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2025.03.21 外交・安全保障

台湾有事の最悪シナリオを想定せよ、米軍を動かす日本の役割とは

実業之日本フォーラム編集部

 「台湾有事」はどうすれば抑止できるのか。有志国との連携や外交努力はもちろんのこと、軍事・防衛装備の充実についても考える必要がある。それは台湾のみならず、自国防衛や後方支援の任を担う日本も同様だ。台湾有事の軍事シナリオを具体的に分析し、日・米・台・欧・豪がいかに備えるべきかを説いた『煮えたぎる海峡』(マット・ポッティンジャー編著、実業之日本社)の共著者の一人である、元自衛艦隊司令官の香田洋二氏に現状認識や課題を聞いた。

※本記事は、実業之日本フォーラムが会員向けに開催している地経学サロンの講演内容(3月5日実施)をもとに構成しました。(聞き手:末次富美雄=実業之日本フォーラム編集委員、構成:一戸潔=実業之日本フォーラム副編集長)

――日本や米国にとって台湾を守ることの重要性を教えてください。

 ウクライナ戦争を含め、国家間の争いの基本にあるのは民主主義国家と権威主義国家の対立です。第2次世界大戦も日独の軍事国家と民主主義国家との戦いであり、独ソ戦を含むと数千万人の人命を失いました。

 その意味で、民主主義国家である日米台と、権威主義国家である中国は価値観が異なります。中国は、中央集権的で強権的に社会をコントロールしながら急速に軍事力を伸ばし、力を背景に台湾を併合しようとしています。日米としては、台湾を失うことは中国の封じ込めができなくなります。力で国際秩序を変えようとする中国に対して、最悪の事態に備えて「こちらも力を使えますよ」と中国にしっかりと伝えることが重要です。

グレーゾーンに集中しすぎると中国はその逆を突く

――台湾のシンクタンクの調査によると、地元住民の中国の軍事侵攻に対する危機感が薄いという結果が出ています。これについてどのように受け止めますか。

 私は台湾の軍人やそのOBを含めて現地の方々と交流していますが、危機感が乏しいのは米国による中国抑止が利いているからでしょう。

 そうした抑止もあって、中国は、軍事的手段は台湾周辺の演習にとどめ、経済的な対話あるいは圧力によって台湾の世論を中国側に誘導しようとしています。しかし、だからこそ習近平国家主席は台湾が準備していない部分を突いてくると思います。

 つまり、台湾が認知戦(人々の物事に対する認識や捉え方などに影響を及ぼす戦い)や、いわゆる「グレーゾーン作戦」の対応に集中しすぎると、中国は武力戦で挑んでくる可能性があります。個々のシナリオに固執するより、最も厳しいケースとなる正面衝突を想定するべきです。

――実際に中国は台湾を侵攻する能力があるのでしょうか。

 軍事侵攻は台湾本島に上陸し、占領しなければならないので、中国としても一番厳しい作戦です。台湾側がしっかりと戦争に備えておけば、習氏もなかなか踏み切れず、武力戦を抑止できるとみています。

 地理的な制約も受けます。中国本土と台湾の間にある台湾海峡の幅は約130㎞に及びます。台湾に上陸するには、海峡を自由に使えるよう制海権と制空権の確保が必要となります。

 上陸作戦の難しさについて、第2次世界大戦の沖縄戦を例に挙げると、米国はミッドウェー海戦から2年半かけて日本の海軍と陸軍の抵抗力をそいだ後、1945年3月に慶良間諸島に上陸しました。中国もそれくらい入念に準備をしないと有利な形で上陸することは困難です。しかも、台湾は沖縄本島と比べて人口が約25倍、面積でも約30倍と大きく、中国が本格的に侵攻しても簡単に占領することはできないでしょう。

 また、沖縄戦では日本は孤立無援でしたが、台湾有事においては援軍が来るわけです。習氏に「台湾侵攻は簡単にできない」と認識させるよう、日米台の体制整備が重要です。

――対中抑止の観点で台湾の軍事装備は十分なのでしょうか。

 まず中国側の装備について考えると、2000年代の中国の兵力は脆弱でした。当時の自衛隊で十分対抗できる程度です。そのため当時の台湾は、中国の侵攻をそれほど深刻に受け止めていませんでした。そのことが現在の台湾の継戦能力不足、特に備蓄不足につながっています。一方で中国は、米国がテロとの戦いに追われて軍事の近代化を進めなかった間に、軍事力をどんどん高めていきました。

 令和6年版防衛白書で中台の軍事力比較が行われていますが(図)、これを見ると台湾が単独でウクライナのような戦いは決してできないことが分かります。

【図】中台軍事力の比較

(出所)令和6年版防衛白書

 もっとも、民主主義や地政学的要素などが「接着剤」となり、日米が支援に駆け付けるという点も台湾のパワーとして評価すべきです。米中対立は覇権を巡る戦いであり、台湾有事はその一部の要素だと評価すべきで、それを踏まえて準備をすればいいと思います。

 ただ、ドナルド・トランプ米大統領は「中国が台湾に武力侵攻することを認めないか」と記者団に問われた際、「何もコメントしない」と答えました。従来から米国は、台湾有事において台湾を防衛する意思を明らかにしない「戦略的曖昧性」を採っており、それを維持したとも言えますが、ジョー・バイデン前大統領は任期中に「軍事的に関与する意思がある」と発言しており、「接着剤」が弱まっているようにも感じます。米国人の台湾に対する断固たるコミットをどのように作り上げるかが今後の課題となります。

――米インド太平洋軍のサミュエル・パパロ司令官は、中国が台湾に侵攻した場合に「台湾海峡を無人兵器で地獄図絵にする」と述べています。実現可能な方法なのでしょうか。

 無人機はウクライナ戦争でも活用されていますが、主力として用いるためには空中や水上などでどう使うかよく練らないといけません。そのための装備の開発はできるのか、無人で動かすための指揮管制が整っているか――といった問題もあります。われわれが使っている指揮管制よりもはるかに複雑なものになるかもしれません。AI(人工知能)の活用も道半ばです。いかにビッグデータを分析し、プログラムを作成して、自律した機能にさせるか。まだまだ時間はかかります。

日本のお膳立てなくして米の支援は期待できない

――台湾有事における日本の課題についてどのように考えますか。

 日本では、戦争放棄を定めた憲法9条に立脚した国内法上のさまざまな制約によって、台湾有事についてはオープンに論議できない状況です。台湾軍も自衛隊も互いに、公開交換資料以上のことは分かっていない上、日本の防衛省は台湾代表処(台湾の日本における外交代表機構)に台湾有事における日本の対応に関するブリーフィングも行っていません。このため、台湾側にとって重要な防衛白書や「国家安全保障戦略」など防衛3文書が日本から出されても、全く理解されていないのが現状です。

 それから、日本では「中国が軍事力を用いずに台湾を併合する」という前提で議論を進めがちですが、それはやめた方がいい。なぜなら、最悪の事態に対応できて初めて他の事態にも対処できるからです。日米韓豪も対中抑止のために可能な限り兵力を集中させる体制を平時から作っておくことが重要です。

 ではどのくらいの兵力がいるかというと、参考になるのが湾岸戦争です。当時、米国は冷戦末期で、戦闘能力が一番高かった時と言えます。戦闘機1200機、民間機も含めた輸送機2000機、空母6隻などに加え、NATO(北大西洋条約機構)軍のドイツ駐留陸軍も投入しました。つまり、台湾を守るために考慮すべき最大の戦力はそれぐらいになります。

 ただ、当時が兵力のピークですので、現在はその8割程度で換算すると戦闘機で1000機、輸送機で1600機、空母で5隻ぐらいが妥当だと思います。しかも、それらの部隊の燃料、弾薬を用意し、毎日戦闘機の訓練も行うとなると、受け入れられるのは日本しかありません。

 逆に、これが準備できないと米国としての戦いができないわけです。日本がしっかりとお膳立てをすることで、米国民も「そこまで守ってもらえるのなら、安心して戦え」となると思います。まさに湾岸戦争時のサウジアラビアの役割を日本が担わないといけません。大規模に展開する米軍兵力を受け入れて支援する責任は日本にしか果たせないということです。

――日本が集団的自衛権を行使して台湾を支援する体制は整っているのでしょうか。

 現行の憲法下で集団的自衛権を行使するために国が考えたレトリックが重要影響事態や存立危機事態など「事態認定」です。ただこれは、自衛隊が関わる際の運用を定めたものであって、先述した戦略的な国家としての米軍に対する後方支援が含まれていません。

 米軍を支援する時に、集団的自衛権行使のための「事態認定」として捉えるのか、あるいは新たな枠組みが必要なのか論議されていないわけです。台湾の緊張時に日本の役割をどう規定し、米軍の展開を支援するのかどうか、どうやって米軍の兵隊から整備員まで日本に受け入れるのか、弾薬をどう分配するのか――といった取り決めなども全くないわけです。大規模で戦略的な米軍への後方支援を前提に考える時には、新たな立法措置が必要になると思います。


香田 洋二:ジャパン マリンユナイテッド顧問
1949年徳島県生まれ。1972年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。1992年米海軍大学指揮課程修了。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監などを経て自衛艦隊司令官就任。2008年8月退官。ハーバード大学アジアセンター上席フェロー、国家安全保障局顧問などを歴任。

地経学の視点

 台湾海峡における中国の軍事圧力が強まる中、台湾の軍事力は単独で中国に対抗するには不十分であり、対中戦略には日米の積極的な支援がカギを握る。


 ただ、米国では台湾有事を巡って、トランプ大統領がコメントを控えるなど暗雲が立ち込めている。こうした中、香田氏は日本が湾岸戦争時のサウジアラビアのように日本が米軍の展開を支援することに大きな期待を寄せ、台湾防衛について「米国人を納得させられるかどうかがが今後の課題」と指摘する。


 日本は台湾有事を「対岸の火事」ではなく、国家安全保障の最重要課題として捉え、新たな立法措置に向けた議論を通じて具体的な対応策を講じていく必要がある。果たすべき役割は大きい。(編集部)


実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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