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2025.04.28 外交・安全保障

米国の防衛リソースに限界、欧州自立とアジア集中にシフトするその先
多摩大学大学院客員教授の奥山真司氏に聞く

実業之日本フォーラム編集部

 第2次ドナルド・トランプ政権の安全保障政策が世界を揺るがしている。米国の安全保障コストの増大を忌避し、ウクライナ戦争の停戦を巡っては米露間の協議を優先しているほか、日米安保条約には不満を示すなど、ディール外交の結果次第で権威主義国に譲歩し、有志国・同盟国に圧力をかけるといった予期せぬ事態を招いているからだ。地政学に精通し、米国防次官を務めるエルブリッジ・コルビー氏の著書『アジア・ファースト』の訳者でもある多摩大学大学院客員教授の奥山真司氏に、米国の安保政策の最新動向や欧州、日本への影響を聞いた。

※本記事は、実業之日本フォーラムが会員向けに開催している地経学サロンの講演内容(4月2日実施)をもとに構成しました。(聞き手:末次富美雄=実業之日本フォーラム編集委員、構成:一戸潔=実業之日本フォーラム副編集長)

――米国の安全保障・外交政策について、米政治学者のウォルター・ラッセル・ミード氏が歴代大統領の名前を挙げて「ハミルトン主義」、「ウィルソン主義」、「ジェファーソン主義」、「ジャクソン主義」の4類型に分類しています。トランプ大統領はどれに該当しますか。

 ミード氏は、第1次政権時代のトランプ氏を、ポピュリスト的なジャクソン主義に分類しましたが、その後、共和党の大統領候補を巡ってトランプ氏と対立するジョン・マケイン氏(故人)をジャクソン主義と位置付けるなど恣意性を感じます。4分類は歴史の整理には適していますが、方向性がつかみにくいトランプ氏はどの分類にも当てはまらないでしょうし、彼の独自色を見極めていく方がより生産的だと思います。

――逆に言うと、トランプ氏を類型に当てはめて次の政策を見通すことは危険ですか。

 第1次トランプ政権で安全保障問題担当の大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏が、間近で見たトランプ氏の手法をとてもロジカルに説明しています。それは、トランプ氏が個人の好き嫌いで全てを決めているということです。

 例えば、カナダとの貿易戦争は誰にも説明がつかない愚かな行為と経済関係者から指摘されています。しかし、ボルトン氏は、トランプ氏がカナダのジャスティン・トルドー前首相にトランプ氏の妻、メラニア氏が好意的だったことに嫉妬したことを要因の可能性として挙げています。哲学やポリシーがなく、好き嫌いで物事を決めるトランプ氏はとても危険な人物ですが、その強烈な個性が政策決定に反映されていることも事実です。

トランプ政策が招きかねない共和党から民主党への鞍替え

――米大手ITトップを筆頭に、民主党から共和党への鞍替えが目立っています。こうした動きは第2次トランプ政権で終わるのか、それとも永続的なものなのか、どのように考えますか。

 支持基盤はここ20年で変化していると思います。共和党は伝統的にビジネス重視のハミルトン主義に近く、富裕層を中心に支持を得ていたのですが、バラク・オバマ政権時代の民主党が富裕層の支持を共和党から奪い、トランプ氏の返り咲きで再び富裕層が共和党に戻ってきました。

 最近の政治思想の分断に大きく影響しているのが、社会心理学者のジョナサン・ハイト氏が以前から主張するSNSの普及だと思います。米国の政治的な分断はオバマ政権以降、Facebook(フェイスブック)などで徐々に広がりました。以前であれば、中道派が大多数を占める中、右派と左派の間で思想が違っても話し合って妥協もありましたが、現在は右派と左派の議論はなくなり、それぞれが極端な思想に傾いて、中道派がどんどん少なくなっています。そのカギを握っているのがSNSだとされています。

 例えば、オバマ政権時代の民主党は、LGBTQ(性的マイノリティー)を強引に推進するような過激な左派的政策を採りました。これに対して右派はもちろん、同じ左派からも反発が起こりました。それが、現在のトランプ政権で揺り戻しが生じているように思えます。また、トランプ氏は中南米系移民を含むラテン系の人たちにもかなり支持されていますが、移民がエルサルバドルに強制送還される事件が起きると、民主党に反発して共和党に移行した人たちが再び民主党に鞍替えする可能性もあります。それだけ、米国政治が安定していないと言えます。

――トランプ新政権の国家安全保障戦略を考える上で、第1次政権で戦略策定に貢献し、第2次政権でも国防次官となるエルブリッジ・コルビー氏の考え方を理解する必要があると思います。あなたは、コルビー氏の近著『アジア・ファースト』(文春新書)の翻訳を通じて彼と連絡を取り合っていたそうですが、どのように評価しますか。

 コルビー氏と接して感じるのは、常に自分の考えが明確な上、論理的な思考の訓練ができていてエビデンスもしっかりと頭に入っていることです。彼が考える米国の戦略は、「アジア地域の覇権を中国に取らせないこと」です。逆に言えば、台湾を奪うようなことがなければ、中国はいくら豊かになっても構わない。経済的覇権にあまり関心がなく、軍事的覇権にフォーカスしているのが特徴です。

 コルビー氏は、中国の軍事行動に対する防衛はしっかりと行う「拒否戦略」は主張していますが、中国を叩くような「懲罰的戦略」には否定的な見解を示しています。基本的にディフェンシブな考え方です。彼がそう考えるのは、それだけ今の米国は力が限られているからです。例えば、米中で海軍の船の数を比べてもすでに中国に負けているなど危機感があるわけです。

ただ乗りの欧州に怒る米国、限られた資源の有効配分に力

――コルビー氏が3月4日に出席した公聴会で、同盟国に公平な分担を期待すると述べました。今後、日本にも追加的な軍事費や任務を要求してくると思いますが、この点をどう考えますか。

 コルビー氏の発言で注目したのが「リップマン・ギャップ」です。米ジャーナリスト、ウォルター・リップマン氏が第2次世界大戦後の米国の大戦略を論じた著書『シールド・オブ・リパブリック』(1943年)の中で主張していたアイデアを言い換えたものです。同書では、米国は大戦後に民主主義を他国にも広げ、世界を変えていくような高い目標を掲げていますが、リップマン氏はこうした理想と実際に持っているリソースの間にギャップがあることを指摘しました。

 コルビー氏は、第1次トランプ政権の中枢に入り、シンクタンクでの経験もあるため、米国には無尽蔵に力があるわけではなく、限られたリソースを数々のジレンマの中で調整する実務家として、リップマン・ギャップをよく理解している人物だと思います。

――米国の能力が限られる中、同盟国との役割分担でリップマン・ギャップを埋め合わせていくという考えがあるのでしょうか。

 そうだと思います。ただ、現在のトランプ政権内で議論されているのは、欧州の「ただ乗り」です。米国の軍事力に依存し、ぬくぬくと生きて何もしてこなかった欧州に対して、J・D・バンス副大統領をはじめとする政権上層部が強烈な嫌悪感を抱いています。

 その欧州に比べれば、日本や韓国はそれほど問題視されていないと思います。欧州のことは欧州に任せる一方、アジアでは敵対する中国に大きなリソースを振り向ける必要があるため、対欧州の裏返しとして「アジア・ファースト」を打ち出していると感じます。

――コルビー氏は、台湾に対して防衛費のGDP比10%まで増額を要求するなど圧力や脅しをかけているように見えます。

 さすがに10%は無理でしょう。ただ、非常に気になるのは、2025年1月に台湾の国会で予算が通過し、予算全体が縮小する中、防衛費の比率は多少上昇していますが、絶対額が低下したことです。こうした点をコルビー氏らは台湾自身が戦う姿勢を見せていないと感じ、警戒感を示す意味から、「10%」が出てきたのかなと思います。

中国の認知戦が奏功、陰謀論を信じる台湾シニア層に危うさ

――台湾のシンクタンクである国防安全研究院の調査結果によると、軍事演習を繰り返す中国に対する台湾市民の危機意識は想像以上に低いようです。世論工作など中国による認知戦が影響しているのでしょうか。

 その認知戦に関して、気になるエピソードがあります。2024年1月に台湾総統選の取材で現地に入った時のことです。野党・台湾国民党の大会に行くと、幅広い年齢層に支持された与党・民主進歩党とは対照的に、集まっているのはシニア層ばかりでした。

 私は国民党が配るグッズを受け取り、タクシーに乗り込んで運転手にグッズの旗を見せると、国民党の支持者であると勘違いしたのか、政治的な話を延々としてきました。その中で驚かされたのは、民進党の政治を動かしているのは日本政府であり、沖縄は日本や米国に見捨てられる――といった陰謀論です。

 その運転手は陰謀論を信じる根拠として、私にスマートフォンを見せ、YouTube(ユーチューブ)の番組を紹介してくれましたが、中国のプロパカンダそのものと感じました。このエピソードを現地の人に聞くと、シニア層に多いそうです。また、15歳以下のジュニア層もTikTok(ティックトック)を通じて影響を受けているようです。

――台湾の頼清徳総統が3月13日に中国が台湾に与える「5大脅威」について説明し、浸透・スパイ活動などへの警戒を訴えていましたが、台湾内でも一定程度の危機感が浸透しているということでしょうか。

 そうですね。ただ、中国側のSNSを通じたプロパガンダを台湾の人々が無意識のうちに信じていることがとても心配です。軍事的な台湾有事もありますが、一番警戒すべきなのは、国民党が与党になった場合に突然、「中台統一」を宣言するような非軍事的な手段を採ることです。

――ドイツが防衛費を増額し、フランスが核抑止力を欧州に拡大しようとする動きがありますが、米国がNATO(北大西洋条約機構)から手を引いたとしてもロシアを押しとどめることはできるのでしょうか。

 ロシアの軍事力は弱っていると思います。ロシアでは、定期徴兵で16万人を招集し、経済成長率も3%台を維持するなど余力があると報じられる一方、ソ連時代に備蓄していたロシア軍の戦車は払底し、戦場で使われる砲弾の6割が北朝鮮製というデータもあり、生産力は上がっていないとみています。ロシアは戦時経済によって成長を維持していますが、停戦して平時経済に戻った途端、大量に発生する復員兵を社会が吸収できるかという問題を抱えることになります。

米がオフショア・バランシング戦略で覇権失うリスクも

 こうしたロシアの弱点を踏まえ、米国が欧州の防衛から手を引き、ドイツやフランス、さらに英国に任せることは考えられるでしょう。欧州の専門家も、核戦力ではロシアに対峙できるか分からないものの、通常兵力ではバランスが取れると考えていると思います。

――アジアや欧州、中東などの安全保障をそれぞれの地域に任せ、均衡が崩れそうになった時に米国が軍事支援する「オフショア・バランシング」は、今後進んでいくのでしょうか。

 英国は19世紀に圧倒的な国力を誇り、欧州大陸から兵力を引いて離れたところから、フリーハンドの外交政策によって繁栄し、オフショア・バランシング的戦略ができたと思います。これに今賛同する人たちには、19世紀の英国と同じように自由貿易があり、海上のシーパワーを確保できれば栄華を極めることができるという理想論があるようです。

 では米国がオフショア・バランシングをできるのか。トランプ大統領なら、米軍が韓国に置く世界最大の海外基地や日本の嘉手納基地を捨てて、グアム基地まで引けと言うかもしれません。しかし、米国が1度引くと同盟国の信頼は失墜し、再介入する時には膨大なコストがかかるでしょう。そういう意味で、オフショア・バランシングは、短期的には良い点があるかもしれませんが、長期的には英国のように覇権を失いかねません。

――オフショア・バランシングを考えるときに日本の安全保障戦略を見直す必要があると思うのですが。

 日本として長距離の反撃能力を備えることや軍事費をGDP比3%に引き上げることも重要ですが、私が提唱したいのはもう少し地政学的な考えが反映されたものです。われわれは中国の海洋進出を防ぎたいわけですから、例えば、モンゴル向けに人材育成や技術支援を通じて安全保障や防衛能力の向上に役立つ「能力構築支援」を行うなど、外交政策によって、中国が内陸方面に目を向けるようにするのです。日本にはこうした努力が求められていると思います。


奥山 真司:多摩大学大学院客員教授
1972年生まれ、横浜市出身。カナダのブリティッシュ・コロンビア大学を卒業。英国レディング大学大学院で修士号(MA)と博士号(PhD)を取得。戦略学博士。多摩大学大学院客員教授、拓殖大学大学院非常勤講師、国際地政学研究所上席研究員。

地経学の視点

 第2次トランプ政権で国防総省ナンバー3のコルビー氏が安全保障政策のカギを握るのは間違いない。第1次政権やシンクタンクでの実務経験の高さから、米国の防衛リソースの理想と現実の差(リップマン・ギャップ)に基づく、欧州やアジアとの役割分担の考えは合理的で米国民にとっても納得性が高いはずだ。

 米国は今後、欧州の防衛面での自立を強く促していく一方、対中戦略としてアジアの防衛リソースは高めていくだろう。ただ、トランプ大統領が望む習近平国家主席との会談が実現すれば、ディール外交で中国から得られた経済的成果と引き換えに安全保障面の譲歩を提案する恐れもあり、「今日のウクライナは、明日の東アジア」を地で行く展開になる。

 トランプ氏の日米安保条約への揺さぶりや、在日米軍の機能強化中止案などは日米関係をぎくしゃくさせるだけで、中国の思うつぼだ。日本は、対中戦略において日米関係を安定させることが経済面だけでなく、安全保障面でも双方にメリットがあることを今後も丁寧かつ粘り強く説いていく必要がある。(編集部)

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実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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