2025年に入ってから、台湾周辺における海底ケーブルの損傷事件が注目を集めている。
2025年1月6日、台湾海巡署(日本の海上保安庁にあたる)は、1月3日の台湾北方の国際海底ケーブル損傷に中国人7人が乗船したカメルーン船籍貨物船が関わった可能性が高いと公表。海巡署は、バックアップが存在するため損傷による影響は出ないとしている。
2月25日には、台湾南部の沖合で、海底ケーブル付近に停泊していた貨物船(トーゴ船籍)が錨を下ろした直後、海底ケーブルの接続が切れたことを台湾の通信会社が検知したことが伝えられている。この貨物船には、中国人船員8名が乗船しており、海巡署は同船の船長を電信管理法違反の疑いで拘留した。
安全保障面でも重要な海底ケーブル
1850年に英仏間のドーバー海峡に初めて敷設された海底ケーブルは、当時の大英帝国の発展に伴い世界中に広がった。その後、電話の普及に伴って急速に拡大。最近ではデジタル化の波を受け、大容量通信が可能な光海底ケーブルとなっている。現在主要海底ケーブルの数は約450本、総延長は約140万㎞(地球約35周分)、世界のデータ通信の95%以上が海底ケーブルを経由している。
海底ケーブルは通信のみならず、経済や金融といったビジネス分野から国家の安全保障に至るまで幅広い役割を担う。海運との共通点も多い。国土交通省によると、わが国の貿易に占める海上輸送の割合は約99%だ。第2次世界大戦において通商を破壊されたことが日本の敗因になったことと同様に、海底ケーブル損傷は国家に重大な影響を与える。2023年2月に台湾馬祖列島の海底ケーブルが切断された際、電話やネットバンキング、航空機予約などに支障をきたし、1万人を超える島民の生活に影響が出たと報道されている。この一件も、中国船舶の関与が疑われている。
海底ケーブルの損傷は、バルト海でも発生している。台湾周辺の海底ケーブル損傷が中国の関与が疑われていることと同様、ロシアによるグレーゾーン作戦[1]として注目されている。
「意図的破壊」を証明するのは難しい
相次ぐ海底ケーブル損傷が安全保障に与える影響として以下の3点が指摘できる。
第1に、極めて重要なインフラであるにも関わらず、海底ケーブル保護に関する法的枠組みが不十分であることが挙げられる。国連海洋法条約第21条は、沿岸国に領海における海底電線(ケーブル)保護に関する規則制定の権利を認めており、領海における損傷に対し沿岸国は国内法を適用できる。一方、公海においては、全ての国が海底ケーブルを敷設できる権利を持つ(同法第87条)。ただし、損傷した場合の法令は、「自国に属する船または人が海底ケーブルを損傷した場合(第113条)」に限られている。
つまり、外国船舶が公海において意図的に海底ケーブルを損傷しても、当該船舶の調査を実施する権利がなく、取り締まりもできない。バルト海における度重なる海底ケーブル損傷を受け、北大西洋条約機構(NATO)は監視を強化する作戦を実施中であるが、実際に逮捕・拘留することは、法的にはできないとの指摘もある。
第2に、たとえ領海内で海底ケーブルが損傷しても、因果関係や故意であったかどうかを証明することが困難である点だ。貨物船などが海底ケーブルを損傷させる方法として、海底に錨を滑らせることが一般的である。風や波が強い場合、船が錨を引きずりながら流されることはよくある。これを意図的破壊活動か事故、または操船能力の欠如とするかは証明が難しい。
その実例として、バルト海の海底ケーブル損傷問題が挙げられる。スウェーデン当局は2025年1月、同国とラトビアを結ぶ海底ケーブルを損傷した疑いで、マルタ船籍の船舶を捜査。また、ラトビアから依頼を受けたノルウェー警察当局も、当時近くを航行していたノルウェー船籍の船舶(乗員全員がロシア人)を調べていた。ただ、いずれの船舶も「犯罪の関連を示す証拠はない」として乗員を釈放している。損傷との因果関係が証明できない以上、特定の国家による破壊活動であったことを証明するのはさらに難しい。
2月に海巡署がトーゴ船籍の貨物船船長を拘留したのは、この船が台湾の海底ケーブル敷設海域に所在していた点を重く見たからとみられる。同時に海巡署から注意喚起を行ったにも関わらず、投錨した上で海底ケーブルを破損するという因果関係が極めて明白であったためである。
第3は、海底ケーブルを損傷させるというグレーゾーン作戦は、費用対効果が比較的低いことである。今年1月、3月の台湾周辺の海底ケーブル損傷は、迂回ルートを使用することで、台湾の通信にほとんど影響を与えていない。重要な海底ケーブルは複数国にまたがって敷設されており、台湾だけに限って通信妨害を行うことが困難であることも指摘できる。
海底ケーブルの通信を盗聴や妨害する行為は、海底ケーブルに接続するデータセンターや通信装置にサイバー攻撃やバックドアなどを仕掛ける方が効果的かつ効率的である。台湾周辺やバルト海における海底ケーブル損傷は、中国やロシアによる破壊工作の疑いが濃厚だが、実際の破壊工作というよりは、その効果や方法を検証することを目的として実施している可能性が高い。従って、ことさら影響の大きさを吹聴することは、国民に不必要な脅威認識を持たせるだけであるといった点にも留意が必要だ。
国際的な協力や情報共有で抑止を
2023年に閣議決定された「第4次海洋基本計画」に海底ケーブルという言葉が出てくるのはわずか1カ所だ。しかも「海底ケーブルや陸揚げ局の安全対策に通信事業者と連携して取り組む。(警察庁、総務省、国土交通省)」とされているのみである。電気通信事業法には海底ケーブル敷設海域周辺を保護区域に指定することやケーブルを損壊した場合の罰則が規定されているが、これはあくまでも領海内に限られる。
国際間の海底ケ-ブルの保護には国際的な協力が必要だ。将来的には、公海上の海底ケーブル損傷に対する調査や拘留などについて定めた国際法が必要となるが、当面はNATOのように、付近の警戒監視の強化に取り組むことになるだろう。警戒監視の対象となっている船舶などの動きを国際間で共有することで、不審な動きを示す船舶を継続的に追跡することも可能となってくる。
ここで重要となってくるのは、国民や国際社会に正確な情報を伝え、脅威認識を共有することだ。警戒監視を通じて収集した情報を効果的に公表し、海外勢力が不法行動を控える効果が期待できる。いわゆる「公開による抑止」である。他方、全てを公表することによる弊害にも配慮が必要だ。隠蔽や、被害状態を過小評価することがあってはならないが、やみくもに事実を公表することが社会の脆弱性を他国に露呈することにつながりかねない。戦略的視点に立った広報が必要となってくる。
従来から行われているバックアップや相互補完体制を構築することによるレジリエンス(耐久力)の強化も不可欠だ。海底ケーブルのデュアル化(複線化)や重要通信確保のため、通信衛星との適切な役割分担も重要な検討事項である。守るべき回線について優先順位をつけ、海底ケーブルの重要性について国民の理解を深める施策も打つ必要がある。
2007年に制定された海洋基本法は、海洋の安全確保と国際的協調も基本理念としている。同法に基づき5年毎に策定される海洋基本計画は、当初安全保障に関する記述が少なかった。2023年4月に閣議決定された第4期基本計画では、「総合的な海洋の安全保障」が三本柱の一つに掲げられたが、本計画には海底ケーブルへの言及は少ない。わが国のみならず国際秩序維持の観点からも海底ケーブルの安定的利用は喫緊のテーマといえる。次期海洋基本計画の策定は2028年となるが、安全保障環境の急速な変化に応じ、海底ケーブルの安全確保を含めた同計画の早期の改訂が急がれる。
[1]明確な武力攻撃を伴わない手法で、他国に深刻な影響を与えたり、現状の変更を試みたりする作戦。サイバー攻撃や意図的に情報を流布し他国を混乱させる認知戦などはその代表例。
写真:Alamy/アフロ
地経学の視点
19世紀に敷設が始まった海底ケーブルが、いまだに世界を支えるインフラであることをどれだけの人が認識しているだろうか。衛星通信といった通信技術が発達した現代においても、有線ケーブルによって世界はつながっており、そこには常に物理的な破壊という脅威が付きまとっている。
そのケーブルが担う役割が主に連絡手段であった時代を経て、今や金融・経済、安全保障と切っても切れない重要インフラになっていることをまずは理解する必要がある。日本のような島国にあっては、意図的なケーブルの切断は国家の死活問題につながる。台湾馬祖列島の例は、その最たる教訓と言える。
今回著者は、法の未整備や国際協力体制が未完であることを指摘している。「公開による抑止」を重視し過ぎるあまり、欠点をさらしてしまう危うさもあり、対応には繊細さも求められる。まずは、中国やロシアが各地のケーブル損傷に関与している疑いがあるという事実を広く国民が把握する必要がある。海底ケーブルの問題に限らず、世界が分断に向かう昨今にあって、どう言った外的脅威が迫りつつあるのか、私たちは今少し敏感になる必要があるのかもしれない。(編集部)