席研究員、日本国際フォーラム特別研究員、未来工学研究所特別研究員、平和安全保障研究所研究委員、国際安全保障産業協会ディレクター、学習院大学講師(安全保障論)などを兼任し、米印比スリランカで研究機関にも所属。著書:『検証 インドの軍事戦略―緊迫する周辺国とのパワーバランス』(ミネルヴァ書房、2015年)。2007年、防衛省「安全保障に関する懸賞論文」優秀賞受賞。英語論文も100本以上、海外メディアでのコメントは800件以上ある。

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