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2025.04.16 外交・安全保障

野党大統領誕生で日韓関係は冷え込むか、案じられる日米韓連携の行方

李 相哲

 世界を驚かせた戒厳令発令から約4カ月。韓国の憲法裁判所は、尹錫悦大統領の弾劾を認め、6月には大統領選挙が実施される。対日強硬派として知られる「共に民主党」の李在明前代表が最有力候補者として名前が上がる中、親日だった尹政権から一転、日韓関係の冷え込みも予想される。東アジア情勢が混とんとする中で、日韓、そして、日米韓の連携は今後どのような展開を向かるのか。その行方について龍谷大学の李相哲教授に聞いた。

――尹政権の退陣によって日韓関係はやはり少なからず後退してしまうことになるのでしょうか。

 日韓関係はすでに後退してしまいました。尹大統領は、大阪・関西万博を盛り上げるため、大統領の大阪訪問や日韓共催のイベントも計画していたはずですが、全て中止となりました。さらに、第2次ドナルド・トランプ政権の誕生後、経済安全保障面における日米韓の緊密な協力、結束を約束するメッセージはまだ出ていません。それは、日本と韓国の間の高位級の密接な交流、対話が切れていることと関係していると思います。

 尹大統領時代の日韓関係は、大統領自ら日韓関係を積極的に良くしたいという意向が強く働きました。しかし、退陣によりそのような原動力がなくなってしまいました。その結果、大統領の決断で抑え込んでいた旧朝鮮半島出身労働者(徴用工)問題などが、再燃することもあり得るでしょう。

発言を変える李氏の「パフォーマンス」

――野党「共に民主党」の李在明前代表は、日本に対してとても強硬な意見を論じてきました。実際に大統領に就任した場合、これまでのようなスタンスで日本に接してくることになるのでしょうか。

 専門家によっては、李氏は「市長や知事を務めた経験があり、仕事もできる実務能力が高い政治家であり、大統領になればこれまで見せてきたような『反日』姿勢を改め、現実的な外交をするのではないか」という見解を示す人もいます。ただ、それは少し甘い見方ではないでしょうか。

 まず、李氏の発言は信用できません。李氏は、かつて日本は「敵性国家」(2016年)、「日本が軍事大国になれば朝鮮半島が最初の攻撃対象になるだろう」(2016年11月)、日米韓の合同軍事訓練「訓練を口実に自衛隊の軍靴が再び韓半島を汚す恐れもある」(2023年3月)、日本の福島第一原発から発生した処理水の放流について「第2の太平洋戦争」「テロだ」(2023年8月)と発言したことがあります。

 近ごろでは一転し、「個人的に日本に対する愛情は非常に深い」(2024年12月)、「韓日関係は敵対的ではない」(2025年3月)などと述べ、日本に友好的な態度を示すようになったのはなぜなのでしょうか。

 それは李氏の信念が変わったからではありません。李氏が発言を変え始めたのは、尹氏が非常戒厳を宣布して窮地に追い込まれて、早期の大統領選挙があるだろうとみられ始めた2024年12月の半ばごろからです。自身が大統領になるためには、左派の支持だけでなく、無党派層、保守系の一部の有権者を取り込む必要があります。2025年4月4日公表の世論調査によると、李氏は次期大統領に相応しい人物の首位であり、34%の有権者の支持を得ているとの報道もありますが、これでは大統領になれません。この数字は、尹氏の弾劾が決定した後も変わらず、保守系が大統領候補を一本化すれば、李氏は勝てないかもしれません。

 李氏の発言が変わったのは、世界観が変わったからでもありません。将来そのような政策を取る「つもり」であり、公約ですらなく、選挙に勝つためのパフォーマンスに過ぎないのです。

野党「共に民主党」は親中国、親北朝鮮

――韓国の政権が変わることで、日米韓の連携は後退あるいは見直しといった展開もあり得るのでしょうか。特に野党が政権に就いた場合は、大きな転換が起こることになるのでしょうか。

 日米韓の連携は、間違いなく後退を余儀なくされるでしょう。「共に民主党」が政権を取ることを想定するのであれば、大統領は李氏になることになるでしょうから、韓国は対外政策、対日政策を180度変えようとするはずです。彼らは、尹氏の全てを否定することから、政権運営を始めるでしょう。もちろん、尹氏の外交政策も見直されることになります。

 共に民主党はそもそも、親中国・親北朝鮮政党です。保守政権、特に尹政権とは全く違う方向を目指してきました。尹政権が軍事境界線沿いで再開した北朝鮮国民に対する拡声器による宣伝放送を、尹氏の罪として断罪する政党です。あるいは、ウクライナにオブザーバーとして政府代表団を送ったことに関しても、同党は猛反発しました。つまり、日米韓の連携に否定的で、米中間でバランス外交をしようとするでしょう。

 さらに、李氏を取り巻く勢力、特に李氏の選挙を裏で支えてきた核心勢力は、北朝鮮擁護勢力の「京義東部連合」という組織です。同連合を動かしているのは、北朝鮮と内通して韓国の機関施設を破壊しようと画策した「統合進歩党」(朴槿恵政権で解散命令が出された政党)で、その残党がいまだに李氏をサポートしているという事情もあります。

韓国国民の8割近くが核保有に賛同

――トランプ大統領は世界に展開する米軍の縮小を図っていこうとしています。核兵器を保有しているであろう北朝鮮と対峙する上でも、韓国の核保有というものが現実味を帯びてきているようにも見えます。

 トランプ大統領の基本的な考えは、同盟国も含め、各国は自分の力で自国の安全を守るべきということです。欧州に対してプレッシャーをかけるのもそのような考えがあるからです。日本と韓国も例外ではありません。

 韓国の人々は、北朝鮮が実質的な核保有国になっている現実を無視できないと考えているようです。米国が守ってくれなかったら、韓国は今の力では自国を守れません。しかも米国が永遠に韓国を守ってくれるという保障もありません。そういう背景からか、韓国の有識者の多くは、韓国の核保有は時間の問題とみています。一般国民も8割近くが核保有に賛成しています。

 私は、韓国が核を持つなら日本と一緒に持つべきだと考えています。北朝鮮が保有している核弾頭と同じ量をもち、北朝鮮が核を放棄することがあれば、その時点で日本と韓国も核を廃棄するという論理であれば、可能性はあるのではないでしょうか。

――韓国が仮に核兵器を保有することになれば、東アジア情勢にどのような影響を与えますか。

 現実的には、韓国の核保有は難しいでしょう。韓国は日本のように核兵器製造に必要な核物質を持っていない。米国は韓国に対して核燃料の再処理を許さないという姿勢を貫いています。トランプ政権がそのような姿勢を変えれば別ですが、韓国が仮に核兵器を保有することになれば、日本も持たざるを得なくなります。台湾も手を挙げるでしょう。しかし、私自身は、日韓が連携して、北朝鮮が核を放棄するまでの間に核を持つことは、東アジアのパワーバランスを維持する上でも必要だと思っています。

もはや「反日」は票にならない

――韓国の政権が変わるたびに、安全保障政策が大きく変わることは日韓にとって好ましいことではないと思います。日韓、日米韓が今後も普遍的な関係性を築くには、日本の外交当局や政治家がどういった姿勢で韓国に臨んでいくべきと考えますか。

 日本が韓国に対してできることは限られていますが、日韓の民間交流を活性化することは、日韓関係を管理する上で大事になってくるでしょう。近年、民間レベルで日韓はかなり親しくなっています。それが功を奏したのか、韓国では「反日」が選挙の票にならなくなってきました。

 理由としては、日本を訪れる韓国人が爆発的に増え、デジタル技術の発達により、お互いに、生の情報、正確な情報を手に入れやすくなったことが挙げられます。そして、GDP(国内総生産)成長率ベースで日本を追い越したことで、韓国人も自信を持つようになりました。時の韓国政権の対日姿勢、韓国の政治家の発言に惑わされることなく、民間交流、経済活動を活性化することが大切でしょう。これまでのように問題を隠したり、避けようとしたりせず、日本の価値観、民主主義の普遍的な価値観に反すること(歴史問題で無理難題を突き付けるなど)を韓国側がやろうとする時は、凛としつつも、正面から向き合うことが大事でしょう。

写真:Lee Jae Won/アフロ

地経学の視点

 戦後の日韓関係は複雑な経緯をたどってきた。日韓基本条約(1965年)で、日本が実質的な戦後賠償をするとともに国交回復したものの、その後も両国は歴史認識をめぐり対立を繰り返してきた。同時に反共の防波堤として、日韓はともに米軍の駐留を受け入れてきた経緯がある。それもあってか、両者は決定的な決裂は避けてきた。

 トランプ氏の再登板により、東アジアのパワーバランスに微妙な変化がもたらされる可能性が出てきた。世界に展開する米軍縮小の波は、東アジアにも訪れようとしている。駐留経費負担を増やすか、それとも米軍による防衛を諦めるか――。中国は虎視眈々と台湾を狙い、北朝鮮はロシアとの関係を深める。日本と韓国が対立していては非常に心もとない。

 一方、これまでを振り返ると、韓国で政権が変わる度に日韓関係に大小の変化が生じてきた。中露に勝手な動きをさせてないためにも、日韓、日米韓の連携は重要だ。東アジア情勢が混とんとする中、日韓両国には恩讐を越えた冷静な外交と安全保障の安定的な枠組みが求められる。(編集部)

李 相哲

龍谷大学社会学部教授
中国生まれ。中国北京中央民族大学卒業後、新聞記者を経て1987年に来日。上智大学大学院にて博士(Ph.D.新聞学 )学位取得。1998年龍谷大学准教授、2005年より現職。98年に日本国籍取得。2019年8月YouTubeチャンネル、李相哲テレビを開設、これまで視聴回数は約1億回にのぼる。主な著書に、『金正日と金正恩の正体)』(文春新書、2011)、『金正日秘録 金正恩政権はなぜ崩壊しないのか』(産経新聞出版、2016)、『北朝鮮がつくった韓国大統領 -文在寅政権実録』(産経新聞出版、2018年)『いまの日本が心配だ』(青志社、2025年1月)『いま朝鮮半島で起こっている本当のこと』(ビジネス社、2025年4月)など多数。