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2025.03.19 外交・安全保障

中国への脅威認識に乏しい台湾市民、付け入る隙を与えるな
日台安全保障ダイアログ(3)

台湾・国防安全研究院

 当フォーラムは台湾・国防部のシンクタンク「国防安全研究院(INDSR)」と提携し、日台安全保障の最前線を語り合うダイアログを定期的にお届けしていく。第3回目となる今回は、「台湾有事に関する台湾市民の意識調査」をテーマに設定。台湾市民は中国の軍事侵攻に対する脅威認識が低く、経済不況や自然災害と同レベルで捉えていることが分かった。こうした危機意識の低さの背景や安全保障への影響について、INDSRの副研究員を務める李冠成氏に聞いた。(聞き手:末次富美雄=実業之日本フォーラム編集委員)

末次:台湾の人々は、中国の軍事侵攻についてどういった脅威認識を持っているのですか。

李:INDSRでは、年に数回、台湾の安全保障に関する報告書を発刊しています。2024年12月には、中国の脅威、経済の衰退、大規模災害などに関する「台湾民意調査」を発表しました。同調査では、回答者の脅威認識は、「中国の軍事侵攻」が64%、「経済不況」63%、「大規模自然災害」67%と、3項目とも同水準でした。さらに、中国の軍事侵攻の可能性について「5年以内に侵攻の可能性がある」と回答したのは24%でした。

 つまり、台湾の民衆にとっては、台湾有事はそれほど差し迫った脅威ではないのです。彼らは中国共産党を脅威と見なしているものの、その脅威がすぐに差し迫っている、または直ちに発生するとは考えていないということです。

末次:しかし、現実に台湾周辺での中国軍の軍事訓練は過激化しています。

李:確かに軍事行動は「常態化」していますが、その実態こそが台湾市民の脅威認識の低さに関係していると私は考えます。強調したいのは、中国の軍事行動が、空軍機であれ、海上における軍艦であれ、すべて沖から遠い海域で発生しているという点です。そのため、一般の人々にとってそれらは比較的遠い出来事であり、徐々に身近に迫ってきて危険を感じ取るような状況にもなっていません。こうした状況が長期にわたって続いた結果、中国の軍事演習は人々にとって目に見えないあいまいな存在になってしまいました。それが日常となっているのです。

 INDSRは2024年11月に台湾市民に対する世論調査を行い、中国の軍事演習についてどのように感じているかを尋ねました。選択肢には「緊張を感じる」「怒りを感じる」「何も感じない」などがありましたが、結果を見ると、「何も感じない」と答えた人の割合がおよそ4割から5割近くに上り、半数近くの人々が特に何も感じていなかったのです。こうした状況は非常に憂慮すべき問題であると思います。

国民党支持者が米に不信感、過去の断交への転換で

末次:ロシアのウクライナ侵略では、軍事訓練から急に軍事侵攻に移行しました。このことを考えると、台湾市民の脅威認識の低さは非常に問題があると感じています。こうした中、台湾政府はどのように対応しているのでしょうか。

李:台湾政府は軍事演習から戦争にすぐに発展することに警戒心を持っています。頼清徳政権では現在、台湾社会全体の強靭化を狙いとした「全社会防衛強靭性委員会」を立ち上げています。 同委員会は内閣府の部会に他の委員会を統合し、強化しています。民間の力も合わせて急激な変化に対応できる体制を整備している最中です。

末次:与党・民主進歩党(民進党)支持者と、最大野党の中国国民党(国民党)支持者の間で、台湾有事における防衛意識の違いはありますか。

李:「台湾防衛のために戦う」という比率は回答者全体で68%であるのに対し、民進党支持者では86%、国民党支持者では57%と、両者の間で大きな差があります。

 この意識の違いは、中台の両岸関係の影響を受けています。民進党はすでに台湾は一つの国であることを目指す立場であるのに対し、国民党は「九二共識」(92年コンセンサス)[1]を基に、「一つの中国政策」を重視する立場です。このため、国民党支持者は、中国が台湾に圧力を加えるのは民進党のせいであり、台湾のために中国と戦う気持ちが薄い傾向にあります。また、国民党支持者には高齢の方が多く、米中国交樹立に伴い米台が断交を余儀なくされた事件などが記憶されています。急激な政策転換で不信感を与える米国側にも問題があります。

 ただし、それでも60%近い国民党支持者が台湾防衛のために戦う意思を示している点には留意が必要だと思います。

トランプ2.0だけでない国防予算を増額すべき理由

末次:防衛コストの負担を嫌う米国のドナルド・トランプ新政権から、台湾にも圧力が強まっています。頼総統は、防衛支出のGDP比を現状の2.45%から3%に引き上げる方針を示すなど軍事費の増額に取り組んでいますが、国防予算はどの程度が適切だと考えますか。

李:第1に、台湾の国防予算は現状低いと思います。中国は2016年から台湾周辺で武力行使に至らない「グレーゾーン作戦」を毎日行っています。台湾ではほぼ毎日、戦闘機がスクランブル発進し、艦船が警戒監視を実施しています。兵器や武器の消耗が激しく、装備のメンテナンス時期が早まる上、予算不足も重なって装備の稼働率が下がる傾向です。また、給与水準の改善や福利厚生の充実、若手兵士不足の解消にもお金が必要です。

 第2に、軍事装備への投資も不足しています。中国軍の近代化と、それに伴う勢力拡大には目を見張るものがあります。台湾軍の装備武器もそれに対応できるようなものにしなければ、中国は台湾を屈服させやすいと感じるかもしれません。防衛を強化すれば、中国は「台湾への武力侵攻は割に合わない」と考えるでしょう。

 第3に、国防費を増やすことは、「自国を自分の力で守る」という意識を国際社会に正確に発信する狙いもあります。これら3つのポイントがとても重要です。

 ただ、民進党と国民党が立法院で闘争を繰り広げる中、国防予算の引き上げは容易ではないでしょう。今後、GDP比で3%を超える理由をしっかりと説明しないといけません。

末次:大きな問題の一つに人員不足があると思います。台湾は徴兵制度を段階的に縮小し、2018年には4カ月の軍事訓練義務は残るものの志願制に移行しました。この訓練期間を延長するという話もあるようですが、制度改正は実現しそうですか。

李:外国のシンクタンクからのアドバイスや台湾でのアンケートからの意見を参考に、徴兵制を2年に延ばすべきかどうかが検討課題です。期間だけでなく、イスラエルのように女性の徴兵も考えています。ただ、憲法改正も伴うため、非常に難しい面があります。

「台湾海峡の中国化」阻止へ国際水域の主張がより重要に

末次:台湾住民の意識調査を見ると、安全保障について米国よりも日本への期待度が高いという調査結果が出ていますが、その理由をどのように考えますか。

李:日本と台湾の関係について、台湾の住民は安倍晋三元総理が「台湾有事は日本の有事」と述べたことに影響を受けています。日本は地政学的に重要な位置にあり、台湾と共通の利益を持っています。また、李登輝総統時代には日台を運命共同体と位置づけ、以降も日台間の民間交流が進んで良好な関係が続いていることも背景にあるでしょう。日台共に共通の脅威国がありますが、両国間には外交関係がなく、共同の軍事演習も実施できない[2]ので、情報共有や人事交流がとても大事になると思います。

末次:台湾有事において、日米以外に関係を想定している国はありますか。

李:フィリピンですね。日本を除くと一番近い国です。台湾有事の際は、台湾の軍艦と戦闘機がフィリピンの米軍基地に着陸し、燃料の補給などが行えます。フィリピンの大統領は選挙によって親中派になったり、親米派になったりと変化が激しく、政策も全く異なるため、台湾としてはこの点を注意する必要があります。万一、次の大統領が親中派であれば、台湾にとってフィリピンが軍事的脅威となるかもしれません。

末次:日比間の防衛協力は進みつつあります。共同訓練や沿岸監視レーダーの提供に加え、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結を目指しています。海洋における法執行能力の向上策として、巡視船なども供与しています。間接的ですが、フィリピンも台湾有事に大きく貢献するのではないかと思います。

李:同感です。

末次:2月26日に中国が台湾沖で実弾射撃訓練を行うことが報じられました。中国人が乗り込む商船が、海底ケーブル切断の容疑で台湾当局に拿捕(だほ)されたことへの反発だとされています。この訓練をはじめ中国軍の台湾周辺における軍事活動をどのように受け止めていますか。

李:現在、ウクライナ戦争を巡って米国とロシアが停戦を調整中ですが、全世界がウクライナとロシアの情勢に注目しています。そうした中、中国は事前に予告もなしに、台湾海峡で軍事演習を実施しています。

 中国は台湾海峡を国際水域ではなく自国の一部と主張しており、外国の軍艦や軍用機の通行に強く反発しています。中国軍の台湾周辺における軍事活動の活発化は、「台湾海峡の中国化」を国際社会が追認する恐れがあります。台湾海峡は国際水域であることを主張していくことで、今回のような事件の抑制につながる可能性もありますので、これからの対応がとても重要になります。

末次:中国は豪州とニュージーランドの間のタスマン海でも同様の射撃訓練を行うなど、今後も軍事力を誇示し圧力を加えて交渉を有利に進める「砲艦外交」を続けていくと思います。中国がこうして実効支配に向けた実績を積み上げる点に注意が必要になるでしょう。

 今後とも中国の軍事的活動について、日台の見解をすり合わせる作業は極めて重要と考えます。本日はありがとうございました。

写真:Taiwan Ministry of National Defense/AP/アフロ

[1]「自らが中国の正統政権だ」と互いに主張し、対立してきた中台双方が対話を始める土台とした原則が「一つの中国」で、台湾が中国という国家に属することを意味する。中台の交流窓口機関が口頭で認め合ったのが1992年である。
[2]日本は1972年の日中共同声明で、中華人民共和国が中国の唯一の合法政府であることを承認した。このため、日本と中華民国(台湾)との間に正式な国交は存在しないが、「非政府間の実務関係」として維持され、双方に窓口機関が設けられている。共同の軍事演習は行っていないが、日台の海上保安当局で合同海難救助訓練は行われている

台湾・国防安全研究院

台湾の安全保障に関する知識に基づいて政策分析と戦略的評価を行う超党派の独立非営利団体。2018年5月1日に正式に発足し、台湾・台北市に本部を置く。国際安全保障や国防、中国の政治・軍事問題、ハイブリッド戦争、認知戦、サイバーセキュリティなどの安全保障分野に関する問題について革新的なアイデアを形成し、建設的な議論をリードすることを目指している。

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