2025年2月18日に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画(エネ基)」では、東日本大震災を受けて掲げていた「原発依存度を可能な限り低減する」との表記を削除し、再生可能エネルギー(再エネ)と共に最大限活用する方針を盛り込んだ。原発回帰は現実路線なのか。前回に引き続き、エネルギー政策の専門家である橘川武郎国際大学学長にインタビューした。(聞き手:鈴木英介=実業之日本フォーラム副編集長)
——第7次エネ基では、2040年度における電源構成をベースシナリオで「再エネ4〜5割」「原子力2割」「火力3〜4割」とし、再エネと並んで原発の最大限活用を盛り込みました。「原子力2割」は現実的な目標なのでしょうか。
エネ基の有識者会議には現在16人の委員がいますが、明確な原発反対派は1名という偏った構成です。AIの進展に伴ってデータセンターが増え、向こう10年は電力需要も増えるのは確かです。しかし、これまで「再エネ主力電源化」と言っていたのに、一足飛びに原発ありきになるのはおかしい。
そんなに原発を増やせないのは数字からも明らかです。岸田文雄前政権は2023年2月に「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」を閣議決定し、脱炭素に向け今後10年で官民合計150兆円規模の投資を呼び込む方針を打ち出しました。同時に、「どの分野で150兆円の投資が行われるか」という見通しも出しています。22項目の投資見通しのうち18項目に金額が示され、それらを合計すると約140兆円なので全容がほぼ分かります。一番金額が大きいのは「自動車」の34兆円超、次が「再エネ」の20兆円超。しかし、「原子力」は最下位のわずか1兆円、全体の150分の1です。そこに政府の本音が現れています。
一方、第7次エネ基では、原子力に対して前向きな書きぶりが目立ちます。「次世代革新炉開発・設置」を大きく打ち出し、「原発を最大限活用する」という文言を入れ、裏返しとして第4〜6次エネ基に入っていた「原子力依存度を可能な限り軽減する」という文言を削除しました。併せて、次世代炉を建設する立地に関する条件も緩和しました。これまで「廃炉を決定した原発の敷地内」が条件でしたが、これを「廃炉を決定した原子力発電所を有する事業者の原子力発電所のサイト内」に変更したのです。例えば九州電力なら、玄海原発(佐賀県)で一部の炉を廃炉にしたら、川内原発(鹿児島県)の敷地内で次世代炉を作るのは認められる——ということです。
定性的には原発回帰ですが、重要なのは定量です。「原発2割」は、第5次・第6次エネ基の「20〜22%」を踏襲しただけ。再エネの電源構成割合が上がる一方、原発の割合はそのままで、原発の地位低下は否定しようがありません。しかし、正直に定量面での原発の地盤沈下だけを言うと原発の未来がないと思われるので、定性的な文言は前向きにしたのでしょう。
原子力を「水素の供給源」に
——なぜ原発の地位が低下しているのですか。
一番の問題はコストです。次世代炉の候補としては、敷地に関する安全審査が終わっていることや廃炉を決めた原子炉があることから、関西電力の美浜4号機(福井県)が有力だと言われています。しかし、美浜4号機の建設には少なく見積もって1兆円、場合によっては2兆円かかると言われます。
これに対して既存炉の運転延長は、1基当たりの費用がどんなに高く見積もっても数百億円です。岸田前政権時代に原発の運転期間の制限が緩和され、一定の条件で60年超の延長が認められるようになったので、既存炉の延長が電力会社の基本戦略です。「原発は高いか安いか」という論争がありますが、「既存炉は安く、新設炉は高い」ということです。ただし、2040年度に原子力「2割」を実現するには30基以上の原子炉の稼働が必要ですが、現時点で再稼働したのは14基。地元の反発も予想され、「2割」を達成できるかは見通せません。
私は反原発の立場ではありませんが、政府や電力業界は、原発の活用や推進の仕方を間違っていると思います。原発は発電用に使われるだけではなく、「カーボンフリーな水素の供給源」ともなるべきです。そのためには、次世代炉である必要はありません。既存の原子炉を利用して、今すぐにでも、カーボンフリー水素を作ることができます。
脱炭素のためには、燃やしてもCO2(二酸化炭素)を排出しない水素の活用が重要ですが、その水素自体がカーボンフリーである必要があります。そのため、太陽光や風力といった再エネで水の電気分解を行って「グリーン水素」を作るのが一般的ですが、日照や風況に発電量が左右されるため、電解装置の稼働率が下がります。
一方、出力が安定している原発で水の電気分解を行えば、電解装置の稼働率が上がってカーボンフリー水素を作るコストが大きく削減されます。現在、再エネ由来の水素は主に海外で作られることになっているので、輸入コストがかかるだけでなく、エネルギー自給率も上がりません。この点、国内の既存原発で水素を作れば、運搬コストは低下し、自給率は上がります。
このアイデアを思い付いたきっかけは、東京電力の柏崎刈羽原発6・7号機(新潟県)の再稼働を巡る問題です。制度的には再稼働できるのですが、地元の同意が得られていません。その理由は、福島で原発事故を起こした東電に対する不信感もさることながら、決定的なのは、再稼働しても地元メリットがないこと。柏崎刈羽は基本的に関東エリア向けの電力です。新潟では東北電力が配電サービスを提供しているので、わざわざ東電から電力を回す必要もありません。
ところが、電力ではなく、水素を作るなら事情が違ってきます。新潟には水素需要がたくさんあるからです。例えば、三菱ガス化学の新潟工場。これは日本のメタノール生産の中心的な工場です。メタノールは、化学品やプラスチックとしての用途だけでなく、カーボンニュートラル(温室効果ガス=GHGの排出量と吸収量を差し引きゼロにすること)に貢献する燃料として期待されていますが、その原料として水素が必要になります。そういうところに水素が供給できれば地元に恩恵が及びます。同じ理屈は全国の原発立地地域で通用すると思います。
「ゼロエミ火力」への期待と課題
ただ、原発に対する社会的抵抗が大きいので、石油・ガス・化学業界が「水素が必要だから原発を活用する」とは言いにくい。また、原発推進派は「電力が足りないから原発を使え」という主張なので、電力会社としても電源以外で原子力を使うことには消極的です。
そこでより注目を集めているのが、原発と同じようにゼロエミッション(GHG排出ゼロ)で、原発以上に出力制御がしやすいアンモニアや水素を使ったゼロエミッション火力発電です。
ゼロエミ火力を推進しているのは国内火力発電最大手のJERAです。ここでは、JERAが原発を保有していないことが大きな意味を持ちます。
JERAが碧南火力発電所(愛知県)で、低炭素化につながる石炭へのアンモニア混焼に取り組む以前に、中国電力が、水島発電所2号機(岡山県、2023年4月に廃止)で石炭火力のアンモニア混焼に成功して特許を取っていました。しかし、中国電力は、それを喧伝(けんでん)しませんでした。
実は、ゼロエミ火力は「GHG排出ゼロ」「大型電源」という点で、原発と共通性があります。両者は、いわば「ライバル」の関係なのです。従って、中国電力がゼロエミ火力を喧伝すると、「原発はなくてもよい」という話になりかねない。島根原発の稼働を経営上の最重点課題とする中国電力にとっては、そうなっては困ります。そこで、同社は、ゼロエミ火力の特許取得を喧伝しなかったのです。
しかし、社内に原発部門を持たないJERAでは、事情がまったく異なります。原子力に忖度(そんたく)することなく、大々的に広告を打ち、思い切ってゼロエミ火力にかじを切ることができるのです。これが、JERAがゼロエミ火力推進の先頭に立っている理由の一端です。
——ゼロエミ火力には課題はないのですか。
例えばアンモニア火力は、調達が課題です。アンモニアは肥料としての需要があり、世界的にサプライチェーンがあります。現在、世界の原料用アンモニア生産は年間約2億トン。そのうち日本は約100万トンを肥料目的で輸入しています。
しかし、石炭火力発電所でアンモニアを2割混ぜて燃やす「20%混焼」を2030年に実施するためには、発電目的だけで300万トンのアンモニアが必要です。2050年には燃料アンモニアが3000万トン必要になると言われています。しかも、世界生産2億トンの大半は、化石燃料を使いCO2を排出して作られた「グレーアンモニア」です。カーボンニュートラルのためには、CO2を回収して地中などに貯留する「CCS」で脱炭素化した「ブルーアンモニア」か、再エネ由来の「グリーンアンモニア」でなければなりません。量と質、双方で十分な調達ができるかが課題です。
一方、水素はそもそも世界にサプライチェーンがありません。日本ではトヨタの水素自動車「ミライ」や、家庭用燃料電池「エネファーム」といった商用例もありますが、需要としてはごくわずかです。需要が小規模だから、水素の世界的サプライチェーンは成り立ちえないのです。
「アジア版IEA」の設立を急げ
——気候変動対策に消極的なドナルド・トランプ米政権と対照的に、中国は積極的にGHG削減の政策を進めています。グリーン分野で日中は協力すべきですか。
米国は日本にとって唯一の同盟国ですが、ことエネルギー安全保障に関しては、日本は中国と組むのが自然です。なぜなら、中国は日本同様エネルギー輸入国だからです。
かつては米国も輸入国でした。もともとIEA(国際エネルギー機関)は、第1次石油危機後の1974年にヘンリー・キッシンジャー米国務長官の提唱で設立されましたが、狙いはOPEC(石油輸出国機構)の対抗軸となる輸入国連盟を作ることでした。しかし、今や米国は「シェール革命」で地下深くの岩石層から石油や天然ガスを掘削することが可能になり、エネルギー輸出国に転じました。日中だけでなく、韓国や台湾もエネルギー輸入国です。輸出国対抗という意味では、むしろ「アジア版IEA」を作るべきでしょう。
もちろん、「米中デカップリング」の文脈から日本がどう振る舞うべきかは別の話です。印象的なエピソードがあります。第1次トランプ政権末期に共和党の幹部が来日した際、私は米国大使館に呼ばれ、インド太平洋におけるエネルギー安保戦略の要諦は「豪州から中国に流れている天然ガスを断つことだ」という話を聞きました。
豪州には中国に代わる天然ガスの新たな輸出先が必要となりますが、「LNGの国際物流は日本に一日の長があるから、それをインド太平洋でさばいてくれないか」ということでした。「豪州産天然ガスは日本に取り扱わせ中国への供給は絞る」という構図自体は、第2次トランプ政権でも変わっていないと思います。日本には、米中対立とエネルギー安保のはざまで、したたかな戦略が求められています。
写真:ZUMA Press/アフロ
橘川 武郎:国際大学学長。
東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授などを経て2023年から国際大学学長。経済産業省資源エネルギー庁の多くの審議会の委員を歴任した。東京大学・一橋大学名誉教授。著書に『東京電力 失敗の本質』(東洋経済新報社)や『エネルギー・トランジション 2050年カーボンニュートラル実現への道』(白桃書房)など。
地経学の視点
「グリーンか非グリーンか」という二元論的な脱炭素政策を掲げてきた欧州と異なり、日本は全ての産業を徐々にグリーンの道筋に載せていく「トランジション(移行)」という戦略で気候変動対策を進めてきた。かねてトランジションは目標設定があいまいだとの批判もあったが、ウクライナ戦争に伴うエネルギー安全保障への高まりを背景に、欧州は急進的な政策の見直しを迫られ、第2次トランプ政権は気候変動対策の国際的な枠組みである「パリ協定」を再び離脱した。現実路線の日本の脱炭素政策が説得力を持ち始めているようにも見える。
しかし橘川氏は、「第7次エネ基は穴だらけだ」と厳しく批判する。電源構成の将来シナリオが複数示され、電源開発や燃料調達の投資判断の目安としての意義は薄れた。リスクシナリオを「技術進展シナリオ」と名付けるのも不誠実だ。安全性の高い次世代炉の新設を目指しながら「最大限活用」を打ち出した原発も、現状では経済合理性に乏しい。
日本の唯一の同盟国である米国はエネルギー輸出国に転じて「自国第一主義」を強める一方、日本と一衣帯水の関係にある中国は非西側でありながらもエネルギー安保では共通の課題を抱える。脱炭素を成長戦略の軌道に乗せつつ、米中の間でいかに実利を得ていくか。エネ基策定後こそ、精緻なかじ取りが政府に求められる。(編集部)