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2025.03.14 経済金融

4年目突入のウクライナ戦争で停戦の兆し、ロシア撤退企業がとるべき道は

和田 大樹

 2022年2月24日にロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始してから、3年が経過した。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はこれを戦争と呼ばず、ウクライナを非ナチ化するための「特別軍事作戦」だと一方的に主張したが、国際社会は「ウクライナの主権と領土を侵害する行為だ」と強く非難した。

 当初、ロシアは短期間でウクライナの首都キーウを制圧し、親ロシア政権を樹立する意図を持っていたとされるが、ウクライナ軍の予想外の抵抗と西側諸国の迅速な支援により、早期終結のもくろみは崩れた。その後、戦線は東部・南部に集中し、現在も膠着(こうちゃく)状態が続いている。

 欧米を中心とする対ロ経済制裁やウクライナへの軍事支援、ロシアと北朝鮮の関係強化、中立的な姿勢を見せながらもロシアと取引を続ける中国など、ウクライナ戦争は二国間紛争を超え、グローバルな対立の構図を浮き彫りにした。日本も、エネルギー価格の高騰やサプライチェーンの混乱など、経済的な影響を受けている。この3年間で、ウクライナ戦争は国際秩序やビジネス環境に深刻な変動をもたらし続けている。

 ロシアによるウクライナ侵攻後、欧米企業は迅速にロシア市場からの撤退を進めた。2022年3月以降、マクドナルド、コカ・コーラ、スターバックスといった消費者向けブランドや、BPやシェルなどのエネルギー企業が相次いで事業停止や撤退、ロシアとの合弁解消を表明した。

 これらの動きの背景には、経済制裁によるロシア市場の悪化に加え、消費者や投資家からの倫理的な圧力、つまり「戦争に加担している」と見なされることへのレピュテーション(風評)リスクを回避する意図があった。欧米企業にとって、ロシア市場は売上の一部を占めるに過ぎず、グローバルなブランド価値を守るため、撤退は合理的な選択だったと言えよう。この動きは、ロシア経済への打撃を狙う西側諸国の戦略とも連動しており、企業行動が地政学的意図と結びついた形となった。

撤退への慎重姿勢が目立つ日本企業

 日本企業もロシアからの撤退を進めた。例えば、トヨタ自動車は2022年9月、ロシアでの生産再開のめどが立たない状況を受け、サンクトペテルブルクにある工場を閉鎖し、ロシア国内での生産を終了することを決定した。その後、この工場はロシア産業貿易省が管轄する「自動車・エンジン中央科学研究所(NAMI)」に引き渡され、国有化された。

 日産も翌10月、「ロシア日産自動車製造会社」の全株式をNAMIにわずか1ユーロで譲渡し、ロシア市場から撤退する方針を発表。11月に株式売却が完了し、サンクトペテルブルクの日産工場はNAMIに譲渡された後、2022年末よりロシア自動車最大手「アフトワズ」がその工場で生産を始めた。さらに、マツダは同年11月、ロシア自動車大手「ソラーズ」との合弁会社の株式を1ユーロで同社に譲渡する意向を発表。いすゞ自動車は2023年7月、他の企業に遅れてロシアでのトラック生産や販売事業から撤退し、子会社の株式をソラーズに譲渡したと公表した。

 一方で、日本企業の撤退は、欧米のような全面的かつ即時的な動きではなく、段階的で慎重な対応が目立つ。帝国データバンクが公表した統計[1]によると、侵攻時にロシアに進出していた日本の上場企業168社のうち、ロシアからの撤退、事業停止など「脱ロシア」の動きを示した企業は約半数にとどまった。JETRO(日本貿易振興機構)の調査[2]でも、ロシアに所在する日系企業130社のうち約6割が「撤退済み」または「事業停止」と回答したものの、残りは様子見や事業継続を選択した。

 欧米企業が侵攻直後から次々と撤退を発表する中、日本企業は当初、様子見の姿勢を取った。前述のトヨタは侵攻から半年以上経過した2022年9月になってようやく撤退を表明し、その理由として部品供給の困難さや事業継続の不確実性を挙げたが、倫理的理由を強く打ち出すことはなかった。日清食品も現地での事業環境の悪化を理由に撤退したが、欧米企業のようにブランドイメージを守るための積極的な声明は控えめだった。他社の撤退が続き、国際的な圧力が高まる中でやむを得ず追随した形跡が見られる。

経済安保上の要請も

 前述のJETROや帝国データバンクの調査が示すように、日本企業の4〜5割がロシアでの事業を継続している背景には、いくつかの要因が考えられる。まず、ロシア市場が一部の日本企業にとって利益を生むニッチな市場である点が挙げられる。例えば、JT(日本たばこ産業)は、ロシアでたばこ事業を展開し、現地でも高いシェアを維持している。JT全体の収益に占めるロシア事業の割合が無視できない規模であり、脱ロシアにかじを切れない事情があると思われる。

 そのほか、様子見や事業継続を決めた日本企業には、現地生産拠点やパートナーとの関係を維持することで、将来的な市場再参入の可能性を残したい思惑もあろう。撤退による損失を避け、状況が改善するのを待つ戦略を取る企業も少なくない。欧米企業と異なり、株主や消費者からの直接的な倫理的圧力が比較的弱く、事業継続の判断が下しやすい環境も背景にあろう。

 経済安全保障上の要請もある。三菱商事と三井物産は石油・天然ガス開発事業「サハリン2」に出資を続けている。2025年2月現在、両社はロシア政府が設立した新会社に参画し、それぞれ10%と12.5%の権益を維持している。これは、日本政府がエネルギー安全保障を重視し、LNG(液化天然ガス)の安定供給を確保するため支援していることが背景にある。サハリン2は日本へのLNG供給の約9%を担い、代替調達が高コストとなるため撤退は難しい。一方で、2022年に両社はサハリン2の資産減額などを計上しており、ビジネス上の不確実性が高まっている。

 もちろん日本企業にとって、ロシアでの事業継続はレピュテーションリスクとなる。特に、欧米企業やその市場からの視線が懸念材料だ。ウクライナ政府は、ロシアで事業を続ける企業を「戦争支援企業」と名指ししており、JTもそのリストに含まれ、国際的な批判にさらされた。欧米の消費者や投資家は、こうした企業に対しボイコットや投資削減の動きを見せる可能性もあり、日本企業にとって西側市場でのブランド価値低下はリスク要因だ。

 しかし、非欧米圏、特に中国やインド、東南アジア諸国では、ロシアとの取引に対する倫理的批判はほとんどなく、日本企業がこれらの市場を重視する場合、レピュテーションリスクに伴う損失は限定されるだろう。

悩ましいロシア回帰

 一方、今後の論点として、「停戦が実現した場合にロシア回帰の流れが強まるか」ということがある。ドナルド・トランプ米大統領はウクライナ戦争の停戦を仲介しており、ウクライナは、米国が提案した「30日の即時停戦」を受け入れる用意があると発表した。これにロシアが応じて停戦が実現すれば、ロシアから撤退した企業には「回帰」という選択肢が出てくる。

 だが、仮に停戦が実現したとしてもウクライナの属国化を目指すプーチン大統領が自ら大きく妥協することは考えにくく、ロシア軍がウクライナ領土の一部を実効支配する問題は棚上げされる可能性が高い。その場合、ロシアでのビジネスにおけるレピュテーションリスクは残る。

 トランプ氏はロシアをG7(主要7カ国)に復帰させて「G8」に戻すべきだと主張するなど、今のところロシア寄りの姿勢が目立つ。トランプ氏が大統領任期の4年間通して親ロシアであるかは分からないが、仮にそうであったとしても、撤退した日本企業は簡単にロシア回帰にかじを切るべきではない。

 もちろんレピュテーションリスク以上に企業利益を優先しなければならない(あるいはレピュテーションリスク自体が小さい)ケース、サハリン2のように自国の経済安全保障との観点でバランスを取らざるを得ない事情もあろう。しかし、「そのままロシアに残る」ということと、「一度撤退を決めた企業が回帰する」ということでは、周囲の受け止めも大きく異なる。

 米国企業も、ウクライナ領土の一部支配が維持される中でロシア回帰を進めるとは考えにくい。なぜならば、(1)ロシアが自由や民主主義、法の支配を否定したことをきっかけに撤退したのであり、それが解決されぬまま回帰することは矛盾を来す、(2)他の欧米企業や市場からの批判が高まる、(3)撤退時と同様、回帰にもコストがかかる上、外交関係の悪化もあり、以前ほどロシア国民から親しまれない可能性がある——からである。これらはいったん撤退した日本企業の多くに当てはまるだろう。

 ウクライナ戦争は世界の分断を巡る問題であり、それが治癒されることは短期的にはあり得えない。そうであれば、日本企業もロシア回帰を即座に判断すべきではない。中長期視点でロシアビジネスの行方を探っていくことが重要になろう。

[1]帝国データバンクTDB Business View「日本企業の『ロシア進出』状況調査(2024 年 2 月)」
[2] JETRO「ロシア・ウクライナ情勢下におけるロシア進出日系企業アンケート調査結果 (2025年2月)」

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

地経学の視点

 ウクライナ戦争の3年間で、西側諸国とロシア・中国・北朝鮮などの非西側陣営との対立が深まった。停戦後のロシアビジネスをどう考えるかも重要だが、逆に停戦交渉が決裂して戦争がエスカレートする可能性もある。戦争激化によってグローバルサプライチェーンの寸断が顕著になれば、日本企業はロシア市場だけでなく、非西側陣営とのビジネス環境も悪化する恐れがある。和田氏は、「ロシアでの事業継続か撤退かの二択を超え、グローバル戦略全体を見直す必要性に迫られることになる」と指摘する。

 ウクライナ戦争の教訓は台湾有事にも当てはまる。中国に進出している日本企業は、倫理的批判や西側諸国との協調圧力が強まる可能性があるからだ。従って、それらの企業は「中台で本格的な軍事衝突が起こる前から撤退シナリオや事業継続の条件を明確化しておくべきだ」(和田氏)。グローバリゼーションがつまずき、世界の分断が進む中、企業の経営判断は難しさを増している。(編集部)

和田 大樹

外交安全保障研究者 株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師(非常勤)などを兼務。

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